第11話

その後、巧斗と由依は美味しい物を沢山食べながら楽しい時間を過ごしていた。

この店の料理が美味しいことはもちろん、大好きな巧斗と一緒に食べるからなのか、ますます料理が美味しく感じられるような気がする。

少しアルコールも入っているからなのか、程よい気分になりながら由依は巧斗を見つめる。そんな由依の視線に、巧斗は笑顔で応えた。

「由依ちゃん、良い感じに酔ってるのかな?」

「あ、はい。普段、あまり飲まないので・・・ちょっとだけ、陽気になってしまってます。」

「そうか。由依ちゃんはお酒を飲むと明るくなる方なんだね。」

「はい・・・あの、でも。柏木さん、先ほどからお酒飲んでる筈なのに、普段と全然変わってないですよね?」

「そんなことないよ。俺はすっかり、由依ちゃんに酔ってしまってるから。」

「ええぇぇっ!?あ、あの、柏木さん!?」

由依が驚くと、巧斗は面白そうに眼鏡を持ち上げながら微笑んだ。

「そんなに驚くようなことだった?由依ちゃん。」

「お、驚きますよ〜!!冗談でも、心臓に悪いです・・・」

「冗談で言ったつもりはないよ?それとも、由依ちゃんは冗談の方が良かった?」

「ウッ・・・あの、柏木さん。私、本当に期待しちゃっても、いいんですか・・・?」

由依が恐る恐るそう尋ねると、巧斗は優しい微笑でもって軽く頷きながら答えた。

「もちろんだよ・・・と言っても、由依ちゃんはまだ俺の事、完全には信じられないよね。どうすれば分かってもらえるのかな・・・・気持ちを伝える事って、思いの外難しいよね。」

「柏木さん・・・はい、そうですね。あの、でも!本当に、期待してもいいのでしたら・・・・とっても、嬉しいです・・・」

「・・ありがとう。由依ちゃんにとって迷惑でなければ、今はそれでいいよ。」

「あ・・その、すみません。柏木さん・・・・私、柏木さんにものすごく、気を遣わせてしまってますよね。でも、どうしたらいいか分からなくて・・・申し訳ないと思いながら、悪女のように振る舞うことしか出来なくて・・・」

「そんな事ないよ。きっと、由依ちゃんは俺の噂を気にしてるんだよね?だからこそ、そんな浮ついた男に期待なんか出来ない。違う?」

「!!」

図星だった。正しく由依が気にしているのはそこなのだ。

どうやら、巧斗は社内で流れている『プレイボーイ』だという噂を自覚しているようだ。圭吾が言うには、昔から女性と遊んでいることが多かったようだから、それが今も尚続いているとすれば・・・・?

「・・どう言えばいいのかな。噂を否定する気もないし、肯定する気もないんだけど・・・・」

「えっ?それって、どういうことでしょうか?」

「・・・自分で言うのも変な話だけど、昔から、色んな女の子と付き合っていたんだよ・・・その当時は、女の子なら誰でも良かったんだ。好きになれるような子がいなくてね・・・・女性から見てみれば、最悪な男だろうけど。」

「・・確かに。女の人は誰でも、彼氏さんの前では一番でいたいでしょうから・・・」

「そうだよね。男だって、それは変わらないよ・・・・それに気付いたのが、3年前なんだ。それからは、人を選んで付き合ってきたつもりだったんだけど・・・昔からの悪い癖が抜けなくて、結局色んな女性に声をかけちゃうんだよね。だから、会社でも『プレイボーイ』なんて言われるのかなって。」

「そうなんですね・・・・柏木さんは、その3年前に初恋をしたって感じですか?」

「うん、そうだね。ところで、由依ちゃんは?由依ちゃんの初恋の話も聞いてみたいな。」

巧斗に笑顔でそう言われたからには、話さなければいけないのだろう。

しかし、巧斗のように多くの人と付き合ったことがない由依にしてみれば、そんな話をした所で面白くないんじゃなかろうか?と思いながらも、口を開いた。

「えっ?私ですか!?いえ、全然・・・初恋は小学校だった時、近所に住んでた年上のお兄さんだったので、今となっては何も・・・・」

「そうか。きっと、優しくて良いお兄さんだったんだろうね。」

「はい、それはもう!私を含め、子供たちの面倒をいつも見てくれていて・・・背が高くて、頼りがいのあるお兄さんでした。あんなお兄さんがいたらいいなぁって、何度思ったことか・・・」

「フフッ・・その気持ち、分かるよ。年上で優しい人がいると、本当の兄や姉になって欲しいんだよね。」

「はい、そうなんです!柏木さんは、ご兄弟いらっしゃるんですか?」

話の流れで自然と尋ねた由依は、興味津々と巧斗に尋ねた。

元々巧斗の色んな面を知りたいと思っていたし、このような形で巧斗のことを少しずつ知っていけることは、由依にとって嬉しいことなのだ。

「いるよ。それこそ、兄と姉が1人ずつ。どっちも結婚しているから、更に義理の兄と姉もいるね。」

「そうなんですか!とっても楽しそうですね!」

「まぁ・・そうだね。由依ちゃんは?兄弟いるの?」

「はい!姉と弟がいます。私、真ん中なんです。」

「あぁ〜、一番苦労する所だね。だから、由依ちゃんがこんなに良い子な訳か。」

巧斗にそう言われると少し照れてしまうが、それ以前に『良い子』としての自覚がない由依にとって、驚かせるには十分だった。

慌てて首を横に振って、由依は巧斗を見つめながら言った。

「そ、そんな!良い子だなんて、とんでもないです。私は、未熟すぎて・・・それこそ、柏木さんを見習わないと!」

「俺を?」

「はい!まずは朝早く起きてちゃんとお弁当を作らないと、一人前って感じがしなさそうで・・・」

「フフッ・・由依ちゃんは、本当に可愛いね。」

「えっ!?」

まさか巧斗にそこで『可愛い』と褒められるとは思わず、由依は驚いて巧斗を見つめた。

一方の巧斗はと言うと、由依のことを優しい眼差しで見つめていた。その巧斗の視線に由依はドキンとしながら、巧斗を見つめることしか出来なかった。

「無理して早起きする必要はないよ。お弁当が欲しいなら、俺が作るし。」

「えぇっ!?いえ、柏木さん!そういう意味じゃなくて・・・!」

「違うの?それじゃあ、由依ちゃんにキスすれば、早く起きるかな?」

「それも違います〜!!柏木さん、また私のことからかってますね!?」

「フフッ・・ごめんね。由依ちゃんがあんまり可愛いことを言うものだから、つい。」

「もう、柏木さんったら・・・・そういえば、今って何時でしょうか?えっと、ケータイ・・・」

「もう少しで22時だよ。由依ちゃんと過ごしてると、あっと言う間に時間が過ぎていくね。」

巧斗にそう言われて由依が携帯電話を見てみれば、確かに時刻は21時58分、もう少しで22時になることを示していた。

幸い明日は土曜日で休みの為、時間はある。しかしこのまま巧斗といたら、完全に巧斗のことしか考えられなくなりそうで、由依はそれが怖かった。

それに、巧斗とは事前に日曜日にデートの約束もしているのだ。由依は心を鬼にして、今日は家に帰ろうと決意した。

巧斗にそのことを告げると、巧斗は快く了承してくれた上に、食事代を全額払い、由依を家まで送るということで、由依は申し訳なく思いながらも、巧斗の優しい気持ちが感じられて、それがとても嬉しかった。

電車に乗って駅に着けば、由依の家に着いたも同然だ。由依が『改札前までで良い』と言ったにも関わらず、巧斗はあっさり券を通して、由依と同じ出口から外に出た。

「柏木さん。本当に、すみません!まさか、ここまでご一緒に来ていただけるなんて・・・」

「気にしないで。今日は由依ちゃんのおかげで、久々に楽しい時間が過ごせたから・・・せめてものお礼かな。痴漢事件もあったし、これ以上由依ちゃんを他の男に取られたくないからね。」

「そ、そんな、柏木さん・・・それより、本当にありがとうございました!とっても楽しかったです。でも、おごっていただくのは・・・私、やっぱり払います!」

由依がそう言ってバッグから財布を取ろうとすると、巧斗がスッと手でそれを制した。

「いいんだよ。俺が由依ちゃんを誘って、行きたい店に連れて行っただけなんだから。」

「でも・・・」

「・・由依ちゃんは、本当に優しいんだね。由依ちゃんのその気持ちだけで、十分嬉しいよ。」

「でも。私、柏木さんに何かしていただいてばかりで。私も、柏木さんに何かしないと・・・」

初めて出会った時から、由依は巧斗に助けられてばかりだった。電車の痴漢事件に始まり、お弁当を食べさせてくれたり、今日もこうして誘ってくれた上に、食事代を全て支払ってくれて・・・・

何かされるだけなのは嫌だった。巧斗が由依にそこまでしてくれたのだから、由依も巧斗に何かしなければならないのは当然のことなのだ。

しかし、由依の言葉に巧斗は微笑みながら、ゆっくり首を横に振った。

「・・そんなことないよ。由依ちゃんがこうして一緒にいてくれるから、俺は楽しい時間を過ごせてる。それは、由依ちゃんにしか出来ないことだよ?」

「柏木さん・・・でも、そうじゃないんです。もっとちゃんとした形で、柏木さんに何かしたくて・・・」

「それなら、日曜日デートしてくれるだろう?それで十分だよ。」

「でも・・・」

違う、そうじゃないのだ。それこそ巧斗が一緒にいてくれるから、由依もこうして楽しい時間を過ごせている。

それに、デートの話だって元々巧斗が誘ってくれたものだ。その時にも当然お返しが出来れば良いと思うが、それでは遅すぎる。今しか出来ないことはないのだろうか?

「・・参ったな。そんな、捨てられた子猫のような瞳で俺を見つめないで・・・歯止めがきかなくなりそうだから。ね?」

「でも。私が、何か柏木さんにしてあげられることってないですか?」

由依がそう聞くと、巧斗は苦笑しながら由依の頬にそっと手を置いた。

そのことで、自然と由依と巧斗は見つめ合う。真っ暗な夜の中、街灯のかすかな灯りだけが由依と巧斗を照らしていた。

巧斗は真摯な、そして切なそうな眼差しで由依を見つめてきた。それだけで巧斗の色気をいつも以上に感じてしまい、由依はドキッとしてしまう。

なぜ、どうして巧斗はこんな苦しそうな、切なそうな眼差しで由依を見つめてくるのだろうか?その意味がよく分からなくて、由依は胸が締め付けられていた。

「・・今ここで、由依ちゃんとキスしたい。そして出来る事なら、このまま連れ去ってしまいたい・・・」

「えっ!?あの、柏木さん・・・!?」

「という事だから、今はまだ何もしてもらわなくていいよ。君がその気になってくれたら、一杯返してもらう予定だから。」

巧斗は先ほどの切なそうな表情とは一変し、今度は面白そうだと言わんばかりの笑顔で由依にそう告げた。

由依は巧斗の切なそうな眼差しと笑顔をまともに見てしまい、巧斗のあまりの変わりぶりに驚いたと同時に、巧斗の言った事を改めて反芻すると、一気にドキドキと胸が高鳴っていた。

「柏木さん・・・私・・・」

実際、巧斗の言う『その気』というのが今の由依にはあったりするのだ。

暗い夜道をほのかに照らす街灯の下、由依は胸に手を置いて巧斗を見つめたのだが、巧斗はそんな由依を見ると微笑んだ。

「今はまだ、答えを出す必要はないよ。日曜日のデートの時にでも、ゆっくり答えを探してくれればいいから。」

「あ。は、はい・・・」

巧斗がスッと由依から手を離した事で、由依の頬に巧斗の手の温もりがほんのりと残る。

本当はもっと巧斗と一緒にいたかったが、こればかりは仕方ない。また日曜日にも会えるのだと、由依は自分自身を心の中で励ました。

「それじゃあ、今日はありがとう。また日曜日にね、姫君様。」

「は、はい。私の方こそ、ありがとうございます・・・あの、柏木さん。どうか、お気を付けて下さいね。私、日曜日を楽しみにしてます。」

由依が笑顔でそう言うと、巧斗も笑顔を見せた。

「うん、俺も楽しみにしてるよ。よろしくね、由依ちゃん。」

「はい!柏木さん、お休みなさい。」

「お休み、由依ちゃん。」

互いに手を振り、由依は巧斗が見えなくなるまでずっと見送った。

本当はもっと巧斗と一緒にいたかったが、それはわがままでしかないし、日曜日に会えるのだからと由依は必死に我慢した。

この胸の揺れ動きは、間違いない。由依は今日巧斗に会ってから、完全に恋心に目覚めていた。

「柏木さん・・・私、信じています・・・・」

由依は小さくそう呟いてから、ゆっくり家に戻った。

それからもずっと考えるのは巧斗の事のみだったが、それだけで幸せになれてしまう位、由依の心はウキウキとしていたのだった・・・・・・・・・


  

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