第1話

桜が薄い桃色の花を大輪に咲かせ、空には奇麗な青が広がっている。太陽の光が心地良い恵まれたこの日に、琥珀大学の入学式が執り行われようとしていた。

真新しいスーツを着た新入生達が、母親や父親と共に続々と大学へやって来る。その中に1人だけ、皆より色素の薄い、金髪に近い髪色の女の子がいた。長い髪を後ろで束ねて、どこか緊張した面持ちで大学へと向かっている。

「やっぱ皆親御さんと一緒に来るモンだよね〜。イイな〜、羨ましい・・・・」

周りの人達を見ながら、この女の子は小さくそう呟いた。そして溜め息をつく。最も、親と離れたのは自分がそう言い出したことが原因なので自分を責めることしか出来ないのが悲しい所だ。
この女の子・大藤及子は、元々この七宝市琥珀区に住んでいたらしい。なぜ「らしい」が付くのかと言うと、及子が昔のことを奇麗サッパリ忘れてしまったからである。
及子が自分で物心付いたと自覚したのが中学に入ってからのことだったので、それまでのことを全く覚えていないのだ。母親や姉に言われて「ふ〜ん、そうなんだ〜。」と他人事のように納得することが及子のパターンと言える。
だがそんな及子がただ1つ、中学に入る前に覚えている出来事があった。それは交通事故による父親の死である。それまで姉も含めた4人と楽しく生活していたのだが、父親の死を境に生活に大きな変化が生まれた。
それと言うのも、及子と少しばかり歳の離れた姉は自立すると言って、仕事の都合で転勤することになった母親に着いていくことなく、そのまま琥珀区に残ったからである。及子は悲しかったが、大好きな姉の決断なら仕方なく、更に幼く無力だった為、高校卒業まで七宝市から遠く離れた所に引っ越し、母親と2人暮らしをしていた。
そうして大学受験のシーズンとなったことで、及子はどうしても琥珀大学に行きたいと思うようになった。それは大好きな姉がいるからというただ1つの理由であったが、実は及子の姉は、ここ数年前から世間で大ブレイクしたアイドル・大藤悦子なのである。
悦子がお茶の間で有名になったことは妹としてとても誇りであったし、昔から大好きな姉だった。それに大学生になれば、悦子のように自立したって良いのではないか。そう母親に相談した所、母親は頷いてくれた。姉好きの娘の思いをしっかり理解してくれたのである。
それから及子はとにかく琥珀大学に入る為に頑張った。苦手だった勉強をひたすら頑張り、エリート大学と言われる琥珀大学の一般受験。なかなか狭き門であったが、何とか合格にこぎつけることが出来た。
現在芸能界で引っ張りダコの多忙な姉・悦子は及子の大学合格を自分のことにように喜んでくれた。及子の思いを汲み取ってくれた悦子は、「これからはあなたと一緒に過ごせるのね!!早く会いたいわ〜!!」というありがたい手紙を及子の元に送っていた。
・・・そうした経過があっての今日の入学式。母親は仕事場を離れられず、結果的に言ってしまえば単身赴任の状態になっていて、こちらに来られないのである。自立したいと母親に訴え、姉・悦子と一緒に過ごせるという及子の願いは叶えられた訳だが、このように親御さんと一緒にいる新入生を見ると心が痛いのは事実だった。

「・・んまぁ、今日だけのコトだもんね・・・」

再度及子が小さく呟いたと同時に、大学の校門をくぐることとなった。とても広い校門で、まだ大学や入学式を行うホールからは遠い。
ひたすら及子は新入生と親御さんが沢山歩いている中を追い越しながら着いて行ったのだが・・・入学式を行うホールに近付くと、そこは更に沢山の新入生と親御さんでごった返していた。しかも妙に騒がしい。
確かに新天地に来れば興奮するのは無理もない。それは分かるのだが、それにしては親御さんもはしゃぎすぎのような気がする。何というか、ある程度騒がしいのは分かるのだが、この様は・・・・そう、まるで有名な芸能人を間近にしたような黄色い悲鳴そのものなのだ。
琥珀大学は有名なエリート大学なので、確かにそのような人がいてもおかしくないのかもしれないが・・・・姉の悦子が芸能界のアイドルとは言っても、及子はそれまで勉強一筋で頑張ってきた為、芸能界の事情に疎かった。それ故に興味がないので、とっとと入学式の行われるホールに足を踏み入れたかった訳だが・・・・人をかいくぐって行ってもまた人、人、人のオンパレード。ある意味満員電車よりひどい人込みであった。

「ウゥッ。通してくださ〜い!!すいませ〜ん、通りま〜す!」

そのようなセリフばかりを繰り返し、人の背中を無理矢理押したりしながらやっと及子は人込みから抜け出ることが出来た。その所要時間、およそ2分であったが・・・及子にとっては非常に長い2分であった。
それまで母親と暮らしていた場所が田舎だった為、七宝市琥珀区の都会ぶりや人の多さには目を見張るものがあるが・・・・この人の集まりは異常である。とにかくキャーキャーと黄色い悲鳴が耳に響く。大半は女の子や母親がキャーキャー言ってることが多いのだが、新入生の男子の姿も多い。

「ここの人達ってミーハー多いのかな〜。友達出来なさそう・・・・」

及子は苦笑して呟きながらホールの中に入った。受付に行き、出席確認を受けて必要書類を手にし、式典の行われる会場に本格的に入ろうとしたのだが、その時。「及子〜!!」というハイトーンな自分の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきたのである。
及子は耳を疑った。ここに自分の知っている人がいることなどある筈がない。ましてやこの声の持ち主は、最近テレビでしか見てないと言うのに・・・まさか・・・・!?

「及子〜!!!会いたかったわ〜!!」

そう言って及子をムギューッと力強く抱き締めてきたのは・・・・

「ギャーーーッッ!!えっ、ちょっと・・ウソ、でしょう!?姉さん!?」

そう、このようなハイトーンボイスで自分の名を呼ぶ女性を及子は1人しか知らない。それは紛れもなく大好きな姉・悦子なのだが・・・・悦子は仮にも芸能界で大ブレイク中のアイドルである。その姉がここにいることなどあり得ない。一体どういうことだろうか・・・・!?

「ウフフフッ!及子、久しぶりね!!元気にしてた?」
「えっ?えぇっ!?ちょ、ちょっと待って!!どうして姉さんがここにいるの!?」
「あなたを驚かせたくって〜!!ビックリしたでしょ〜?」

悦子はそう言ってニッコリ笑って見せた。そんな我が姉を見て、及子は「昔から変わらないな〜」と思い、苦笑しながら大きい溜め息をつくことしか出来なかった。

「ビックリを超えて呆れちゃったよ・・・・仕事はどうしたの?」
「今日はぁ〜、サ・ボ・リ☆」
「サボりって・・それじゃダメじゃん!!クビにされちゃうよ〜!?」
「ヤッダ〜、及子〜!!冗談に決まってるじゃな〜い!!大丈夫、ちゃんと匠ちゃんにスケジュール調整してもらったもの!それに、母さんはずっとあっちにいて離れられないみたいだし、何と言っても久しぶりに会う大好きな妹の入学式だから・・一緒にいたかったの。」
「・・ねえ、さん・・・・ウン。ありがと・・・・」

昔から突飛な行動で目立っていた姉の悦子であったが、こうして自分を大切にしてくれることも昔から変わりないことだった。中学から離れて生活した時も及子は何かある度に手紙を書いて悦子に送っていたし、悦子も忙しい合間を縫って手紙を書いてくれていた。
非常に仲の良い姉妹だとお互いに自負しているのだが、今回及子が琥珀大学に入学出来たのは悦子が働いて稼いだ給料を学費の方に回してくれたからでもある。大ブレイク中のアイドルである悦子からすればそれほど大きな出費ではなかったようだが、それでも実に100万を超す学費を全て出してくれたのは姉の悦子だった。「これで毎年あなたのために役立てるのね!」と、悦子は自ら進んで及子の4年分の学費を払ってくれる約束をしてくれた上に、今日の入学式への参加・・・・驚いたけれども、ここで姉の悦子に会えたことは何より嬉しかった。

「何言ってるのよ〜、及子〜!当たり前のことじゃな〜い!!それにね、ここって匠ちゃんの出身校でもあるのよ!?んも〜う、匠ちゃんの知られざる世界に踏み込めたんだと思うと嬉しくって〜!!」

そう言った悦子の顔は上気していて少し赤かった。更に嬉しそうに体をくねらせる悦子を見て、及子は苦笑することしか出来なかった。

「知られざる世界って、姉さん・・・・」
「だぁ〜ってぇ〜!!私、大学って生まれて初めて来たのよ〜!?広い敷地、充実した設備、自然の多さ・・・思わず感動しちゃったわ〜。大学ってすごい所なのね!及子!!」

確かに悦子の最終学歴は高校なので新鮮に思う気持ちも分からなくはないのだが、いかんせん悦子の存在は非常に目立つ。外にいた大勢の人達がこちらを見ている視線がとても痛い。
恐らくこの大勢の人達は悦子がいたことでこんなに沢山いたようだが・・・未だにキャーキャーと黄色い声が止まないのはどうしてだろうか?悦子以上に有名な人がいるとでも言うのだろうか?

「ウン、分かったからさ。ちょっと・・もう少し人のいない方に避難しない?あたし、これ以上見られてるの耐えられなくて・・・・」
「えっ?ごめんなさい、及子。匠ちゃんが来るまでもう少し待ってもらえるかしら?実はぁ〜、今匠ちゃんにお使いさせてるの!そろそろ戻って来る筈なんだけど・・・・」

悦子が言ったその時だった。「悦子さ〜ん!」という男性の声が聞こえてきたのは。しかしそれは、悦子の待っている匠のものではなかった。更に驚くべきことは、及子がテレビで聞いたことのある男性の声だったことだ。


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