第5話



フゥ〜。おまえが来てくれて助かったぜ・・・・どうも俺は、藤沢さんのようなタイプの女が苦手のようだ。

根は悪くないし、人当たりも良くて可愛い子なんだが・・・・コイツ、清香の事となると態度が激変するんだよな。

俺と清香が付き合っていた時から、藤沢さんは俺を目の敵にしているようだった。俺が藤沢さんを苦手なように、藤沢さんも俺が苦手と見えるな。

まぁ、そんな事はどうでもいいか・・・・飯食いに行かなきゃならんし・・・・

しかし、まさか藤沢さんに問い詰められるとは思わなかった・・・・・やっぱりおまえは、あの時泣き叫びたいのを必死に我慢していたんだな。

あの時、おまえを抱き締めて離さなければ良かった。だが、この気持ちに気付くのが、少し遅かったのもあるな・・・・・もっと早くこの情熱を感じていれば、俺はおまえを失わずに済んだかもしれない。

遅すぎた・・・・おまえを失ってから、初めておまえを愛しいと感じた俺は、一体この気持ちをどこに向ければいい?

もちろん、おまえと付き合っている間にキスもしたし、セックスもした。だが、それはそれまでの女と同じで・・・・心の満足なんてない、恋人の儀式として当たり前の事だと思ってやっていた。

だが、今は違う・・・・俺が本当に、芯から望む気持ち。せめてもう1度だけ、おまえを抱き締めて、キスしたい・・・・おまえにそう言ったら、おまえはどんな顔をするんだろうな?

まぁ、普通に驚かれるだろうな。それに、今そんな事を言った所で、『ごめんなさい。』の一言で全てが終わってしまうだろう。だからこそ、おまえに少しでも好かれたい・・・・

別れた後に『好き』と思わせるには、どうすればいいんだ?それまで、誰か特定の女を振り向かせたいなんて思った事のない俺にとって、それは想像しえない難問だった。

ぶっちゃけ、それまでは俺が言い寄らなくても勝手に女が来てくれてたから・・・・本当の恋が、こんなにつらく切ない気持ちになるなんて、知らなかった。

参った・・・・これじゃあ、完全に女々しい間抜けな男じゃないか。本当に、らしくないぜ・・・・実は俺って、こんなに弱かったのか?

・・こんな俺なら、知らない方が良かった。だが、本当の恋というのも、悪くないと感じる・・・・不思議なものだぜ。

俺がゆっくりとエレベーター前まで来た、その時だった。俺の所属するOP部1課以外にある、もう1つの出入り口。そこは、隣接する採用教育部と管理本部の連中が使用する出入り口なんだが、そこから出てきたのは・・・・

 

「・・・鹿嶋さん・・でしたっけ?お久しぶりにお疲れ様です・・・」

「あぁ、お疲れ様。一応、俺の存在は覚えてくれたようだな?菊井君。」

「・・そうですね・・・会社が誇る、三大色男の1人だそうなので・・・」

「何だ?それ。誰だ?そんな事言ってたの。」

「・・・高橋さん、だった筈ですけど・・・」

「おい。どこの『高橋さん』だ?そりゃ。」

 

『高橋さん』って一口に言っても、この社内だけで、何人いると思ってんだ?まぁ、そんな事すら、菊井君にとってはどうでもいい事なのかもしれんな。

ボーッとしていて不思議な雰囲気が印象的な菊井君だが、こう見えて俺と同じ社員かつSVで、仕事の時はかなりのやり手らしいっていうから、世の中分からないぜ。

7階の情報システム部所属だから、どうしてこの8階にいるのか謎なんだが・・・・まぁ、大方管理本部の誰かに呼ばれて仕事しに来て、終わって出てきたと考えるのが妥当だろう。

 

「・・LDの、高橋良子さん・・・」

「あぁ、良子ちゃんか。最近見てないが、元気か?」

「はい・・・婚約が決まってから、更に元気になりました。」

「はぁ?良子ちゃんが?いつ?」

「・・1ヶ月位前の話です・・・・結婚は、今年の秋位だそうです。」

「へぇ〜。良子ちゃん、結婚するのか・・・・残念だな。」

 

少しボーイッシュな雰囲気の良子ちゃんだが、だからこそ、かえって情報システム部の連中と仲良くやっていけるんだろう。何せ、男ばっかりの部署だからな。

良子ちゃんは、仕事に関しても常に前向きで、何事にも興味旺盛でな。あーゆータイプは出世するんだ。本当だぜ?現に、情報システム部で紅一点ながらLDだし。

そんな良子ちゃんが、まさか婚約していたとはな・・・・良い女が、1人いなくなった気がする。惜しいとは思うが、今の俺の本命は清香だからどうでもいい。清香が、他の男と付き合わなければ・・・・今は、それで・・・・

 

「・・色男の鹿嶋さんとしては、もったいないって事ですか?」

「まぁ、そんな所だ。それより、菊井君は今から飯食いに行くのか?」

「はい。丁度、区切り良い所で仕事が終わりましたので・・・」

「奇遇だな。じゃあ、一緒に食べに行こうか?」

「・・・いいんですか?三大色男の鹿嶋さんが、俺と・・・?」

「あのなぁ〜、菊井君。その『三大色男』ってのは強調しなくていい。それに、たまには野郎と一緒に食べたい時もあるんだ。」

「・・そうなんですか・・・・じゃあ、よろしくお願いします。」

 

昼の道連れ決定だな。こういう機会でもないと菊井君と一緒になる事はないから、たまには悪くないだろう。

 

「あぁ、よろしく。それで?菊井君は、いつも昼はどこで食べてるんだ?」

「はい。カサブランカで、のんびり・・・」

「はぁ?菊井君も、そこのお得意さんだったのか。」

 

『カサブランカ』っていうのは、この会社から歩いて5分位の所にある喫茶店だ。

この時間になるとランチ専用のメニューがあって、料理もなかなか美味しいし、お得な店ではあるんだが・・・・

 

「・・・そういえば、社員とか役員の皆さん、カサブランカ好きですよね・・・」

「部長クラスの奴らなんか、完全に常連だぞ?よくそんな所で飯食えるな、菊井君は。」

「・・・あんまり、気にしてませんでした・・・・量多いですし、コーヒー美味しいですし、漫画一杯ありますし・・・」

「まぁ、確かにあそこがいいトコ尽くしなのは俺も保障しよう。だが、あんなむさ苦しい連中ばっかいる所で飯という気分じゃないんだ、俺は。悪いが、別の店でもいいか?」

「もちろん、構いません。むしろ、鹿嶋さんのお勧め・・・教えて下さい。」

「分かった。なら、とっておきの店がある。そこに行こうか。」

「はい。よろしくお願いします。」
















ロッテリアでのランチ。やっぱりこの時間だから人はそれなりに多いけれど、席はバッチリ確保した。

本当になつみちゃんが奢ってくれるみたいで、何度も食い下がったんだけど、『今日はいいから!』ってなつみちゃんが強く言ってくれて、私はこうして席を確保して、なつみちゃんが来てくれるのを待っている所。

窓際の席だから、つい外を眺めちゃう。この時間、やっぱり沢山の人が行き来してるなぁ〜。スーツを着たサラリーマンに、OLさん。ウチの会社の人たちの姿もチラホラ見える。

その中に、あれは・・・・鹿嶋さんと、誰?あの男の人・・・・同じ会社の人、だとは思うんだけど・・・・ウチの部署の人じゃないよね?誰なんだろう?

鹿嶋さん、顔広いからなぁ〜・・・・それに社員だし、色んな人と仲良いんだなぁって思う。

ホント、今考えてみると、よく私みたいなのと付き合ってくれてたなぁ〜、鹿嶋さん・・・・でも、昨日で終わった恋。まだ、鹿嶋さんの事は忘れられないけど・・・・いずれは、ちゃんと忘れないといけないよね・・・・

私がそう思った、その時だった。『お待たせ〜!』って声が聞こえて、なつみちゃんが品物を持って席に到着したのは。

 

「ありがとう、なつみちゃん!本当に、ごめんね。」

「いいから、気にしないの!それより、今ここ通り過ぎてったの、鹿嶋さんだったわよね?」

「あっ、うん。誰か、男の人と一緒だったみたいだけど・・・」

「あの人、知ってるわよ。情報システム部の菊井さん!」

 

そうなんだ!さっすがなつみちゃん、詳しい〜・・・・

なつみちゃんは色んな人と仲が良いから、情報が本当に豊富なんだよね〜。

 

「そうなんだ。でも、鹿嶋さんとお友達・・なの?」

「う〜ん、そこまではさすがに・・・・でも、ここの会社の社員の人たちって、基本皆仲良いわよね。」

「確かに。何か、新人研修が合宿なんだって。」

 

これは、鹿嶋さんから聞いた話。入社して最初の研修は、3ヶ月間も合宿なんだって。

だから、皆と仲良くなれるって鹿嶋さんが言ってた。でも、鹿嶋さんは特別美形だから、ますます皆が仲良くしたがりそう・・・・

 

「そうなんだ〜!だからか〜、なるほどね〜。それより!清香、しっかり白状してもらうわよ?鹿嶋さんと、何があったの?」

 

ウッ。そういえば、そうだった・・・・その為に、なつみちゃんとここに来たんだもんね。

私は覚悟を決めて、烏龍茶を一口飲んでから言った。

 

「うん・・・・実は昨日、鹿嶋さんと別れて・・・・」

「ええぇぇっ!?何ですって〜!?鹿嶋さんと別れた〜!?」

「シーーーッ!なつみちゃん、声が大きいよ〜!」

 

そもそも、鹿嶋さんと付き合ってた事すらおおやけに出来ないんだから〜!

何でって、同じ部署にいる人たちに迷惑がかかるし、鹿嶋さんと話し合って、『社内では秘密にしよう』って約束したから・・・・

もちろん、なつみちゃんのような親友なら話は別なんだけどね。

 

「あぁっ、ごめん!でも、超意外だからビックリしちゃって・・・・突然すぎな〜い?あっちからフッてきたの?」

「うぅん。私から、鹿嶋さんに・・・」

「えぇっ!?ウソッ、何で!?あたしがどんなに鹿嶋さんの悪口言っても、あんたってば『そんな輝さんが好き〜』みたいな感じでノロけてたのに・・・・さては、あの女癖の悪さが嫌になっちゃった?」

「嫌、というか・・・耐えられなくなって・・・・本当は、別れたくなかったんだけど・・・私、自分に自信が持てなくて・・・・」

「・・清香・・・・・・」

 

少しの沈黙。楽しいランチの時間のロッテリアに似つかわしくなく、私となつみちゃんの席だけシリアスで静かだった。

 

「・・鹿嶋さんは、何も悪くないの。私が、ダメだから・・・・私が、もっと鹿嶋さんと釣り合うようにならなきゃ・・・」

「そんな事ないよ!だって、あんた一杯努力してたじゃない。鹿嶋さんの為に、ファッションもコスメも変えて・・・・清香、すっごく奇麗になったよ?鹿嶋さんとは、十分釣り合ってると思うけどなぁ〜。」

「なつみちゃん・・・・ありがとう。嬉しいな・・・」

 

たとえお世辞でも、なつみちゃんにそう言ってもらえると、少しだけ自信持てちゃう。

でも、鹿嶋さんは元々が格好良いから・・・・そんな鹿嶋さんに憧れてる人は、部署内に沢山いる。

更に、鹿嶋さんってば仕事も出来ちゃう人だし、皆に優しいから・・・・鹿嶋さんは、本当にすごい人だなぁって、ますます憧れちゃうんだよね。

 

「鹿嶋さんはあーゆー人だから、気付いてないだろうけどね〜。ってか、あの人って自分本位でワガママでしょ?」

「うぅ〜ん・・・・でも、鹿嶋さんは忙しい人だから、それは私が合わせて当然の事だよ。」

「そんな風に思ってくれるのって、絶対清香しかいないと思うよ?」

「まさか〜!恋人だったら、それは当たり前の事じゃないかな〜?」

「そう分かってても、鹿嶋さんほど自分勝手な人って、あたし見たコトないも〜ん!あれ見た目がまだアレだから許せるけどさ〜、あれで見た目がブサイクだったら最悪だって!良いトコ全っ然ないし!」

「そんな事ないよ〜!とっても優しいし、頼りになるもん!」

「アハハッ!あんたがそう言うってコトは、別れてもまだ鹿嶋さんが好きなんだね。昨日泣いてたのは、そーゆーコト?」

 

ギクゥッ!そ、それは・・・

 

「!あっ、あれはね!目に大量のゴミが入ったからで・・・・」

「そんなの、誰が信じるものですか!あんなに泣いてたんだもん、目にゴミが入ったのとは大違いじゃない。別れてみたけど、あんたはまだ鹿嶋さんが好き。だからじゃないの?違う?」

 

なつみちゃんって、鋭いかも・・・・どうして、分かっちゃうんだろう?私、そんなに顔に出てるのかな?

 

「・・ヤダな・・・どうして、なつみちゃんには分かっちゃうの?」

「そりゃ〜、そうじゃない?本当に相手が嫌いで別れるなら、涙なんか流さないもの。あんたが別れたくなかった気持ちも分かる。でも、これでいいんだよ!このまま鹿嶋さんと付き合ってても、清香が苦労するの目に見えて分かるもん。」

「そう・・かな?」

「そうだよ!あの性格が変われば話は別だけど、そんなコト多分ないでしょ?だから、これでいいんだって!」

「うん・・・・いずれは、そう思えるようになれるといいな。」

「だ〜いじょうぶ!しばらくはツライかもしれないけど、それは時が解決してくれるって!それよりホラ、早く食べようよ!昼休みの時間なくなっちゃう!」

「あっ、そうだったね。ごめんね。ありがとう、なつみちゃん。」

「どう致しまして!それより、早く食べないと!午後からまた、頑張ろうね!」

「うん・・・・」

 

本当にありがとう。なつみちゃんと友達になれて、私、本当に良かった。

何でも打ち明けられる人がいるって、とっても良い事だよね。心の中で抱えてた重い荷物が、一気に軽くなった気分だよ。

なつみちゃんの言う通り、午後から頑張ろう。心を新たにして・・・・・・・


  

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