雪の中に眠る夜

<前編>


 そもそも、今回は最初からついてないことだらけのヤマだった。
(冗談じゃないわよ、もう!)
 フェイは縛られた両足で腹立ち紛れに身近な柱を蹴りつけた。衝撃が天井に響き、パラパ
ラと埃が落ちてきたのに顔をしかめる。
 自由にならない身体がもどかしく、何とか拘束から逃れようと奮闘を続けていたのだが、こ
う固く縛られている上にグロックも取り上げられたままでは、彼女の力ではどうにもならなか
った。
 追っていた四人組の賞金首は、さっきから隣室で何やら熱心に話し込んでいる。
 隣の部屋といっても、壁の半分近くが崩れているので、殆ど一つに繋がっているようなも
のだった。
 ランプの灯りで壁に影が映り、ユラユラと揺れている。
 影の後ろにある窓際の向こうで、チラチラと、粉雪のようなものが舞い始めているのが見
て取れた。
(こんな辺境の星くんだりまで来て何でこんな目に遭わなきゃなんないのよ、もう! それも
これもみんなあいつのせいだわ!)
 内心に渦巻く苛立ちの行き先は、目下のところ、すべて同じところへと向けられていた。


 ここはアステロイド地帯でも更に外れにある、辺境の小惑星エイル。
 フェイたちは、四人組の賞金首を追ってこの寒冷な惑星へ乗り込んでいた。
 今回の標的は、ここ一ヶ月アステロイド地帯の一角を騒がせている、四人組の強盗グル
ープ。
 一人あたり60万と最初の賞金額こそ大したことはなかったが、二日前に殺人を仕出かし
たことで一気にまとめて捕まえれば500万に賞金が跳ね上がった獲物だ。
 連中がこの小惑星を最近根城にしているとの情報をエドがつかみ、ジェットの指示の元、
スパイクとフェイは早速二人で行動を開始した。
 目的の犯人の潜伏場所は、数少ない市街地の更に隅にある廃墟の一角。
 長年放置されて近付くものも皆無なその土地から、何度か同じタイプのモノマシンが出入
りしているとの情報を聞きつけた二人は、目的地をその場所に絞り込んだ。
 だが、現地へ向かう途中でスパイクのソードフィッシュが軽いエンジントラブルを起こし、計
画の時間へ遅れてしまう事態が発生してしまったのだ。
『1時間も遅れるですって!? 冗談じゃないわよ、この寒いのに! こんな何もないとこで、
どうやって待ってろってのよ!』
『仕方ねえだろ、こんなとこじゃそうそう足になるものも掴めねえんだ』
『もう、いいわよ! あたし一人でやるから! その分分け前もらうからって言っといて、あの
バカに!』
『お、おい、フェイ! 待て!』
 ──そんなやりとりがジェットとの間で交わされたのも当然と言えば当然で、結局フェイは
ジェットが止めるのも聞かずに賞金首が隠れている廃墟へと乗り込んだ。
 しかし、その行動が招いた結果はといえば、今彼女が置かれている状況の通りであった。
 スパイクより優に頭一つ分くらいはありそうな背丈の、髭面の男が賞金首のリーダー格だ
ったが、その男が思いの外格闘技に長けていたことがフェイにとっての誤算だった。
 最初の三人を取り押さえようとしたところで気が緩み、そこで不意を突かれて奮闘むなしく
取り押さえられてしまったのだった。
 当の犯人グループは、賞金稼ぎに隠れ場所が割れてしまったことで少々焦っているらし
く、フェイを縛り上げてこの部屋に転がしたまま、隣の部屋で脱出の計画を練るのに余念が
ない様子だった。
 ここは周りに無数の小惑星が点在するアステロイド地帯のため、この星を脱出されてはそ
の後の足取りを追うことが難しくなる。
 両手は後ろ手に硬く縛られ、口紅型の通信機すら取り出せない状態では連絡できるはず
もなく、フェイは先刻からむなしい努力を続けていた。
(…ったく、こうなったのも全部あいつのせいだわ! 後で覚えてなさいよ、あのモサモサ
頭!)
 自分が先走ったことへの反省の念などフェイの頭の中にあるはずもなく、その怒りは当然
のように、この場にいない男へと向けられていたのだった。


「エド、次はどっちだ」
『ん〜とね〜、橋を渡ってすぐのつきあたりを左〜。そこから曲がってふたつめのおウチか
ら通信電波が出てるよ〜』
 通信機に映った地図の映像とエドの説明を頼りに目的地までたどり着いたスパイクは、顔
を上げて橋の向こうに見える廃屋通りを見渡した。
「──あれか」
 辺りをふわふわと小さな粉雪が舞い降りる中、二階の窓から明かりの洩れる崩れかけた
廃屋に視線を留め、ジェリコのグリップを握り直す。
「わかった、エド。もういい。一旦切るぞ」
『あいあーい。がんばってね〜』
『ワン!』
 エドが手を振る横でアインの声もおまけに飛ぶ。
 通信機の電源を切って懐にしまい、一呼吸置いた後、建物の陰に紛れながら壁づたいに
移動する。
 ドアの朽ち果てた一階の入り口をくぐり、二階へ上る階段の奥を凝視する。
 傷んだ床をなるべく軋ませないよう足を運び、階段を上って二階の廊下へ踏み込む。
 階段を上りきってすぐ、手前の部屋のドアの隙間から、中の明かりが洩れているのが見え
た。
 だが、この角度からは中の様子まではわからない。
 スパイクは足元に転がっていた煉瓦の欠片を拾い、廊下の向こうへ投げた。
 破片が乾いた音を立てて転がり、壁に当たって静止する。
「! 誰だ!?」
 中から声がし、男が一人ドアから銃を構えて顔を出した。
 すかさずその腕を掴んでひねり上げ、男がうめいて銃を取り落とした瞬間、弾みをつけて
勢いよく投げ飛ばす。
 男は壁に叩きつけられ、潰れたような悲鳴を上げた。
 中にいた他のメンバーも顔色を変え、突然姿を現したスパイクを凝視する。
「よう。イーリー・ハングラー他四名、だな」
「……誰だてめえ」
「ただの賞金稼ぎさ」
「──何だと? てめえも仲間か!」
 言うが早いか、スパイクに一番近い距離にいた犯人の一人が、ナイフを取り出して突進し
てきた。
「おっと」
 身体をひょいと揺らして横に避け、瞬間足を踏み留まって力を溜め、肘撃ちを男の横っ腹
にお見舞いする。
「ぐえっ」
「野郎!」
 二人目の男が銃を構え、引き金を引こうとしたが、それより早くスパイクのジェリコが火を
噴き、男の銃を弾き飛ばす。
「ぎゃっ!」
「諦めが悪いぜ。俺は今機嫌が悪りぃんだ、さっさと捕まりな」
 銃口から硝煙を立ち昇らせ、スパイクが鋭い視線で睨み付ける。
 だが、残ったリーダー格の男、イーリー・ハングラーは、三人同様にスパイクに襲い掛かろ
うとはせず、逆に身を翻して崩れた壁の向こう側へと走った。
 スパイクが舌打ちしてすぐに後を追い、隣室へ足を踏み入れてジェリコを構えた、その時。
「動くんじゃねえ!」
 視界に飛び込んできたのは、力任せに掴み上げられ、首にサバイバルナイフを押し当て
られたフェイの姿だった。
「…!」
 そこでスパイクの動きがはっと止まる。
「銃を捨てろ! でないとこの姉ちゃんの首と胴体がおさらばすることになるぜ!」
 言下にナイフの刃が僅かに首筋の皮に食い込み、紅い線が一筋、白い肌に走った。
(……!)
 鈍い痛みが走り、髪を乱暴に掴まれている痛みも相まってフェイの顔に苦悶の色がよぎ
る。
 刃があまりにも近すぎて声を出すこともできず、身を強張らせる。ここで動けば、男の言葉
通り、フェイの首と胴体が永遠の別れを交わす羽目になるだろう。
「……やれやれ」
 スパイクが小さく溜め息をつき、ジェリコを放り投げた。
「そのまま両手を上げて、そこから動くんじゃねぇぞ! …おい!」
 フェイを盾にした男が、他の三人に顎をしゃくって合図する。
 三人はうめきながら立ち上がり、慌ててテーブルの下にまとめてあった荷物を担ぎ上げ、
我先にと廊下へ飛び出し、屋上へ続く階段を駆け上っていく。
 スパイクは舌打ちし、手放したジェリコを視界の端にとらえながら、反撃の隙をうかがっ
た。
「まだだ。いいな、俺が屋上へ上るまで、そこを動くな。少しでも足音が聞こえれば、こいつ
の命はねえ」
 イーリーはまだ注意を逸らさず、スパイクを見据えたまま、後ずさりしながら部屋を出て、
三人の後に続いた。
 勿論フェイは盾にされたままだ。両手両足を縛られていては抵抗のしようもなく、ぴたりと
喉元に吸い付く冷たいナイフの感触が、背中に嫌な汗を浮かび上がらせる。
 ナイフの刃渡りがあまりにも長く、また押さえつけられている男の力も強すぎるため、前後
左右どこにも動けない状態だった。少しでも間違えば死が待っている。
(この役立たず! あんたが遅れるからこうなんのよっ!!)
 ズルズルと男に引きずられるまま、フェイは悔しさのあまり、横目でスパイクを睨み付けて
心の中で叫んだ。
(ったく、お前が勝手に先走るからこうなるんだ!)
 彼女の非難するような視線に、スパイクもまた内心うんざり顔で悪態をついた。
 一触即発の雰囲気もこの場では爆発しようもなく、フェイと男の姿が階段を上って一旦見
えなくなった時、スパイクは即座にジェリコを拾い上げ、男が上っていった階段へ慎重に忍
び寄った。
 屋上に通じる出口は開け放たれ、刺すような冷たい風が吹き込んでくる。
 壁づたいに身を滑らせ、ひびが入った壁の割れ目から外の様子をうかがうと、犯人グルー
プが茶色い機体のモノマシンに乗り込んでいるところだった。
 ここで逃がせば厄介なことになる。何とかこの場で取り押さえたいところだったが、相手が
賞金首である以上殺すわけにもいかず、発砲すれば万が一のことも考えられる。フェイが
人質になっている状態では手が迂闊に手が出せない。
 男はスパイクがそこまで来ていることも承知なのだろう、まだフェイを離そうとはせず、彼
女の首にナイフを押し当てたままだ。
(くそっ)
 すでに薄皮一枚が切れるところまでナイフの刃が食い込んでいる状態では、不用意に発
砲すれば十中八九フェイの命はない。
 相手は既に殺人も犯している連中だ。下手に動けば、迷わず彼女を殺すだろう。
 焦りと苛立ちでスパイクが歯軋りした、その時だった。
「よお、賞金稼ぎの兄ちゃん。どうせそこで見てるんだろ?」
 フェイを捕えていたイーリーが、不意にニヤリと笑みを浮かべて嘯いた。
(!?)
 スパイクがはっと視線を向けると、男が破れたフェンスの側までフェイを引きずってきて立
っている。
「これでも追いかけて来れるもんなら、やってみな!」
 言うが早いか、イーリーは彼女をフェンスの外へ引っ張り出し、屋上から突き落とした!
「!!」
「きゃああああっ!!」
 スパイクが表情を強張らせた瞬間、フェイの悲鳴が辺りに谺し、廃屋通りの裏を流れてい
た川の水面を割る音と共に、彼女の声が奔流に飲み込まれていった。
「あの川は結構深いし、流れも急だからな。早く助けてやらないと死んじまうぜ!」
 イーリーが嘲笑うように言い捨て、待機させてあったマシンに飛び乗った。
 けたたましくエンジン音を響かせ、男たちを乗せたモノマシンが屋上を離れる。
 スパイクは即座にドアの陰から飛び出し、モノマシンに向けてジェリコの引き金を引いた
が、相手の機体は思ったよりも転回するスピードが速く、銃弾は外れて空を裂いただけに留
まった。
「――くそっ!!」
 スパイクは歯噛みし、飛び去っていく機体を睨みつけたが、それ以上犯人グループを追お
うとはせず、急いで踵を返し、フェンスの側へ駆け寄った。
 網が破れた部分から身を乗り出して眼下に流れる川を凝視すると、彼はためらわずにそ
の急流へと飛び込んだ。


 身に突き刺さる冷たさと、割れ鐘のように脳裏に響く奔流の水音が、フェイを襲った。
 不自由な身体を必死に動かそうとしても、冷え切った水流は鉛のように重くまとわりつき、
容赦なく彼女を流れの底へと巻き込んでいく。
 耳の奥がキーンと鳴り、ゴボゴボと浮き上がる気泡が次第に小さくなっていく。
 息苦しさで頭の芯が詰まり、膨れ上がり、爆発しそうな痛みが支配した瞬間、全てが弾
け、彼女の周りをじわじわと薄闇が覆い始めた。
(……寒い……)
 遠のいていく意識と、凍るような深遠の淵に沈んでいく絶望感。
(……寒い……苦しい……。……あたし、このまま死ぬのかな……)
 目の前の色彩が徐々に濃い闇へと変わり、完全な暗幕に覆われかけたその時。
 微かに、ふわりと温かな浮揚感に包まれたような気がした。
(……何……?)
 だが、その感覚を最後に、フェイの意識はそこで途切れた。


「――ぶはっ!!」
 水面を割って顔を出したスパイクは、荒々しく息を吐き出した。
 叩きつけてくるような水流に流されまいと踏ん張りながら、懸命に川べりにしがみつき、這
い上がる。
「ハァッ、ハァ……!」
 水滴がポタポタと滴り落ち、地面を湿らせていく。
 手をついて苦しげな息を吐き、二、三度深呼吸をして何とか落ち着かせると、スパイクは
急いで視線を傍らに向けた。
「おい、フェイ! しっかりしろ!」
 ぐったりと気を失ったままのフェイの頬を叩いて呼びかけるが、反応はない。
 後ろ腰に下げていた小型ナイフを抜き、フェイを縛っている縄を切って拘束を解いた後、
急いで水を吐かせる。
 そして仰向けにさせた彼女の顎を上げ、唇に息を吹き込んだ。
 何回か続けているうちに、苦しげな声と共にフェイが呻き、息を吹き返した。スパイクがホ
ッとした顔になり、緊張が緩む。
「フェイ! おい!」
 肩を掴んで揺するが、彼女は何かを小さく呟くだけでガタガタと震えている。
「……寒…い……」
 その声をようやく聞き取った時、身を裂くような冷たい風が吹き、スパイクも思わず身体を
震わせる。
 辺りをちらつく粉雪は、次第にその数を増やしていく。
 元々低温の星にいる上に、もう日も沈む時間だった。このまま全身ずぶ濡れの状態でい
れば、風邪をひくどころの話ではなくなる。一刻も早く場所を変えなければ、フェイも自分も
危ない。
 スパイクは顔を上げて廃屋が並んだ川岸を見やると、震えるフェイを静かに抱き上げ、足
早に建物の方へと歩を向けた。


<→中編>


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