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ここは大陸の中でも最も大きな王国だといわれているフェルディナン王国である。他国との貿易や物の流通が盛んであり、流行の最先端を地でいく王国で、世界でも主要国として高く評価されている。
時刻は夜の22時。この大王国の港に一隻の大きい観光船が到着した。船には沢山の客が乗っていたが、その中から降り立ってきた客達の中にとある2人の男女の姿が見えた。
男の方はトンボ眼鏡をかけている、見るからにワイルドな男性だった。女性の方はというと同じく眼鏡をかけていたが、こちらは飾り眼鏡である。パッと見た感じでは異色のカップルが降り立ったという感じだが、何分この人が多い大王国ではそのことを気にする者はほとんどいない。
男の方が一歩前に出て止まった。このフェルディナンの港の様子を笑みを浮かべながら見ている。沢山のネオンの光がトンボ眼鏡に反射していてその表情はうかがい知れない。女性の方はと言うと少しモジモジした感じでこの男性の後にくっついてきた。
「フッ。きたぞ、スピカ。フェルディナンだ。」
「は、はい。アトラス様・・・・」
男性はアトラスといい、女性はスピカという名前だった。
アトラスの方は都会慣れしている感じだったが、スピカの方はというと戸惑うばかりであった。
最もスピカは名もない小さな町の出身で、このような大王国とは全く縁がないのだからある意味当然だといえよう。
「ここにイイ客がいるんだよ。おまえのことを必ず買ってくれる客だ・・フッ、バーで待ち合わせてる。行くぞ。」
「あ、は、はい。」
そうして2人は街中の方へと歩き出した。
すっかり暗くなってしまった夜。だが喧騒ぶりは歩いていくと共に大きくなっていった・・・・・・・楽しく、にぎやかな夜であった。
カランカラン
目的地に着いたアトラスとスピカであったが、入った途端酒の強烈な匂いと賑わっているザワついた声でスピカは驚いてしまっていた。そう、ここは繁華街の中にあるバーなのである。
アトラスはスピかとは対照的に、全く臆することもなく堂々と中に入っていった。スピカも慌ててついていく。
アトラスはズンズンと迷うことなく進んで行き、ついにカウンターの前まで来た。色々な客がカウンターで飲んでいたが、その中でも少し珍しい出で立ちをしている、フードを被っている人間の肩をアトラスはトントンと叩いた。その人間はすぐに反応し、アトラスと握手を交わしていた。
最もスピカのことでいる客なのだからこの人間は紛れもなく男性であろう。背格好も男性らしく、アトラス並に肩幅が広くて背が高かった。
「ほら、スピカ来い。おまえの客だぞ?」
とアトラスは言ってスピカを呼んだ。スピカは「あ、はい。」と返事をし、慌ててそのお客の方に行った。
被っているフードで目元まで隠れてしまっていて顔がよく分からないのだが、背が高く、鼻はシュッと伸びていて見える所の顔かたちは整っていた。
「フフッ、初めまして。アトラス様から聞いたんだけど、こういう所は初めてみたいだね?」
「えっ!?あ、は、はい。」
「フフッ、そんなに緊張しなくてもいいよ。ここはね、好き勝手に飲んで話せる場所だから・・・・あぁ、アトラス様も。どうぞお座りになって下さい。」
「ハハッ、悪いな。ほら、スピカ。おまえはここに座れ。」
「あ、は、はい。」
そうしてスピカを囲んでフードを被った男性とアトラスが座った。
このフードを被った男性は非常に優しい応対をしてくれて、スピカはこのようなバーに来て正直怖かったのだが、少しホッと出来た。
「あぁ、アトラス様。何かご注文はなさらなくてよろしいのですか?」
「ハハッ、そうだな〜。それなら、ウオッカをもらおうか。おまえはどうする?」
「えっ?わ、私ですか?え、えっと、その・・・私、アルコール類は苦手で・・・・」
「ふ〜ん。それならカクテルなんてどうだい?ほら。ミルクセーキなら、アルコールも入ってないよ?」
と言って、このフードを被った男性はメニューの中にある「ミルクセーキ」を指差してそう言った。
「え・・・?ミルクセーキって・・・このような所で飲むものなんですか?」
と、スピカは思わずこのフードを被った男性に聞いてしまった。
「フフッ。もしかしたら、子供の頃に飲んでいたりしたのかな?」
「えっ?あ、はい。そうなんです。」
「まぁ、確かに子供の飲み物かもしれないけどね。これはしっかりカクテルなんだよ。」
「そうだったんですか!?私知りませんでした・・・・」
「フフッ、そうか・・・それじゃあ、今から覚えておくといいよ。損はないからね・・・あぁ、マスター。ウオッカとミルクセーキ、それぞれ1つずつね。」
「は〜いよ〜。」
スピカはこのフードを被った男性を思わず見つめてしまった。始めて会ったというのにとても優しく接してくれる。いや、いわば自分とアトラスにとってお客なのだから当然といえば当然なのかもしれないが、それにしては受け答えに慣れているような、そんな気がしたのだ。
フードを被った男性の口元が笑みを形作る。
「フフッ。そんな熱いまなざしを私に向けて・・・・私に気を持ってくれたかい?」
「えっ?ええぇ〜〜っっ!?えっと、その・・・」
「ハハハハッ!まぁ、それでいいんだよスピカ。それも客を落とす一つの戦法だからな。」
「おやおや、そうだったんですか?アトラス様。私はつい期待してしまいましたよ?」
「ん?ハハッ、またおまえらしいことを言ってくれるな。」
「フフッ、そうでしょう?アトラス様。こんな美女が私を見つめてくれているんですよ?期待しない訳がないじゃないですか。」
「だとよ〜、スピカ。おぉっ!そういえば忘れてたぜスピカ。こいつが客のレグルスだ。レグルス。こいつが俺が手塩にかけて育て上げたスピカだ。ま、面倒見てやってくれな。」
「フフッ。分かってますよ、アトラス様。」
と言って、レグルスというこの男性はそれまで被っていたフードを取った。今まで鼻の下しか分からなかったが、明らかにされたそのルックスは眉目秀麗だった。
銀色の髪を後ろで軽くまとめていて、透き通るような碧眼。一目惚れしてもちっともおかしくない位の美形であった。
スピカは驚いてしまって思わず目を見開いてしまっていたのだが、横からアトラスがツンツンと腕でスピカを呼んだ。
スピカは何事かと思いアトラスを見てみれば、アトラスは顎をクイクイッと上げて命じていた。どうやら飾り眼鏡を取れと命令しているみたいである。それを悟ったスピカはそれまでかけていた飾り眼鏡を慌てて取った。
すぐにアトラスはスピカの肩に手を置き、スピカをレグルスの方に振り向かせた。
「あぁ、スピカはこーゆー・・ちと内気なヤツでな〜、この性格だけは俺にも直せなかった。ま、だが芯は強いヤツだ。この俺に最後まで付いてきたんだからな。フッ、なぁ?スピカ。」
「えっ?あ、は、はい・・・」
「フフッ。内気、ですか。私はどんな女性でも一向に構いませんけど・・・・あなたが最初から直々に選んで育て上げたと聞いていましたから、とても興味があったのですよ。」
とレグルスは言った。余裕ある微笑を浮かべていて、純粋にカッコイイ人だとスピカは思った。
「ハハハッ!まぁそーだな〜。確かに、コイツが始めて俺が最初から最後まで育て上げた女だ。後にも先にも、コイツしかいねぇだろーな。」
「フフッ、なるほど。あなたの気まぐれは本当に何をしでかしてくれるのか、私はいつも興味津々ですよ。」
とレグルスが言った所でマスターがウオッカとミルクセーキを出してきたので、2人はそれを一口飲んだ。因みにレグルスは既にアイリッシュコーヒーを飲んでいたりする。
「ハハッ、そうかレグルス。それだけおまえは俺を信頼している訳だな?」
「まぁ、そうですね。あなたからはいつもいい買い物をさせていただいてますよ。」
「フッ、そうか。それでどうだ?早速だが・・・スピカを、どの位の値で買ってくれる?」
スピカは少しドキンとしてしまった。自分のことなのにそんな話をされてしまうと少し困ったような感じもしてしまう。
実はここに来る前、きっちりアトラスに「買う話になったら口出ししないでくれ。」と言われていたので、何か色々突っ込みたいコトがあったスピカだったのだが、素直にアトラスのいうことを聞くコトにして黙って話に耳を傾けることにした。
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