Curiosity killed tha cat.

<1>


 それは、ごく自然にテーブルの上に存在していた。
 時刻はそろそろ陽も傾き始めるかという夕刻。空腹の体をリビングに向け、今のところこの船の食事管理を一手に引き受けている人物の所在を確かめようとしたところ、キッチンから鍋を転がす音と油の匂いが漂っていることに気づく。
 夕食には少し早い時刻だが、如何せん昨夜から朝方にかけての捕り物劇の疲れで、殆ど夕方近くまで寝ていた彼にとっては空きっ腹が身に染みる頃だった。
 幸いジェットもそれをわかっているのか、少し早めの夕食作りに取り掛かっているようだ。スパイクはとりあえずやがてできるであろう食事を待つことにし、ソファにかけると煙草を取り出そうとポケットを探った。
 と。
 そこで目に留まったのが。いつもテーブルの上が定位置のPCとモニタと他に。ぽつん、と置かれていた、見慣れない丸いブリキの缶だった。
「……なんだ、こりゃ?」
 怪訝に思って煙草を掴みかけた手を止め、徐にそれに手を伸ばす。
 ラベルも何も貼られてない、文字通りただのブリキ缶だ。
 軽く振ってみると、カラカラと乾いた音がした。
 片手で蓋を回してみる。特に抵抗もなくそれは開いた。
 中を覗き込むと、目に入ったのは、缶いっぱいに詰まった淡い乳白色をした丸い物体だった。
 その一つを指先でつまんでみる。
 鼻先を寄せると、微かだがほんのりとミルクのような甘い匂いがした。
「……飴、だよな」
 何となくつまんだそれを頭上にかざし、光で透かしてみるが、形や色が変わるわけでもなく。
 どこからどうみてもただの飴玉にしか見えない白い球体を、しばらく見るともなしに眺めていたスパイクだったが、食事までの空腹しのぎにはなるか、とそれをそのまま口の中に放り込んだ。
 舌で転がしていると、それは徐々に甘い液体へと形状を変え始める。
 見た目の淡白そうな印象とは違い、かなり濃いミルク味が口の中に広がる。甘さもさることながら、ある程度腹が膨れそうなくらいの濃さだった。
 こんなものを食べてよく太らないものだ、とこの船の住人の顔を二人ほど思い出す。
 勿論、このような品をジェットが好んで買ってくるとは思えないので、食べるとすれば女二人のどちらかしかいないだろう、とつまみ食いしている自分のことは棚に上げて勝手に考える。
 とりあえず失敬するのは一個までにして、ブリキ缶の蓋を閉める。
 口内で転がる固体の感触も徐々に小さくなり、そろそろ噛み砕いて飲み込もうかと無意識に考えた頃。
「あ゛!!!!!」
 突然横から響き渡った大声に驚き、思わず「んぐ」とくぐもった声を洩らしてそのまま残りの飴を飲み込んでまったスパイクは、わずかばかりむせ返った。
「……なんだよ、いきなり!」
 耳を塞ぎながら胸を叩き、顔をしかめて声のしたほうを振り返る。
 視線の先には、中華鍋を片手に乗せた大声の主──ジェットが、まるでこの世の終わりの光景でも目の当たりにしたかのような表情で立っていた。
「お前……」
「あ?」
「お前、その飴……食ったのか?」
「は? ……あ、ああ……これか? 食ったぜ、一個」
 彼の格好と、表情と、発せられた質問の意図がうまく繋がらず、しばし間を置いた後、とりあえず問われたことへの答えを返す。
 彼の返答を聞いた途端、ジェットは傍目からもわかるほどがっくりと肩を落とし、頭痛でも堪えるような顔をして片手でこめかみを押さえた。
「……せめて書き置きぐらいしておくべきだった……」
 呻くように言葉を押し出すジェットの態度を、今ひとつ理解できないスパイクの眉間に皺が寄る。
「なんだよ、飴一個くらいで」
「………」
 ジェットは諦めたように顔を上げると、とりあえず空いた手でブリキ缶を掴み、キッチンへと一旦踵を返した。
 スパイクは、何故たかが飴一個で非難されるような視線を浴びなければならないのか、納得できないという風に訝しげに眉を寄せ、憮然とした顔でポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「……ちょっと、なんなの? さっきの大声……」
 そこへ通路の奥から顔を出したフェイが、タラップを下りながら尋ねてくる。
 視線の先に、仏頂面でソファに陣取っているスパイクを見つけ、大方また何かやらかしたのだろうと通常であれば至極妥当な見当をつけながら眉を上げた。
「なーに、また何か器物損壊の請求書でもプレゼントしたの?」
 上から降ってくるからかいの声に、不機嫌顔を一層しかめながら両足をテーブルの上に投げ出す。
 おおこわ、と肩を竦めながらタラップを下りたフェイは、それ以上は関わらないことにし、渇いた喉を潤そうと冷蔵庫へ歩み寄る。
 しばらくして、料理の皿を持って再びリビングに現れたジェットは、フェイがいることに一瞬眉をしかめたが、説明しないことには話が進まない。
 ほんの一時でもテーブルの上に置きっ放しにしてしまった己の迂闊さに溜息をつき、テーブルに人数分の皿を並べながら、ジェットは落とした声で言った。
「……スパイク。お前、飯が終わったら当分部屋でおとなしくしてるか、外行け」
「はぁ??」
 急に告げられた要求に、スパイクの眉間の皺が深くなる。
 ミネラルウォーターを口にしていたフェイも、いつになく押しの強いジェットの口調に目を丸くした。
「なんだよそれ? 俺が何したってんだよ?」
 どうにも承諾しがたい用件に、スパイクの口調も知らず荒くなる。
 ジェットは再度溜息をつき、ソファに徐に腰を下ろした後、スパイクを据わった目で見返し、言った。
「あの飴はな……」
「あ?」
「お前がさっき食った飴はだな、賞金首から押収した証拠品なんだよ! ……新しいタイプの、強力な催淫剤入りだって触れ込みのな」
「…………」
「…………」
「…………」
 スパイクの周りの、そしてリビングの空気が、しばし固まる。
 俄に静まり返った雰囲気に、シーリングファンの音だけが、己の存在を示すかのように回り続ける。
 沈黙を保ったまま、たっぷり10秒以上は経過しようかという頃。
 止まった時間が再び動き出す合図となったのは、リビング中に響いたフェイの笑い声だった。


→2


トップへ
戻る




Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!