第3話



全く、本当にらしくない。仕事中にも関わらず、ついおまえを見てしまう。

どうしてこんなに、おまえを見つめていたくなるんだろう・・・・参ったな。これじゃあ、全然仕事に集中出来ないじゃないか。

そうか。本気の恋ってヤツは、こんなにも魅惑のスパイスがあるモンなんだな・・・・

 

「ねぇ、輝。ちょっといい?」

 

ん?誰だ?俺をこの気持ちから遠ざけようとしてるのは。

あぁ・・何だ、宏子じゃないか。

俺はコイツとも付き合っていた時があるが、コイツとやり直したいとは全く思わんな・・・・おまえだけが、特別のようだ。

 

「何だ?まだ新システムは完成してないぜ?」

「ちょっと、誰がそんな事聞いたわよ?それより、コレ!昨日の日報、今更出てきたんだけど・・・・この数値、どう思う?」

 

宏子がそう言って指差したのは、昨日の登録獲得件数だったんだが・・・・いまいち良くないな。

 

「何だ、伸び悩んでるのか?」

「そうよ〜!ってか、今あなたが副業やらせてる清香ちゃんがいるでしょ?彼女にもOPとして、今日からしばらく電話をかけて欲しいんだけど・・・・」

「はぁ?いきなり今日からはさすがに無理だろ?今やらせてる仕事もあるしな。」

「じゃあ、いつからならOK?」

「明日からならいいが、あいつがOPとして喋ってたのは入社したての時だけなんだ。って事で、ロープレさせてから、本番に臨ませたい。」

「ふ〜ん・・・じゃあ、明日のお昼位ならいい?」

「あぁ。」

「了解。じゃあ、ちょっと話してくる。」

 

いや、それなら俺から言う・・・って言おうとする前に、既にアイツはおまえの元へと行っていた。

・・そういう時だけは、やたら行動が素早いんだよな、宏子は。

そういや、丸山君はどこにいただろうか?清香が明日からOPとして動かなければならないのであれば、丸山君の協力が必要不可欠だ。

丸山君は、俺の下にいるLDの1人で・・・・今朝話した採用教育部の百合原君がこの会社で最年少のLDなんだが、その1つ上が丸山君だ。

つまり、まだ歳若いLDながらその実力は確かで、俺も彼を頼りにしている。で、丸山君は・・・・おっ、いたじゃないか。そうか、さっきまで他のOPと話しててしゃがんでたのか。

 

「丸山君!ちょっといいか?」

「あっ、はい!」

 

俺が丸山君の方に行くと、丸山君もすぐに俺の所に来てくれた。

そのまま俺と丸山君は、自然と俺の席の方に移動した。そのまま俺が座り込むと、丸山君はその場にしゃがみ込む。まぁ、いつもの光景だな。

 

「悪い、忙しい所。実は、ちょっと頼みがあるんだ。」

「はい、何でしょうか?」

「あぁ。明日から、清香をOPとして入れてくれって言われてな。しばらく清香はOPとして喋ってないから、そのロープレを丸山君にお願いしたいんだ。」

「分かりました。それは、今から・・という事ですか?」

「いや、明日の朝一からだな。午前中一杯サービスの復習とロープレをして、昼休み明けから本番に持っていって欲しい。」

「はい、分かりました。」

「じゃあ、よろしく頼んだぜ?」

「はい!」

 

最後に元気に返事をして、丸山君は立ち上がって自分の席に戻って行った。

本当は、俺がマンツーマンでおまえの相手をしてやりたい所なんだが、おまえの気持ちを考えると複雑だろう。俺がおまえの上司だとは言え、本当は顔を合わせる事でさえ、おまえはためらっているかもしれんからな。

あぁ・・・だが、丸山君とロープレする事はおまえに伝えるべきか。どれ・・・様子見ついでに、おまえの元へ行こう。清香・・・少しだけ、辛抱してくれるか?
















どうしよう、どうしよう・・・・私の頭の中は、今それだけで埋め尽くされていた。

もちろん、仕事中だから手だけは動かしてる。入力作業で、もう大分慣れてきたから、何も考えなくても仕事自体は進んでるんだけど・・・・

さっきの草壁さんの言葉が、頭から離れない。『あなたにも、明日からOPとして仕事をお願いしたいの。』って・・・・・

この部署の成績が、この所水平線を辿っているのは、私も知っている。こういうデータ入力してるから、尚更・・・・

でも、それに私1人が加わった所で、即戦力になるとはとても思えない。私、入社した時だけしか喋ってないし・・・・

草壁さんからは、『後で輝から指示があると思うから、それに従ってね。』って言われたんだけど・・・・それって、鹿嶋さんが、私がOPになるの了承したって事なんだよね?

どうして〜!?私がそんなに喋るの上手じゃないって事、よく分かってる筈なのに・・・・!

でも、この部署の成績が伸びていないのは事実。だから、即戦力にならなくても、OPの数が必要とされてるって事なのかな・・・?

色々考えてた、その時だった。すぐ後ろから、クールで格好良い声が聞こえたのは。

 

「調子はどうだ?」

「えっ!?い、一応順調です・・・」

 

かっ、鹿嶋さん!?ひょええぇっ!?何ってタイミングに来られるんですか・・・・!

ひょっとして、草壁さんの言っていた、『後で輝から指示があると思うから・・・』って言ってたの、コレ・・・・!?

 

「そうか。さっき、宏子がおまえの所に行ったと思うんだが・・・話は聞いたか?」

「はい・・・・」

 

出来れば、もう思い出したくないです・・・・でも、頭の中でリフレインされてる。『あなたにも、明日からOPとして仕事をお願いしたいの。』って・・・・

私、正直言って嫌です。でも、そんな事言ったらお仕事にならないもんね・・・・

 

「悪い。俺としては、おまえの長所を生かした仕事をさせたかったんだが・・・どうも、センター全体の成績が芳しくないようでな。おまえには、つらい思いをさせるが・・・・仕事だと割り切って、我慢してくれるか?」

「・・はい・・・・」

 

鹿嶋さんにそこまで言われたら、何も言えないじゃないですか〜・・・・

やっぱり、鹿嶋さんはすごいなって思う。私と4歳しか差がないのに、大人と子供にハッキリ分かれてる感じがする。正直言って、鹿嶋さんは人間デキすぎなんだよ・・・・

 

「フッ・・なんて。俺とこうして話す方が、本当は我慢出来ないんじゃないか?」

「なっ・・・!そ、そんな事・・・・!」

 

も〜う、鹿嶋さんのイジワル〜!!どうしてそんな事言うのよ〜!?

・・実際は、そんな事全然ないですけどね〜。だって、鹿嶋さんが嫌いで別れを選んだ訳じゃないもん・・・・

 

「ハハハハッ、からかって悪い。それより、明日なんだが。午前中、丸山君にロープレを頼んでいるから、それで慣らしてもらえるか?午後から本番だ。」

「はい。丸山さんと、ロープレですか?」

「あぁ。丸山君はプロだからな。」

「・・鹿嶋さんも、プロじゃないんですか?」

 

私がそう聞くと、鹿嶋さんは驚いた顔で私を見てきた。

ウッ・・そんな顔されても、私が逆に困っちゃうじゃないですか〜!

 

「・・そう、か・・・・もう、俺を名前で呼んでくれないんだな・・・・」

「ちょっ・・・!反応する所が違いますよ〜、鹿嶋さん!」

「あぁ、悪い・・・・じゃあ、俺も『館澤さん』って呼ぶべきか?」

「!それ、は・・・・別に、そんな。私に決める権利はありませんから・・・」

 

ってか、今お仕事中ですから〜、鹿嶋さ〜ん!!も〜う、どうして話がこんな方向にいっちゃうんですか〜!

私が少し恨みがましく鹿嶋さんを見ると、鹿嶋さんは気が付いてくれたみたいで、少し手を上げて軽く頷いていた。

 

「そうだよな。本当に悪い・・・・じゃあ、館澤さん。そういう事で、明日からまた、よろしく頼むぜ?」

「はい、分かりました。」

 

鹿嶋さんは、今回も最後に優しく微笑んでくれた。あの格好良い微笑みを、別れた後にも見られるのは、ちょっと役得・・かな?

でも、鹿嶋さんの様子が少しおかしかった。だって、別れたら普通はやっぱり名前で呼べないよ。同じ社内にいるから、尚更・・・・

決別は、私の心の中で一応付けたつもり。鹿嶋さんの事は大好きだけれど、この恋は、もう終わってしまったから・・・・・

それより!明日か〜。丸山さんを選んだ鹿嶋さんは、さすがだよね。何と言っても、頼れるLDさんだもん!

丸山さんなら気兼ねなく話せるし、確かに丸山さんはプロだから、喋りの苦手な私を上手く引き出してくれると思う。

でも、もし出来るのであれば、鹿嶋さんとロープレしたかったな・・・・とは言っても、やっぱダメだよね!SVとOPだもん。差が違いすぎるし、鹿嶋さんは他の仕事に忙しいだろうから・・・・

鹿嶋さんは、やっぱりフェミニストだなぁって、別れてから改めて思う。でも、鹿嶋さんのそういう優しさが、時に諸刃の剣になっちゃうんだよ・・・・

私は、数多い鹿嶋さんの元カノに過ぎないけれど・・・・もしいつか、鹿嶋さんが運命の人と結ばれて、結婚、とかするのであれば・・・・その時は、『その優しさは奥さん以外に出しちゃダメだよ』って、言えたらいいな。

お節介かもしれないけれど、それって大事だと思う。だって、私はそれが原因で、鹿嶋さんと別れたんだから・・・・

よしっ!気持ち入れ替えて、明日からのOPの仕事、頑張ろうっと!


  

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