一方通行


 一方通行じゃないんだと、そう思った。
 今でもそう思っている。

 だけどオレの気持ちばかり増えすぎて、結果として一方通行になっているような、そんな気もする。
 三橋の気持ちを信じるとか、そういう問題ではなくて。

 実はオレだけが好きだと思っているんじゃないだろうか。

 なんとなく感じていたそんな思いが、はっきりと疑問になったのは昨日の練習帰りのことだった。

 ◇ ◇ ◇

「阿部君、ごめん……、オレ、いつも遅くって」
「別にかまわねぇけど」
 練習後の帰り道、この会話はかなりの頻度で繰り返されている。
 三橋の着替えがわりとマイペースなため、部室を最後に出ることが多いからだ。
 謝られるほど遅いわけでもないし、そのお陰で二人でゆっくり帰ることができるから、オレとしては嫌なことなんて一つもない。
「それより三橋、今度の休みにウチ来ねーか?」
「え、阿部君ち、に?」
「そ。家族が旅行でいないんだよ。だから、」
 ――三橋も遠慮せずにゆっくりできるだろ?
 そう続けようとした時。
「あ、あのっ」
 小さいけどよく通る声が背後から響いた。
 ちょうど、学校の敷地から出ようとする所だった。
 振り向くと女が一人、両足を踏ん張るようにして立っていた。
 その姿を見た瞬間、なんかヤな感じがするとは思っていたんだ。
「あの、その……あ、え……と、」
「――なに? なんか用?」
 三橋以外のヤツが言葉出なくてキョドってたって、イライラするだけだ。
 言いたいことがあるなら、早いとこ言って欲しい。
 それなのに、その女はちらちらと三橋を見て、そして縋るようにオレを見るだけで何も言わない。
「だから、何? だいたい、どっちに用があるわけ?」
「……あのっ、あ、阿部君にっ」
 やっぱオレか。
「あの、阿部君と二人で話したいんです……」
 オロオロしてるわりには図々しいな、この女。
「悪いけど、オレは三橋と帰るとこだから」
「あっ、阿部君っ、オレ先に帰るねっ」
「三橋、いいから」
 回れ右して帰りだそうとした三橋の腕を、ぐっと掴む。
「オレも帰るから。先に帰んなよ」
 そう言って、オレも回れ右をする。
 かるく固まっている三橋を促して歩き出したとき、後ろで小さく砂を蹴る音がした。
 と、その女がすごい勢いで前に回ってきて、オレと三橋の足を止めた。
「あ……っ、阿部君のことが、好きなんです! 私と付き合ってくださいぃっ」
「ごめん、オレ付き合ってるやついるから」
 それだけ言って、三橋の腕を掴んだまま歩き出した。
 俯く女の脇をすり抜けて、三橋と歩く。
「阿部君……い、いいの? あのコ……」
「いいんだよ。他にどうしようもねぇだろ」
「でも、あのコ、まだ門のところにいる、よ。大丈夫かな、もう遅いし、暗いし……」
「――だからなんだよ。オレに送っていけって?」
「ち、違う、けどっ。でも女の子がこんな遅くに、」
「じゃ、オマエが送ってくのかよ」
「……あ、そうか、オレ送ってこよう、か」
「は!?」
「えっ、え?」
 思わず立ち止まり、三橋の顔をまじまじと見る。
「だ、だって、もうこんな時間だし、もしあのコになんかあったら、阿部君が……」
「……」
 オレは小さくため息をついて頭を抱えた。
 確かに、男としては彼女を送ってやった方が良いだろうとは思う。
 が、自分をフった男に、フラれた直後に送られたいと思う女はどれくらいいるだろうか。
 オレは女じゃないから、当然女心はわからない。
 けど、あんまり送られたくない気がするし、下手な情けをかけると後々やっかいだ。
 それに、代わりに三橋が送るなんて言語道断。
 もしもうっかり三橋の良さに彼女が気付いてしまったら、それこそ後々やっかいじゃないか。
「あのな、三橋。――こういうときは、そっとしといてやったがいいんだよ、女ってのは」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだよ」
 たぶん。
「そっか。家、近いのかもしれないし、ね」
 三橋はコクコクと頷きながら、言葉を続けた。
「でも、阿部君はやっぱりモ、モテるんだねっ。すごい。だけど……あのコ、ほんとに良かったの?」
 ……このセリフを、少し悲しげにとか、妬きながらとか、そういう風に言ってくれたなら。
 そうしたら、オレも違う言葉を返せただろう。
 でも、三橋の表情はそうじゃなかった。
「――三橋、おまえ……それ本気で言ってるのか?」
「え?」
「……いや、いい」
 キョトンとしている三橋を再度うながして帰路に着く。
 オレの疑問は、はっきりとした形になった。

 ――オレだけが、好きなんじゃねぇのか?


 ◇ ◇ ◇


 あまり眠れないまま朝を迎えて登校し、朝練を終えて教室に行くと、そこは噂の坩堝と化していた。
「なぁ、阿部っ、オマエの付き合ってるヤツって誰?」
「オレは中学んときの同級生って聞いたぞ?」
「この学校のやつじゃないんだよな?」
「え、相手年上なんだろ?」
「オレも女子大生だって聞いたぜ」
「え、マジ? ちょ、阿部! 彼女の友達のお姉さまを紹介しろよー」
 ――なぜ、『付き合ってるやつがいる』と言っただけでこうなるんだろう。
 というかあの女、何年何組か知らないけど朝からこの状態ってことは、無事に家に帰って登校して来てるってことだよな。やっぱ心配するような女じゃなかった。
 言いふらすなら、事実だけをばらまいてくれ頼むから。
 かなりウンザリしていると、横で花井と水谷が呟いていた。
「阿部、おまえ……何人と付き合ってるんだ」
「まぁ、阿部ならあり得なくはないけど」
 そう言いながら気の毒そうな視線を送ってくるので、本気にしているわけではなさそうだ。
 それにはなんとなくホッとしながら、三橋のことが気になった。
 この噂が三橋の耳に届いていたら、と。
 でも、すぐに思いなおす。
 ――きっと、ただ単に「そうなんだ、阿部君ってすごいな」程度の感想しか持たないだろう。
 別に、嫉妬させたいわけでもないし、こんな事で傷つけたいわけじゃない。
 でも……。


 オレは、鬱々とした気分でその日の授業を終え、午後の練習に向かった。
 三橋の顔を見たいような見たくないような、複雑な心境だった。

 
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