第4話 もうおまえの中で、『俺』という存在は完全に抹消されたようだ。その事で、こんなに落ち込むなんて・・・・復縁なんて、夢また夢の話になるんじゃないか? ・・おまえは、いつものように俺の渡した資料を手に、入力作業を続けている。その横顔を見られて嬉しい反面、俺の心は全然満足なんかしていなかった。 『鹿嶋さん』に、『館澤さん』か・・・・そんな呼び方してたの、ずっと遠い昔の話じゃないか。どうしてまた今になって、戻らなきゃならないんだ? それまで沢山の女と付き合って、沢山の別れを経験してきたが、今まで女からフラれても、こんな落ち込んだ気持ちになる事はなかった。なぜって、俺の心の中でも、その女との別れが決まってたからだ。 いや。最初、おまえの時もそうだった。別れるのは、当然だと思ってたんだ・・・・俺が自分勝手すぎたから。それは自覚している。 だが、別れてからこんなに落ち込むのはなぜだろう?まだ、おまえと離れたくない。愛している・・・・そう、思うからだろうか? いや、本当に参った。こんなに落ち込むのは、俺らしくない。何か・・何か、この気持ちを払拭するような出来事はないのか? 半ばヤキモキしながら、俺が作業していた、その時だった。 「鹿嶋さん、ですよね?あの、お疲れ様です。」 ん?この高い女の声は、確か・・・・1、2回、聞いた事あったような気がしたが・・・さて、どこだっただろうか? まぁ、ここは職場だから、間違いなく会社に関係している所だよな。そう、この間の会社の飲み会・・・・その時に、聞いたような気がする。 そう考えながら顔を上げて見てみれば、そこに立っていたのは、黒い長い髪が印象的な、準和風的美女だった。 「あぁ、お疲れ様。管理本部の姫君様・・・そうだったよな?」 「あ・・えっと。確かに、そう呼ばれてはいるのですが・・・・ちょっと・・・」 恥ずかしそうに顔を赤くしているこの美女の名前は、早乙女さん・・だったか? 確か、数ヶ月前に管理本部に入ったばかりの筈だ。あだ名が『姫君様』なんだが・・・そういえば、お付きの騎士様がいないじゃないか。1人で姫君様が来るとは、珍しいな。 「フッ・・ところで、1人でどうした?茅場君が一緒じゃない事もあるんだな。」 「あっ、はい!圭吾君は、今下の階から順番に回っていて、私が上からなんです。これなんですが・・・」 そう言って、姫君様が俺の前に差し出した1枚の紙。そこには、とある人物の名前が2名書かれていたんだが・・・・ 『社会保険用の書類未提出者』・・・・?あぁ、そうか。確かにこの2人は俺の担当の子で、1ヶ月前位に入ったばかりだ。 「あの・・そのお2人は、今度社会保険に入る事になっているんですけれど、その際にご提出いただく書類を、まだこちらでいただいていなかったので・・・」 「そういう事か、分かった。早い方がいいんだよな?明日とか。」 「そうですね。明日だと助かります。」 「そうか。じゃあ、書類が来たら、直接君に持って行けばいいのか?」 「はい。私でもいいですし、圭吾君でも大丈夫です。」 「了解。じゃあ、明日にでも持って来させるようにしとくから。よろしく、姫君様。」 「あ・・は、はい!よろしくお願いします。それでは、お疲れ様です。」 「あぁ、お疲れ様。」 この管理本部の姫君様・・・お嬢様風でなかなか可愛いんだが、どうも俺の心にグッと来ないんだよな。やっぱり、おまえという存在が、俺の心を支配しているからだろうか? あぁ・・それより、社会保険の提出書類、だったか?年金手帳と、あれば雇用保険被保険者証・・・?ったく、面倒くさいな。 だが、これも仕事だ。どれ、2人の所へ行くとするか。ついでに、またおまえと話したい・・・・ 清香。本当に、自分勝手な俺で申し訳ない。だが、また少しの間だけ、我慢してくれるか? |
フゥ〜、3分の1まで入力完了〜。まだまだ一杯あるよ〜、頑張んなきゃ〜。 って思ってたら、鹿嶋さんがまた他の女性アルバイトさんとお話してる。何の話なんだろう?ここはコールセンターで、皆の喋る声が一杯聞こえてくるから、誰が何の話してるのか分からないんだよね〜。 しかも、あそこに座ってるお2人さんって、まだ入って1ヶ月位の人たちだよね?うわ〜。鹿嶋さんってば、もう新しい子に目星付け始めたのかな〜?さすがと言うか、何と言うか・・・・ やっぱりそう考えると、私の存在なんてちっぽけすぎて、悲しくなっちゃう。私と別れた事も、鹿嶋さんにとっては、どうでもいい事に過ぎないんだろうなぁ〜・・・・ 付き合ってる間に、浮気・・とかはされなかったんだけど。鹿嶋さんって、そーゆーの隠すの上手そうだから、実際ひょっとしてたらしてたのかもね・・・・なんて考えると、暗い気持ちが広がってしまう。 あぁっ、ダメだってば!お仕事中なのに、こんな事考えるなんて・・・・集中、集中!ここからまだまだ、入力しなきゃならない項目沢山あるんだから・・・・ 私が改めて集中して入力を始めた、その時だった。 「おっ、もうそこまで終わったのか。さすが、館澤さんは早いな。」 「あっ・・・!ど、どうも・・・・」 うわっ、超ぎこちなくなっちゃった!だって、まさか鹿嶋さんが声かけてくるなんて、思いもしないじゃない! ついさっきまで、新人バイトのお2人さんと話してた筈なのに・・・・鹿嶋さん、一体どうしたんだろう? 「あぁ、悪い。仕事中に邪魔して・・・・・なぁ、館澤さん。」 「はい?」 私の両隣の席は、常に空いている。ほら、私だけ別の仕事してるから、鹿嶋さんが席を皆と分けてくれたんだよね。 そういう訳で、自然と鹿嶋さんが私の隣の席に座り込んできた。えっ?何?鹿嶋さん、何の話するんだろう? 「・・1つだけ聞きたい。この仕事を、続けていく気はあるか?」 「!・・・それは・・・・その。クビにならない限りは、頑張っていきたいと思ってます・・・・」 これは、私の本音。だって、せっかく入社出来たんだもん。世の中不景気だし、自分の都合じゃ辞められないよ。 そうは言っても、こういうコールセンターでは、お客様とのやり取り中心だから、お客様からクレームとかもらっちゃうと、時々泣いちゃう子とかいて、そういう子はやっぱりすぐに辞めちゃうんだよね〜。 もしも、私もそういう状況になったら、辞めちゃうかもしれないけれど・・・・でも、辞める前に自分で努力して直せそうなら、それは頑張って直していきたいと思うし、そういうクレームとかを乗り越えて、更に精進していくべきだとも思うんだよね〜。 「そうか、ありがとう。その答えを聞いて安堵した・・・・・俺とこうして話すのも、抵抗はないか?」 「!・・そう、ですね・・・・むしろ、鹿嶋さんこそ・・・・」 「俺はいいんだ。おまえに捨てられるような事をした、俺が悪いんだから・・・・おまえが気にする事はない。ごめんな・・・」 「そんな!私こそ、すみません!」 ま、まさか鹿嶋さんに謝られるなんて、考えてもいなかったよ・・・・! それまでは仕事中だったし、パソコンと向き合いながら、顔だけ鹿嶋さんの方を見てたんだけど・・・・ここまできちゃったら、さすがにもうダメ。私は仕事を中断して、きっちり鹿嶋さんの方を向いてお辞儀した。 「謝らなくていい。おまえは、何も悪くないんだから・・・・じゃあ、仕事中に邪魔して悪かった。仕事の方、続けてよろしく頼むぜ?」 「はい、分かりました!」 鹿嶋さんが、自分の席に戻って行った。何だか残念・・・もう少しだけ、鹿嶋さんとお話したかったな・・・・ なんて、鹿嶋さんと別れたのにそんな事考えちゃうなんて、ホント私ってば最低! でも。さっきの鹿嶋さんの質問、気になるな。やっぱり私の事、気遣ってくれてるんだろうし・・・・鹿嶋さん、ひょっとして傷付いちゃってたり・・するのかな? 見た目は全然いつも通りで格好良いし、そういう落ち込んだ雰囲気とか全く感じなかったんだけど・・・・あんな風に謝る鹿嶋さん、初めて見たからビックリしちゃった。 ごめんなさい、鹿嶋さん・・・・私、やっぱり別れても、鹿嶋さんの事が好きです・・・・忘れられません・・・・本当に、ごめんなさい! と、私が心の中で鹿嶋さんに謝っていたその時、時計が12時になった事を告げていた。こういう大きいコールセンターだから、チャイムみたいなのは鳴らないんだよね〜。 更に人も沢山いるから、皆交代でお昼休憩を取ってるんだけど、私は12時って決まってる。 ついでに、私のお友達のなつみちゃんも12時から休憩なんだけど・・・・ロッカールームで会えるかな? すぐに私がロッカールームに行くと、そこには確かになつみちゃんがいた。でも、なつみちゃんは誰かとお話してるみたい。 って言うか、ウソ!?なつみちゃんが話しているのは・・・・! 「・・・それがどうした?」 「あぁ〜っ!!って事は、やっぱりそうなんですねっ!清香を泣かせたのは、鹿嶋さんなんですねっ!?」 えっ・・・?ええぇぇ〜〜っ!?ちょっとちょっと、何の話〜!? 「・・悪いか?」 「悪いに決まってるじゃないですか!!大体、鹿嶋さんは・・・!」 「なつみちゃん、ストップ!」 「えっ?清香!?」 「・・・・・・・・・・・・・」 そう。なつみちゃんがお話していた相手は、鹿嶋さんだった。 私は、すかさず2人の間に割り込むように入った。咄嗟の行動。だって、この場で言い争いみたいな雰囲気って、やっぱり嫌だから・・・・ 「鹿嶋さん、すみません。それよりなつみちゃん、早くお昼ご飯食べに行こうよ!ね?」 「えぇっ?でも、清香・・・」 「いいからいいから!」 「あぁっ!ちょっと・・・・!」 私は、無理矢理なつみちゃんの手を引っ張って、強制的にロッカールームから外に出た。 だって、他に休憩入る人たちも驚いた顔してこっち見てたし、鹿嶋さんは、何も悪くないから・・・・ 「ちょっと、清香ったら。どうしちゃったのよ〜?あたし、鹿嶋さんにうんと怒ろうと思ってたのに・・・・」 「ダメだよ、なつみちゃ〜ん。だって、鹿嶋さんは何も悪くないんだから!」 「・・・ねぇ、清香。何であんたが、『鹿嶋さん』って呼ぶのよ?それまで『輝さん』って、名前で呼んでたじゃない。」 「えっ?それは・・・・色々、事情があって・・・・」 私が言葉を濁してそう言うと、なつみちゃんの目力と言ったら、それはもう強力だった。ウゥッ・・そんなに力一杯にらまれると、ちょっと怖いよ〜・・・・ 「・・どうやら、これは徹底的に事情聴取しないといけないようね。よしっ、清香!今日はあたしのおごりで、ロッテリアでランチよ!」 「えぇっ!?ちょっ、なつみちゃん!?」 私の意見を完全に無視して、今度はなつみちゃんが私の手を引っ張って、エレベーターの前まで走り出しちゃった。 私も逃げるに逃げられず、そのままなつみちゃんに引っ張られるような感じで走らされたんだけど・・・・ やっぱり、なつみちゃんにこのまま隠し通せないのは事実。だから、私伝えるよ。昨日、鹿嶋さんとの恋が終わった事を・・・・・・ |