第2話 「キャ〜ッ、匠ちゃ〜ん!!七馬ちゃん連れて来てくれたのね!ありがとう!」 悦子はそう言って、眼鏡をかけたクール美男に駆け寄ったかと思うといきなり抱き着いた。そのことで外にいる大勢の人達から「おぉ〜っ」という歓声が漏れていることを悦子は分かっているのだろうか?抱き着かれた眼鏡をかけたクール美男・坂口匠は、間が悪そうにわざとらしく咳払いをした。 「悦子さん。人目がありますから、ここではお引取り下さい。」 悦子はむくれながらそう言って、改めて匠に抱き着いた。 「よっ。入学式前におまえに会えて嬉しいぜ?」 そう、それは匠と共にこちらにやって来た超美男子だった。彼は、名を大内七馬と言う。そして彼は悦子以上の、いわゆる「超有名人」であった。 「あぁ。俺、大内七馬。おまえは悦子さんの妹の及子、だろ?」 姉の悦子の存在がどれほど有名であっても、及子の存在は有名ではない。それなのに、どうして七馬がそのことを知っているのだろうか?及子が驚いて七馬を見ていると、七馬は優しい微笑みを浮かべた。 「ま、悦子さんから色々聞いてりゃ分かるよ。それより、俺たちも負けてらんねぇって思わねぇ?」 気が付けば、及子は七馬の腕の中にいた。それと同時にブーイングが外から響き渡る。「私の七馬様にやめてーーー!!」とか「イヤーーーッ!!七馬様〜!!」などなどそれはすごいものだった。 「ブ、ブーイングすごいですよ〜!!は、離れないと・・・!」 そう言って、七馬はまるで全てのものから遮るように、先ほどより及子を強く抱き締めてきた。及子は更に体と顔が熱くなり、慌しさもより一層増した。ブーイングも「あの人、ムカツクーーーー!!」とか「七馬様、離れて〜!!」とか「抱き締めるなら私にしてーーーー!!」などなど、更にひどいものとなっていた。 「い、いや、ちょっと・・・!あの・・・!!」 及子が七馬に話しかけようとしたその時、七馬は突然大声を出し、外にいる女の子達に向かってそう言った。途端にブーイングが止み、あたりが急に静かになる。 「・・悪い、大声出しちまって・・・・」 こんな超美男子にいきなり抱き締められれば、誰しも胸のときめきを感じてしまうものである。及子とてそれは例外ではなかった。だから歯切れ悪く、言いたいことが色々あってもなかなかうまく出てこないのである。 「ん?何?」 ようやく及子は言いたいことが言えた。このままいたのでは女の子達にますます棘のある視線で見られるだけだし、七馬を見ているだけで心の中が変になっているのを感じていた。 「・・・却下。」 及子は驚いて七馬を見ることしか出来なかった。及子と目が合うと、七馬は色気たっぷりの微笑を浮かべて見せた。及子は七馬のその微笑をまともに見てしまい、一気に顔を赤く染める。 「待った、その顔反則。離したくなくなる・・・・」 及子は慌ててそう言った。一方の七馬は一瞬複雑な表情をしたものの、すぐにまた微笑を浮かべた。 「んじゃ、やっぱ離せねぇ。おまえが俺のこと呼び捨てにして普通に喋るまで離さねぇから。」 及子は少しの沈黙の後、心を決めてそう言った。本来なら大財閥の人に対して何て失礼な言葉なんだろうと罪悪感を心に抱きながら及子は言ったのだが・・・七馬はそんな及子を見て嬉しそうに笑顔を見せた。 「何かちっと棒読みだけど、特別に許してやる。あぁ、それから今後も敬語使ったり様とか付けたら承知しねぇから。いいな?」 及子のその返事を聞いて、七馬はようやく及子から離れた。そうして気が付けば、忘れていた。そう、姉の悦子とマネージャーの匠の存在である。 「ウフフッ、ラブラブね〜!!私、見てて舞い上がっちゃった☆イイなぁ〜、私も七馬ちゃんに抱き締められた〜い!」 悦子は七馬にそう言ったかと思うと、突然及子に声をかけて何かを差し出してきた。及子がそれを受け取ると、それは・・・・ 「これ、何?お花・・・?」 そう、悦子が及子に差し出したものは何の変哲もない小さな花だった。名前すらよく分からない花だが、なぜだろうか。姉の悦子にもらえただけで心の中がこんなにも暖まるのは。 「そう!匠ちゃんにお使いさせた、この大学のお庭にある小さなお花なの。誰にも注目されることのない、でも頑張って生き続けているお花・・・・本当は、そういう生きているお花を取っちゃダメだと思うんだけど・・・私ね、この大学来た時に思ったの・・・及子。あなたにね、こういう小さなお花みたいに頑張って欲しいって!」 悦子が匠を待っていた目的は、どうやらこれだったようである。及子は驚いてこの花と悦子を見た。悦子はニッコリ笑顔で及子に語る。 「もちろん、あなたはここの大学受かるまで一杯勉強したことは私も分かるわ!!そういう見えない努力があなたという花を咲かせてくれたことも・・・・それをね、枯らさないでいて欲しいの。どんなに小さくても、あなたにはずっと奇麗な花を咲かせ続けて欲しい・・・・大学って私はよく分からないけど、お勉強頑張って、ついでに同じ位遊びましょう!そうすれば、ますますあなただけの花が咲くと思うの。このお花に負けない、あなただけの花を咲かせてね?ウフフッ!!これが、姉さんとの約束。いい?」 何だかんだ言いながら芸能界で今のように売れるまで時間のかかった悦子は、及子の知らない様々な苦労を経験している。その悦子が言うことは、及子にとって何よりも大きな影響をもたらした。 「ウフフッ!私もあなたが大好きよ、及子☆あっ、匠ちゃん!今何時かしら?」 悦子がハッとして匠に時間を尋ねると、匠は腕時計をチラッと見て言った。 「もう少しで12時45分ですが・・・・」 そうして悦子は手を振り、匠は律儀に及子と七馬にお辞儀をしてから外に出た。途端に「キャーーーーッッ!!」という女の子達の黄色い叫び声が響き渡る。もちろん男性に大人気の悦子ではあるが、同じ位女の子にも評判の良い、正に売れっ子アイドルの悦子であった。 |