第2話

悦子と及子が共に声のした方を見てみれば、そこにいたのはスラッと背が高くて細い超美男子だった。常人にはない色気と高貴さを漂わせて、普通の人とは違うスーツに身を包んでいる。そしてその超美男子の後ろには、チタンフレームの眼鏡をかけた、クールな雰囲気を身に纏っている美男が立っていて・・・及子はこの男性2人の背の高さに唖然とするしかなかった。

「キャ〜ッ、匠ちゃ〜ん!!七馬ちゃん連れて来てくれたのね!ありがとう!」

悦子はそう言って、眼鏡をかけたクール美男に駆け寄ったかと思うといきなり抱き着いた。そのことで外にいる大勢の人達から「おぉ〜っ」という歓声が漏れていることを悦子は分かっているのだろうか?抱き着かれた眼鏡をかけたクール美男・坂口匠は、間が悪そうにわざとらしく咳払いをした。

「悦子さん。人目がありますから、ここではお引取り下さい。」
「・・匠ちゃんのケチ。分かってるわよ〜・・・でも、やっぱり傍にいたいんだもの!!」

悦子はむくれながらそう言って、改めて匠に抱き着いた。
これは及子が、こちらに引っ越して来た日に悦子から聞いたことなのだが・・・・この眼鏡をかけているクール美男・坂口匠は悦子のマネージャーであり、恋人でもある。世間に対してまだ恋人のことを打ち明けていない悦子ではあったが、そのことに輪をかけるように匠は悦子に対して非常に素っ気ない態度を取っており、悦子は悩んでいるのだそうだ。
確かに悦子が抱き着いているにも関わらず、匠は悦子を抱き締めようともしていない。ただ困った表情をして気まずそうに眼鏡を持ち上げているだけだ。「姉さんも苦労してるんだね〜。」なぞと及子が思いながら2人の様子を見ていた、その時だった。ポンと及子は肩に手を置かれたのだが、その相手は・・・・

「よっ。入学式前におまえに会えて嬉しいぜ?」
「!!っ・・・え、えぇ〜っと!?あの〜・・・」

そう、それは匠と共にこちらにやって来た超美男子だった。彼は、名を大内七馬と言う。そして彼は悦子以上の、いわゆる「超有名人」であった。
彼は「大財閥」という身分の人で、大金持ちのお坊ちゃまなのだ。現在この「大財閥」を名乗る家は大内家以外にもう1つしかなく、昔からよくテレビや新聞で取り上げられている人達なのである。
更に七馬は大内家の跡取り息子であるだけではなく、そのルックスやスタイル、ワイルドさで世の女性を虜にしている超美男子だった。加えて文武両道で優しい性格となれば、それは凄まじいものになる。今やよくある雑誌アンケートの「抱かれたい男No.1」や「恋人にしたい男No.1」で1位を独占しているのが当たり前の状態となっていた。
そんな超カリスマ美男子・七馬がそう言って及子に声をかけてきたのだ。及子は一気にドキドキと緊張してしまった。

「あぁ。俺、大内七馬。おまえは悦子さんの妹の及子、だろ?」
「ええぇぇーーっっ!?ど、どど、どうしてそのこと・・・・!!」

姉の悦子の存在がどれほど有名であっても、及子の存在は有名ではない。それなのに、どうして七馬がそのことを知っているのだろうか?及子が驚いて七馬を見ていると、七馬は優しい微笑みを浮かべた。

「ま、悦子さんから色々聞いてりゃ分かるよ。それより、俺たちも負けてらんねぇって思わねぇ?」
「ええぇっ!?な、何が!?」
「だから、あのラブラブぶり。俺は、ちゃんとこうして抱き締めるんだけど・・な。」
「!?」

気が付けば、及子は七馬の腕の中にいた。それと同時にブーイングが外から響き渡る。「私の七馬様にやめてーーー!!」とか「イヤーーーッ!!七馬様〜!!」などなどそれはすごいものだった。
及子は一気に体も顔もものすごく熱くなるのを感じ、慌てて七馬に言った。

「ブ、ブーイングすごいですよ〜!!は、離れないと・・・!」
「あんなの聞くな。いいから、こうしてもう少し傍にいろよ・・・・」

そう言って、七馬はまるで全てのものから遮るように、先ほどより及子を強く抱き締めてきた。及子は更に体と顔が熱くなり、慌しさもより一層増した。ブーイングも「あの人、ムカツクーーーー!!」とか「七馬様、離れて〜!!」とか「抱き締めるなら私にしてーーーー!!」などなど、更にひどいものとなっていた。

「い、いや、ちょっと・・・!あの・・・!!」
「・・・悪い!ちょっと黙っててくんねぇ!?」

及子が七馬に話しかけようとしたその時、七馬は突然大声を出し、外にいる女の子達に向かってそう言った。途端にブーイングが止み、あたりが急に静かになる。
七馬の一番傍にいた及子は、突然七馬が大声を出してそう言ったものだから本当に驚いてしまった。そんな及子を見た七馬が、申し訳なさそうに微笑んだ。

「・・悪い、大声出しちまって・・・・」
「い、いえ・・・そ、それより!!あの、えぇ〜っと・・・・」

こんな超美男子にいきなり抱き締められれば、誰しも胸のときめきを感じてしまうものである。及子とてそれは例外ではなかった。だから歯切れ悪く、言いたいことが色々あってもなかなかうまく出てこないのである。

「ん?何?」
「え、えっと!!は、離れません・・か?」

ようやく及子は言いたいことが言えた。このままいたのでは女の子達にますます棘のある視線で見られるだけだし、七馬を見ているだけで心の中が変になっているのを感じていた。
取り敢えずはっきりと言ったのだから、七馬は離れてくれるだろうと及子は思っていた。しかし、七馬は複雑な表情をしてから一言言った。

「・・・却下。」
「えぇっ!?ど、どうしてですか!?」
「・・おまえが俺に敬語使うから。」
「はぁっ!?」

及子は驚いて七馬を見ることしか出来なかった。及子と目が合うと、七馬は色気たっぷりの微笑を浮かべて見せた。及子は七馬のその微笑をまともに見てしまい、一気に顔を赤く染める。

「待った、その顔反則。離したくなくなる・・・・」
「えぇっ!?ちょ、ちょっと!?」
「・・取り敢えず、敬語使うのやめてくれねぇ?ついでにタメだから呼び捨て。OK?」
「えっ!?OKって・・OK出来る訳ないですよ〜!!」

及子は慌ててそう言った。一方の七馬は一瞬複雑な表情をしたものの、すぐにまた微笑を浮かべた。

「んじゃ、やっぱ離せねぇ。おまえが俺のこと呼び捨てにして普通に喋るまで離さねぇから。」
「ええぇぇっ!?・・・・・・・か、か・・かず、ま?えっと・・離して、ね?」

及子は少しの沈黙の後、心を決めてそう言った。本来なら大財閥の人に対して何て失礼な言葉なんだろうと罪悪感を心に抱きながら及子は言ったのだが・・・七馬はそんな及子を見て嬉しそうに笑顔を見せた。

「何かちっと棒読みだけど、特別に許してやる。あぁ、それから今後も敬語使ったり様とか付けたら承知しねぇから。いいな?」
「えっ!?う、うん・・・頑張る。」

及子のその返事を聞いて、七馬はようやく及子から離れた。そうして気が付けば、忘れていた。そう、姉の悦子とマネージャーの匠の存在である。

「ウフフッ、ラブラブね〜!!私、見てて舞い上がっちゃった☆イイなぁ〜、私も七馬ちゃんに抱き締められた〜い!」
「アハハッ!悦子さん、どうしたんですか〜?突然そんなこと言って・・・・」
「だぁ〜ってぇ〜!!やっぱり〜、今の女の子達はみぃ〜んな七馬ちゃんに抱かれたい!!って思うもの〜。あっ、それより及子!!はいっ、コレ!」

悦子は七馬にそう言ったかと思うと、突然及子に声をかけて何かを差し出してきた。及子がそれを受け取ると、それは・・・・

「これ、何?お花・・・?」

そう、悦子が及子に差し出したものは何の変哲もない小さな花だった。名前すらよく分からない花だが、なぜだろうか。姉の悦子にもらえただけで心の中がこんなにも暖まるのは。

「そう!匠ちゃんにお使いさせた、この大学のお庭にある小さなお花なの。誰にも注目されることのない、でも頑張って生き続けているお花・・・・本当は、そういう生きているお花を取っちゃダメだと思うんだけど・・・私ね、この大学来た時に思ったの・・・及子。あなたにね、こういう小さなお花みたいに頑張って欲しいって!」
「・・姉さん・・・・」

悦子が匠を待っていた目的は、どうやらこれだったようである。及子は驚いてこの花と悦子を見た。悦子はニッコリ笑顔で及子に語る。

「もちろん、あなたはここの大学受かるまで一杯勉強したことは私も分かるわ!!そういう見えない努力があなたという花を咲かせてくれたことも・・・・それをね、枯らさないでいて欲しいの。どんなに小さくても、あなたにはずっと奇麗な花を咲かせ続けて欲しい・・・・大学って私はよく分からないけど、お勉強頑張って、ついでに同じ位遊びましょう!そうすれば、ますますあなただけの花が咲くと思うの。このお花に負けない、あなただけの花を咲かせてね?ウフフッ!!これが、姉さんとの約束。いい?」
「姉さん・・・・うん、ありがと。あたし、頑張るよ・・・・!頑張って、いいお花咲かせてみる!姉さん、大好き!!」

何だかんだ言いながら芸能界で今のように売れるまで時間のかかった悦子は、及子の知らない様々な苦労を経験している。その悦子が言うことは、及子にとって何よりも大きな影響をもたらした。

「ウフフッ!私もあなたが大好きよ、及子☆あっ、匠ちゃん!今何時かしら?」

悦子がハッとして匠に時間を尋ねると、匠は腕時計をチラッと見て言った。

「もう少しで12時45分ですが・・・・」
「ホント!?約束に間に合わなくなっちゃう!!匠ちゃん、付き合ってくれるわよね?」
「えぇ、お供しますよ。」
「ありがとう!!それじゃあ、及子。七馬ちゃん!また後でね!」

そうして悦子は手を振り、匠は律儀に及子と七馬にお辞儀をしてから外に出た。途端に「キャーーーーッッ!!」という女の子達の黄色い叫び声が響き渡る。もちろん男性に大人気の悦子ではあるが、同じ位女の子にも評判の良い、正に売れっ子アイドルの悦子であった。


  

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