プロローグ 「・・あぁ、そうだな。」 あっさり成立した、俺たちの別れ話。 だが、おまえとの恋愛は、ここからが本番だった。 「!・・・・はい・・・・今まで、ありがとうございました・・・・それでは・・・・」 最後に律儀にお辞儀して、去ったおまえ。 その時、俺は見逃さなかった。おまえの瞳に浮いていた涙を。 どうしてだろうな。女の泣く姿なんか、見飽きていた筈なのに。 どうしてこんなに、俺は心を揺れ動かされてるんだ? 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 俺はただ、黙っておまえの後ろ姿を見つめる事しか出来なかった。 おまえの涙に、こんなにも動揺している俺は、一体どうしたって言うんだ? 参ったな・・・・俺、ひょっとしたらあーゆー、涙を隠す系の泣き方に弱いのかもしれない。 考えてみれば、それまで見てきた女の涙ってのは、ワーワーと声を上げて泣いて、俺にすがり付いてくるものばかりだった。 その度、女を慰めてやんなきゃならないから・・・・面倒くさくて、女の涙ってのは正直好きじゃなかった。 でも、今のおまえのは違った。必死に嗚咽を我慢して、本当は泣き叫びたい所を、グッと堪えて。 そうか・・・・おまえ、最初から最後まで、自分勝手な俺を許して、気遣ってくれてたんだな・・・・そう分かると、この別れがひどく惜しい気がした。 おまえと、やり直したい・・・・俺が心を入れ替えれば、おまえはまた、俺の元に来てくれるか? 「・・っ・・・・・・・・」 俺の胸の内から、あふれ出る気持ち。こんなにも誰かをいとおしく、大切に想った事はない。 この気持ちに気付いた以上、誰にも負けない。おまえのその心を、俺に引き戻してみせる。今度は絶対、何があってもおまえの事、離さずにいるから・・・・ 清香、愛している・・・・・別れた後、そう想う俺を、許してくれ・・・・! |
「ウッ・・・・ダメ。もう、これ以上泣いちゃダメなのに・・・!」 やっぱり私は、あの人が・・・輝さんが好き。 愛されなくてもいいから、傍にいたいという私の願いは、叶ったけれど・・・・ どうしても望んでしまう。あの人に、もっと愛されたかったと。 でも、あの人は無類の女性好きで有名だったから、恋人に対しても、普段とそんなに違わないという噂だった。それは、本当だったんだけれど・・・・ せっかくあの人の恋人になれたのに、それが無性に悲しくて。一杯優しくしてもらったけれど、それは他の女性に対しても同じで・・・・ 私は、恋人だけの『特別』が欲しかったのかもしれない。でも、あの人に対して、それを望んだ私がバカだった。 「涙、拭いて・・・・早く、帰らなきゃ・・・・」 そう、ここはまだ社内。この時間は、そんなに人とすれ違わないけれど。それでも、泣いている所を、誰かに見られたくないから・・・・ 私はハンカチを目に当てて、下を向いた。早く泣き止まなきゃ・・・・すれ違う人に、変な目で見られてしまうから・・・・ 別れを選んだ私は、間違っていたのかな?あの人の事を、決して嫌いになんかなれないから。 私がそう思いながら、涙を拭いて少し顔を上げた、その時だった。 「さ〜やか!」 えっ?私を呼ぶこの声は、ひょっとして・・・・ 確かに聞き覚えのある声。振り返って見てみれば、そこにいたのは私の親友・藤沢なつみちゃんだった。 「あっ・・・!」 「えぇっ!?ちょっと、どうしちゃったの!?何でそんなに泣いてるのよ!?」 いっけない・・・!まだ、完全に涙が収まった訳じゃないから、どうしよう・・・・!? 取り敢えず、何とかごまかさなきゃ。なつみちゃんを困らせるのは、良くない事だから・・・・ 「・・何か急に、目に大量のゴミが入っちゃったみたいで・・・」 「ウッソ〜!?それで、ハンカチまでそんな濡れちゃったの〜!?」 「あ・・うん。本当に、こんな事で沢山泣いたのは、私も初めてで・・・・でも、おかげで大分、目の痛みが取れたから・・・」 「そう・・・ならいいけど。でも、そんな顔じゃあ、あんまり公共の場でお喋り出来ないわよね・・・じゃあ、また明日ね〜!お疲れ様〜!」 「うん、ごめんね。お疲れ様〜。」 なつみちゃんは、明るくて社交性抜群だから、皆と仲が良い。私も、そんななつみちゃんの友達の1人、という感じなのだけど・・・・ 私の事、気遣ってくれたんだよね?なつみちゃんは、いつも仕事が終わると、スターバックスやロッテリアに行くのが好きで、私もよく付き合ってるから・・・・ なつみちゃんのおかげで、少し気持ちが吹っ切れた感じがする。あの人とも、明日からは上司で、こっちはバイト。ただそれだけの関係になるんだって、割り切れそう。 ありがとう、なつみちゃん。私、明日からまた、頑張るからね。 |