「紅蓮」 第1・1/2幕 “蛍”

<序章>


 地図の極東(ごくひがし)に位置する、小さいながらも古い歴史を持つ島国・封焔国。
 幕府を中心として多数の民が暮しを営むこの国には、人を喰らい、害を成す脅威の存在「鬼」が跋扈していた。
 それら異形の魔物から人々の安寧を守り、鬼と戦うために結成された将軍直属の組織──それが、「紅蓮」と呼ばれる退魔機関である。
 時は将軍・光義の時代。それは「紅蓮」の若頭・烈火を始めとした、鬼を狩る者たちの戦いの日々の中に訪れた、とある出来事──。


 季節は春から夏へと変わり始めようかという、弥生の末の頃。
 旅の途中で出会った少女・遥を仲間に加えた烈火たちは、ひとまず彼らの本陣である紅蓮の里へと戻って来ていた。
「しばらくぶりだな、ここも」
「遥さんは、皇莱って初めてでしたっけ?」
「あ、いえ。前に来たことはありますけど……やっぱり、賑やかですね」
「そりゃーそうよ。何たって今はこの国の中心地なんだし」
「もうすぐ豊年祈願祭もあることだし、しばらくはまた色々騒がしくなるわね」
 美咲への挨拶や報告も兼ねて「雪月花」へ立ち寄った後、彼らは祭りの準備で賑わう城下町へ、美咲の勧めで足を運んだのだった。
 ともすれば月影のことで沈みがちな烈火を気遣ってか、誰も彼女のことを口にしようとはせず、いつもと変わらぬ振る舞いを見せていた。
 その気遣いを感じながらも、無意識のうちに人ごみの中に月影の姿を捜そうとしている自分に気づき、烈火は立ち止まってかぶりを振った。
「……烈火さん……」
 ふと、自分を心配そうに見上げる遥の視線を感じ、烈火は気を取り直して小さく笑った。
「…大丈夫だ。すまん」
「いえ…」
 その時、大通りの角を曲がったところの方角から、急に人々のざわめきと歓声が聞こえてきた。
「ん?」
「何だ?」
 足を止め、その方向へ皆一様に視線を向ける。
「あれって広場の方じゃない?」
「そうですね。篝火が見えるし」
 綾乃の言葉通り、夜の薄闇を、紅い炎の影がちらちらと揺れながら照らしている。
「ああ、あれは確か、三日くらい前からここに滞在している旅芸人の一座よ。丁度今頃、演舞の時間じゃないかしら」
 美咲が思い出して皆に説明する。
「…結構人が集まってるみたいね」
「そうね、お店でも結構評判よ。何でも、舞がとても綺麗なんですって」
「ふーん」
 そんな会話を交わしているうちに、一行は曲がり角に差し掛かった。
 平らにならされた空き地の中央に簡素な舞台が組まれ、その周りを人だかりが囲んでいる。
 舞台の四隅にはそれぞれ篝火が灯され、時折風に揺られて火影が踊っていた。
「わあ……」
 そして、遥が俄に感嘆の声を上げた。
 笛や三味線、筒の音楽に合わせて舞を披露しているのは、一人の年若い娘だった。
 慎ましやかな紫色の衣装に身を包み、羽衣の薄衣をふわりとなびかせ、銀白色に艶めく演舞用の剣を片手に、流れるような身のこなしで宙に舞う。
「綺麗──」
 うっとりと見とれるように呟く遥。
 飾り紐を額に巻き、長めの黒髪を後ろで束ね、夜を彩る明かりに照らされたその面差しは、薄化粧で済ませているからこそ、かえって彼女の本来の魅力を引き立てているように見えた。
 見物人たちは、さしずめ天女の舞とでも形容できそうなその華麗な舞に、感嘆と賛美の声を上げている。
 烈火たちもまた、滅多に見ることのない雅やかな舞姫の姿に目を引かれ、しばしその場に留まって舞台を見つめていた。


 ──それが烈火たちと彼女の、最初の出逢いだった。


<其之壱>





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