勝負の行方 2
| 屋上で親友の雅己(まさみ)と弁当を食べているところに、あいつ―――孝行が現れた。 |
| 「シュンスケ、探したぞ。ちょっと来い」 |
| 不遜な態度でそう言った孝行は、食事中のオレの腕を引っ張った。 |
| 「なんだよ、食ってからでいいだろ」 |
| 孝行の腕を振り解こうとしたが、意外な強さで掴まれていて、できない。 |
| 「おい、離せよ。急ぎじゃねーなら、待ってろ」 |
| 「………」 |
| 表情には出さないものの、孝行が不機嫌なのは、その態度からわかった。 |
| 孝行は何も言わずに腕を離すと、オレの隣に腰をおろした。 |
| 「誰…?」 |
| 「ん……まあ、友達、かな」 |
| 親友の控えめな質問に、オレは曖昧な答えしか返せなかった。 |
| 本当の事なんか、言えるわけがない。 |
| 賭けに負けて、1週間だけとはいえ、孝行と「セックス込みの恋人」になりました、だなんて! |
| 不本意だったけど、孝行の手でイカされてしまったことは、紛れもない事実だった。 |
| ただでさえ、この親友は小柄で女顔のせいか、痴漢に遭うことが多く、そういう輩に対して嫌悪感を持っている。 |
| だから、余計に言えなかった。 |
| 「トモダチ、ね…」 |
| 孝行はボソッと呟いた。 |
| 聞こえないように言ったつもりだったのが、どうやら丸聞こえだったらしい。 |
| そっと孝行の表情をうかがうと、その瞳は妖しい色を浮かべていた。 |
| ……………。 |
| イヤな予感ほど、的中するもんだ。 |
| 「オレ、ちょっと先行くから」 |
| オレは弁当を慌てて平らげると早口に言って、さっさとこの場を去ることにした。立ちあがっても、制服についた |
| 埃を払う余裕なんかないほど、焦ったまま。 |
| 「…うん、わかった」 |
| 雅己は小さく答えると、横目で探るように孝行の顔を見る。 |
| 何か、勘付かれてしまったのかもしれない。 |
| 「シュンスケ」 |
| 低い声に呼びとめられ、オレが反射的に振りかえった、瞬間。 |
| いつのまにか立ち上がっていた孝行は、オレの腰を抱き寄せ片手で頬を包むと、雅己に見せつけるように、い |
| きなり唇を塞いできた。 |
| 「っ…! バカや…っ…」 |
| 抗議に開いた唇の隙間から、さらに深い侵入を許してしまう。敏感な部分を探り出し、巧みにきつく攻めてくるヤ |
| ツの舌に翻弄されて。全身にいき渡る痺れるような感覚に、頭の芯が熱を持ち、膝ががくがくと震え出す。 |
| 「色っぽいだろう?」 |
| 得意げな孝行の言葉は、座ったまま呆然と見上げている雅己に対してのものだった。 |
| ヤツの唇が離れても、なかなか呼吸が整わず、足に力が入らなくて、孝行にしがみつかないと立っていられな |
| い。 |
| ……なんて情けない。 |
| 「バカッ、人前でするなって、言ってんだろ!」 |
| 頬が火照って、迫力なんてモンはないだろうけど、孝行を精一杯睨みつけた。 |
| 「ふたりきりなら、いいんだな…?」 |
| オレの耳を軽く噛んで、にやり、と形容するのが相応しい笑みと、甘い囁きを残す。 |
| ゾクッと、悪寒にも似た感覚が背筋を這い上がってきて、鼓動もはやくなっていく。 |
| これは……何だ? |
| ただの快感とは、違う。……何かが。 |
| 「俺たちは、恋人同士なんだから」 |
| 恋人同士、という部分を強調して、孝行は雅己を横目で見ながら、さらについばむようなキスをする。 |
| 「こい…びと…?」 |
| 雅己が呆然と問いかけるのを無視して、孝行は俺の頬を両手で固定して、真っ正面からジッと瞳を覗き込んでき |
| た。目がそらせない…。 |
| 「トモダチ、なんかじゃないだろう?」 |
| オレに言い聞かせるように、強い口調で言い放った。 |
| 雅己の目の前で、恋人同士だなんて、認めるわけにはいかない。 |
| 「は、離せよっ」 |
| 孝行から逃れようとしたが、どうにもこうにも、その腕を引っ剥がすことができない。 |
| こいつ、実は、とんでもない馬鹿力なんじゃ……!? |
| 「絶対に離さない」 |
| 強く言って、ヤツはあっさりと、オレをお姫様抱っこしてしまった。 |
| 「な、な、なな…」 |
| あまりの自体に、オレは言葉を継げなくなっていた。 |
| 一八〇近くの身長に標準体重のオレを、軽々と持ち上げるなんて。しかも、童顔でも女顔でもなく、どう見たって |
| 絵にならないオレを、横抱きだ! |
| 孝行は、屋上に雅己を取り残して、オレを抱えたまま普段と変わらない足取りで階段を降り、廊下を進んでいく。 |
| 幸い、誰にも会わずに連れ込まれたところは、物置きと化している空き教室だった。ヤツは入るなり、俺を床に下 |
| ろすと、入り口についているネジ式の鍵をしっかりと掛けた。入れ違いに、隣りの1年教室からざわざわと生徒が出 |
| ていく音や話し声が聞こえる。 |
| 「シュンスケ」 |
| 孝行は真剣な顔で、床に座り込んでいたオレを押し倒してきた。 |
| 「な、なにを…」 |
| 覆い被さってくる影に、思わず怯えた声を出してしまう。 |
| 「わかっているくせに」 |
| ヤツはオレを床に押し付けながら、深く口づけてきた。 |
| 「……っ…」 |
| 与えられる蜜の甘さと、巧みな舌の動きに酔っているうちに、下半身にひんやりとした空気を感じる。いつのまに |
| か、オレのズボンも下着もすっかり脱がされていた。 |
| 「わ、わ、ちょ、ちょっと待てっ!」 |
| 「もう、待てない。お前を完全に俺のものにする」 |
| 賭けの日から、すでに3日が経過している。 |
| この3日間、キスだけで、オレを抱こうとしなかったのは、待っていたからだったのか…? |
| オレの気持ちが追いつくまで、待っているつもりだったんだろうか。 |
| たった、1週間の恋人同士なのに。 |
| 抱こうと思えば、翌日にでもできたはずなのに。 |
| 「もう、トモダチだなんて言わせない」 |
| らしくなく独占欲むき出しで、きつく抱いてくる孝行の腕を、なぜか心地良く感じた。余裕のない愛撫に、身体がど |
| んどん熱くなってくる。 |
| 孝行の指がオレの緩く立ち上がっている部分に絡みつき、上下に擦る。 |
| 「…はあっ…あぁっ……んっ……」 |
| 恥ずかしい声が漏れても、オレは口を塞がなかった。 |
| それが、オレの答え。 |
| 孝行は、決して、いい加減なヤツなんかじゃない。 |
| お互いに全力でケンカをした仲だからこそ、生まれた信頼…。その気持ちだけは、揺るがなかった。 |
| ヤツの指がオレの窄まりに触れても、反射的に身を引きはしたが、抵抗はしなかった。 |
| 滑った指が意外とスムーズに奥まで入りこんできて、不規則に蠢く。 |
| 「アッ……!」 |
| ある部分を擦られ、頭の奥に電流が走ったのかと思うくらいの衝撃に襲われた。それは、最初の気持ち悪さなん |
| か吹っ飛ぶほど、気持ち良くて。 |
| ………たまんないっ。 |
| 指を増やされ、何度もイイ部分を擦られ、イク寸前で指が抜かれて、気が狂いそうになる。 |
| さらなる快感をねだって、孝行の背中にぎゅっとしがみつく。 |
| 「孝行…っ」 |
| 熱い息でヤツの名前を呼ぶ。 |
| 孝行は、初めての微笑みを見せて、唇を落としてきた。 |
| 孝行が優しげな笑顔ができるヤツだとは、思ってもみなかった。 |
| いつだって無表情で、今まで見せた表情と言えば、余裕の笑みか、不遜な態度のどっちかだった。 |
| でも、含むところのない暖かい笑顔は、意外にも似合っていて、思わず見惚れてしまう。 |
| もしかしたら、これが孝行の本質なのかもしれない、なんて。 |
| 「いっ…つぅ…! っ……くっ」 |
| オレの内に熱いものが、侵入してくる。いくら濡らしていても、押し入ってくる痛みはどうにもならない。 |
| 「くぅっ…!」 |
| 「シュンスケ………」 |
| オレの名前のあとに何か言ったようだったが、オレは痛みをこらえるのに必死で、唇の動きだけしかわからなか |
| った。 |
| 孝行のものがすっかり入りきり、動きを止めるのを待って、息を整えてから聞いてみる。 |
| 「今、なんて…?」 |
| 「………なんでもない」 |
| 孝行は答えずに、オレの中心に手を添えながら、動き始めた。一度に両方を攻められて、身体の熱が蘇ってく |
| る。 |
| 『あいしてる』 |
| 孝行の唇が、そう動いたように見えたのは、気のせい……? |
| 気のせいなんかじゃなければいいのに。 |
| なぜだか、そう思う自分がいる。 |
| 頭の芯が溶けそうな感覚。 |
| オレは絶え間なく襲ってくる快感の波に、溺れていった。 |