第2話 「おはよう。」 「おはようございます〜。」 「おはよう。」 あの別れから一夜明けた今日。 本来、何も変わらない日常の光景・・・の筈なのに、俺の心は寂しすぎてやるせなくなっている。 どうしても、目でおまえを探す俺がいる。でも、まだ来てないみたいだな・・・・ まさか、俺と会いたくなくて『辞めたい』とかって言い出してないよな? そう考えると不安になって、俺は採用教育部へと足を運んだ。ここのすぐ隣が管理本部と採用教育部のいる連中になっているから、こういう時だけ楽だと感じる。 採用教育部と管理本部、そして俺のいるここ・OP部1課をつなぐセキュリティードアは、俺のようなSVかつ社員でないと開く事が出来ない。 だから、俺はこの部署にいる中で自由に出入り出来る数少ない1人だ。最も、管理本部の連中なら社員だろうとアルバイトだろうと出入り自由みたいだが。 問題なくセキュリティー解除した俺は、採用教育部、ならびに管理本部に足を踏み入れた。目指すは採用教育部の人間なんだが・・・・ おっ、いたじゃないか。採用教育部の若手ホープLDとして有名な坊ちゃんが。 「おはよう、ホープ君。」 「おはようございます!・・って、それ僕の事ですか?」 「あぁ。『僕』以外ここにいないだろう?頼むぜ?ホープ君。」 「確かにそうですけど・・・鹿嶋さん。僕、その呼ばれ方はちょっと・・・『ホープ』なんかじゃないですから・・・」 「フッ、ご謙遜か。じゃあ、そんなご謙遜ぶる百合原君に早速質問なんだが。」 「ぶってないです!もう〜、朝からいじめないで下さいよ〜。」 「ハハハッ、悪かった。じゃあ、単刀直入に聞きたいんだが。ウチの部署にいる子の中で、昨日退職したいって来た子がいないか、調べてもらえるか?」 俺がそう言うと、採用教育部若手ホープLDの百合原君は、少し驚いた顔をした。 まぁ、無理もないか。わざわざ朝早くこんな所に来て質問するなんて、それまでした事がないからな。 「昨日ですか?分かりました。少しだけお待ち下さいね。」 百合原君は、すぐにパソコンを操作して調べてくれていた。さすが、若手ホープ君は話が早くて助かるな。 確か、百合原君ってまだ20歳だったよな?それでLDなんだから、SV昇格もそう遠い未来の話じゃないだろう。 俺がLDになったのは23歳の時だったが、それから1年半で今のSVになった。 歳若くてLDだと、若い内から重役に就ける可能性が大きくなる。それだけ、将来の幅が広がるという訳だ。 「えぇ〜っと・・・OP部1課では、昨日そのような話は出てないですね〜。大丈夫ですよ。」 「そうか。ありがとう。」 「いいえ、どう致しまして!でも、珍しいですね。朝早くから鹿嶋さんがそんな事を聞きにいらっしゃるなんて・・・何かあったんですか?」 「いや、何となく。じゃあ、どうも。お疲れ様。」 「はい、お疲れ様です!」 まさか昨日の別れ話を、そう簡単に言う訳にはいかない。むしろ、誰かに言えてたまるか。 ・・しかし、この結果に相当安心している俺も、本当にらしくない。おまえに会える・・・・そう考えるだけで、こんなにも嬉しくなるものなのか。 出来れば、この気持ちはおまえと恋人だった時から感じていたかった。 だが、昨日おまえに捨てられなければ、こんな熱い気持ちを感じる事はなかっただろう。そうか・・・・これが、本当の『恋』ってヤツなんだな。 「おはようございます!」 「おはよう。」 採用教育部にいた間に、いつものメンバーが続々と顔を揃えていた。だが、まだおまえの姿は確認出来ない。 おかしいな・・・いつもだったら、もう来て良い時間の筈なんだが。 少しでも早く、おまえに会いたい・・・・別れた後に、俺がそんな事を想っているなんて知ったら、おまえはきっと呆れるんだろうな。 おまえは、もう俺の事を見てくれないかもしれない。だからこそ、少しでもアピールしたい。俺とおまえをつなぐ糸が完全に切れてしまう前に、もっとおまえと話したいんだ。 早く来てくれ。おまえだけに、頼みたい仕事もあるし・・な。 |
や、やっと会社のビルに着いたよ〜! でも、ここからが本番。エレベーター以外に仕事場に行く手段がないから、エレベーターが来るまでずっと待ってなきゃいけない。朝の混雑で、なかなか下に来てくれないんだよね〜。 も〜う。早く来てよ〜、エレベーター!って思う一方で、寝坊しちゃった私が悪いんだから、わがまま言えないよね。 しかも、昨日別れたばかりのあの人の夢なんか見ちゃってる私ってば、本当に最低。あの人が、私にだけ優しくしてくれる・・・・そんな、夢に見ている事を本当に夢で見ちゃうなんて・・・・ 確かに私は、昨日あの人と決別を付けたつもりなのに・・・・どうしてあの人の事ばかり、考えてしまうんだろう。やっぱり、まだあの人の事が好きだから? そう考えていた矢先、ようやくエレベーターが来て、私は素早く乗り込んだ。朝のラッシュで、エレベーターは即満員。でも、このビルは1階以外私のいる会社しか入ってないから、皆ここで働いている人しかいない。 そう。2階から最上階の8階まで、全部ウチの会社が使ってるんだよね・・・・本当に人多すぎて、自分のいる所でさえまだ人員つかめてないよ〜・・・・ さすがに7階まで来ると、エレベーターに乗っている人も少なくなって、窮屈さ加減はなくなる。でも、8階に行く人が私1人だけってどういう事!? 本当にヤバイかも。ひょっとして、私遅刻スレスレなんじゃあ・・・・? 急いでエレベーターから降りた私は、そのままダッシュして仕事場に入った。どうか、遅刻してませんように!! ロッカールームに荷物を置いて、ようやく現場に到着!フゥ〜、良かった〜。ぎりぎりセーフだよ〜。 「おはようございます!」 「おはようございます。」 挨拶をしつつ、打刻をして出勤完了〜!うわっ、8時58分だって。本当にギリギリじゃ〜ん。 急いで席に着かないと。自分の席のパソコンを立ち上げて、フゥ〜ッと一息ついた、その時だった。 「おはよう。」 「!お、おはようございます・・・」 えぇっ!?ど、どうして!?何でよりによって、朝一から輝さん・・・って、もう言えなかった。鹿嶋さんが、私の所に来るの〜!? 「・・髪、少し乱れてるぜ?急いで来たみたいだな。」 「は、はい。すみません・・・」 ウゥッ、恥ずかしい!鹿嶋さんにそんな事言われたら、恥ずかしすぎてもうどうしようも出来ないじゃないですか〜!! 慌てて手櫛をしつつ、私の目は自然と鹿嶋さんを見つめていた。 まるで有名人やモデルさんにいそうな雰囲気の、色っぽい甘いマスク。その美形ぶりは、私のようなアルバイトはもちろん、社内でも有名みたい。 ちょっと明るめの茶髪が、またよく鹿嶋さんには似合うんだよね〜。本当に、それまで鹿嶋さんと過ごした毎日は夢のようだった。 でも、それも昨日で終わり。鹿嶋さんと一緒に過ごすのは楽しかったけれど、他の女性と私とでは、それほど対応が違わないって事に、耐えられなくなってしまったから・・・・ 「別に、遅刻はしてないんだ。謝る必要はないぜ?それより、おまえに頼みたい仕事がある。いつものヤツなんだが。」 鹿嶋さんは、それまで手に持っていた資料を、私の前に置いた。 わぁ〜。もしかしなくても、これは・・・・確かにいつもの仕事のヤツだ〜。 私や鹿嶋さんのいるこの部署はOP部1課という所で、つまりコールセンターになっている。 だから、私のようなアルバイトの仕事は、お客様に電話をかけたり電話を受けたりする事なんだけど・・・・ 私は根っから喋るのがあまり得意ではない分、パソコン作業に自信があった。その腕を買われて、今はOPとしてより、こういった皆の電話結果とかのデータをパソコンに入力する仕事を任されていたりする。 「・・いつまで仕上げれば良いですか?」 「今日中だと都合が良いが、明日の午前中まで仕上げてくれればいい。おまえなら、出来るだろう?」 語尾が優しすぎるよ〜、鹿嶋さ〜ん!そんな風に言われたら、『はい』ってしか返事出来ないじゃないですか〜!! やっぱり、鹿嶋さんは私にとって特別な人。別れた後でも、それは変わらない。 「はい・・・頑張ります。」 「ありがとう。じゃあ、よろしく。」 ウゥッ。鹿嶋さん、最後にその微笑みは反則だってば・・・・! 私の気持ちを知ってか知らずか、どうして鹿嶋さんは、あんな格好良い色っぽい微笑みを見せられるのよ・・・・! 確かに昨日、私と鹿嶋さんは別れた筈なのに・・・・鹿嶋さん、いつもと全っ然態度が変わらない・・・・やっぱり、鹿嶋さんにとって私なんて、所詮その程度だったって事なのかな? そもそも考えてみれば、鹿嶋さんはよく私を選んでくれたなぁって思う。私は鹿嶋さんからもらった仕事に早速取り組みつつ、その時の事を思い出していた。 私と鹿嶋さんが付き合い出したのは、去年のバレンタインデーから。私が鹿嶋さんにチョコを渡して本気の告白をしたら、鹿嶋さんがそれを受け入れてくれたんだ〜。 ホント、あの時は手作りチョコ頑張って作って、ラブレターも書いてみちゃったりして。もちろん、直に告白もしたし・・・・あの時の事を考えるだけで、未だにドキドキしてしまう自分がいる。 けれど、鹿嶋さんは基本誰にでも優しくて、特に女性に対してはフェミニストと言っていい位の徹底ぶり。常に女性を立てるのが上手で、優しくしてくれてた。 だから、鹿嶋さんは皆から好かれてて、とってもモテモテで。実際、鹿嶋さんは私と付き合う前も、同じ部署の人と付き合ってた事があったみたいだし。 鹿嶋さんと一緒にいられる事は、私の幸せだった。でも、やっぱりこういうコールセンターは女性のアルバイトが多いのも事実。 皆に平等に優しい鹿嶋さんを見ていると、どうにも嫉妬しちゃうし・・・・・恋人だけの『特別』が欲しかった私にとって、それは本当に痛手で。 結局耐えられなくなって、昨日別れを告げた。ずっと、胸の内で考えていた事・・・・・ 本当は、鹿嶋さんが大好きだから諦めたくなかった。でも、やっぱりダメだった。他の女性と一緒にいる所を見ると、それだけで嫉妬しちゃうし・・・・何より、自分に自信が持てなかったから。 もっと自信があれば、『鹿嶋さんは私のものよ!』みたいな感じで言えるんだろうけど・・・・色っぽい美形な鹿嶋さんに私が釣り合うかと言われると、決してそうではないと思う。 まぁ、私は普通なんだよ、普通。鹿嶋さんが特別美形すぎるんだってば・・・・だからこそ、私みたいに憧れを抱く女性アルバイトが多いみたい。 何はともあれ、今日もお仕事頑張らなきゃ!私は鹿嶋さんからもらった資料を手に、仕事を進めていった。 |