シャワーを終え、腰にタオルを巻きつけただけの格好で、濡れた頭を拭きながらバスルームを出てくると、リビングに人の気配がした。
(まだ起きてんのか、あいつ?)
先ほどビールの空き缶をそれとなく渡した後、キッチンに響いていた罵声を思い出し、微かに眉根が寄る。
それでも自室に戻るにはリビングを通らなければならず、また風呂上りの一杯を丁度欲しくなっていたところなので、スパイクは渋々リビングへ続く階段を昇った。
「…あら、早かったわね。」
ソファにまだバスローブのままで座って何やらグラスを傾けていたフェイが、スパイクを見て事もなく言った。
「…また飲んでんのか? さっき言ったろ、勝手にビール飲んだら…、」
だが、そこまで言いかけたところで、テーブルの上の酒瓶を見咎めた途端、スパイクの目が僅かながら見開かれる。
「お前っ! また人の酒盗み飲みしてんじゃねぇよ!」
険しい表情でつかつかと歩み寄り、酒瓶を摘み上げてフェイを睨む。酒は既に瓶の底に残っている程度で、殆ど空だった。
スパイクは以前冷蔵庫の後ろに自分用の酒を隠しておいたことがあるのだが、フェイに見つかって殆ど空にされた時以来、度々場所を変えていた。が、どういうわけかその後も発見され、何度か痛い目を見ている。
「いーじゃないよ、心の狭い男ねぇ。空き缶捨ててあげたんだから、駄賃代わりよ。」
スパイクの文句になど頓着もせず、あっさりとそう言い放つフェイに、スパイクの肩が落ちる。
「お前に頼みごとしたら後が怖いってのを忘れてたぜ…。」
「そ、あたしは高いのよ。わかればそれでいいの。」
アルコールが回っているせいか、僅かに紅く染まった頬で、してやったりな表情をしてクスクス笑うフェイ。
ウォッカの香りとはまた別の「良い香り」がふわりと漂い、スパイクの鼻をくすぐった。
瞬間、先刻の思考が脳裏に甦り、急に目の前のフェイの姿が鮮明に認識されて心臓がごとりと音を立てる。
バスローブの胸元は僅かにはだけ、白い豊かな胸が意識せずとも強調されているかのように目に留まる。
裾から覗く脚は、まるで見せつけているかのようにしなやかで、組まれている片方は太股までが露になっていた。
わかっているのかいないのか、それは扇情的な姿以外の何ものでもなく。
無意識のうちに唾を飲み込んだ喉が、ごくりと小さく鳴る。
グラスに残ったウォッカを煽る唇の、仄かな透過光を受けた妖しい艶めきを目にした瞬間、スパイクの中で何かが弾けた。
「…ゴミ捨て代にしては、高すぎる駄賃だな。…じゃあ、釣りをもらおうか。」
ぼそりと呟いたその言葉がフェイの耳をかすめた途端、グラスが右手から取り上げられ、ウォッカを含んだ唇にスパイクの唇が覆い被さった。
「!!」
フェイの目が驚きに見開かれる。突然のことに反応しきれず、ただ彼のなすがままに唇を奪われる。
「んっ…!」
体を硬直させたフェイの隙をついて、スパイクの舌が口内に割り込んでくる。
スパイクの左手が彼女の背中に回り、抱きしめられる。空いた右手は顎を掴み、上を向かせて深く唇を合わせさせようとする。
「んんんっ、んぅ…っ!」
ようやく我に返ってスパイクを押し退けようとしたフェイだったが、自分を抱きしめるスパイクの腕の力は思いの外強く、振り解くことができない。
更に両手で押し退けようとして触れた彼の体から、シャワー上がりのため、素肌のままの上半身の感触が伝わり、自分たちが互いにどんな格好でいるのかを思い出して一気に頭に血が昇ってしまう。
それでも何とか男の腕から逃れようとするが、力の抜けたフェイの抵抗は既に形だけにしかならず。
その上、難なく侵入を果たした男の舌先が貪るようにフェイの口腔内で蠢き、舌を絡み取られてしまう。深いキスを通して混じり合い、行き来する酒の味は、仄かに甘いような気がした。
「んんっ…。」
そうしてしばらく唇を重ね合わせた後、徐にスパイクがフェイの唇を解放した。
知らず知らず甘い溜め息を零すフェイの目の前で、笑みを浮かべる男。
その眼差しが妙に得意げで、抵抗できなかった自分が急に悔しくなり、フェイの瞳に力が戻る。
「何す……!」
言葉と共に咄嗟に振り上げた片手は、しかし寸前で止められ、逆に体にかけた男の手に力が入り、フェイはそのままソファに押し倒された。
反抗の言葉も途中で遮られ、力任せに押さえつけられて一瞬声が出せずにスパイクの顔を凝視する。
「言っただろ、釣りをもらうってな。」
「何言って……んっ!」
そしてフェイに抵抗の言葉を吐く暇を与えず、再びスパイクの唇が彼女の口を塞いだ。
いつの間にか頭上でまとめられた両手には男の片手がのしかかり、動きを封じられた状態で執拗に唇を奪われる。
「んぅ、っ、んんーっ!」
必死に手足をばたつかせ、顔を振って抵抗するが、手にも脚にも体重を乗せて押さえつけてくるスパイクの体はびくともせず、空いた右手が頭の後ろに差し込まれ、逃げられないように固定されてしまう。
「ん…っ!」
スパイクの長い指先がうなじをなぞり、やんわりと耳朶を弄ぶ。
温かな指の感触が何度も首筋から耳を往復する感覚が、ぞくりと背筋を駆け上る。
その気の緩みを逃さず、合わされた唇の中に再び舌先が忍び込み、ゆっくりとフェイの口内を蹂躙する。
「んんっ!」
男の舌先が上顎の裏を舐め上げ、ぬるりとした感触に弄られた瞬間、背筋がぞくりと粟立った。
「ぅん、んっ……ふぅ…ん…。」
スパイクはなおも顔を背けようとするフェイの逃げ道を塞ぎ、巧みに顔の角度を変えて執拗に唇を合わせてくる。
唇の端からは時折かすれた声が洩れ、悩ましげな吐息は鼻から抜ける。
スパイクの舌がフェイのすべてを味わいつくそうかというように口腔内で蠢き、ねっとりとフェイの舌を絡み取る。
長い長い、そして深く激しいキスの味。
それは、たわむれでもなく──ゲームでもなく。
甘く危険な、「本気」の香り。
抵抗しようとしてばたつかせていたフェイの腕と脚からはいつしか力が抜け、がくがくと弱々しく震えるばかり。
それでもスパイクはフェイの唇を離そうとはせず、柔らかな唇の感触を貪り続けた。
互いの舌を通して混ざり合う唾液は、まるで甘い麻薬のように、フェイの理性を溶かしていく。
(ダメ……このままじゃ……。)
そう自分に呼びかける声も、今では小さく、遠くなり。頭の中には白いもやがかかっていく。
「んふ…ぅ…ん…。」
意思とは反対に甘ったるい吐息を零してしまう自分が歯痒く、悔しかったが、まるですべて見通しているかのようにスパイクの巧みな舌使いがフェイの言葉を奪い、思考能力までも奪っていく。
彼女の理性の防波堤は、既に決壊寸前だった。 |