第3話

「あれ?姉さん。入学式もうちょっとで始まるんだけど、どこ行く気だろ?」

「別にイイじゃん。それよりさ、おまえどこの学部と学科?」

七馬にいきなりそう聞かれて、及子はドキンとしてしまった。と同時に、及子は自分の中で起きている異変を不思議に感じていた。
なぜだか七馬に話しかけられただけでドキドキしてしまうのだ。七馬を見ると、それはますます激しさを増す。この胸の高鳴りを、人は「恋」と呼ぶのだろう。それは及子もよく分かっていたが、だからといって七馬に恋してしまったことを認めたくなかった。
それは今日初めて出会ったからということもあるが、何より超有名な大財閥・しかも跡取り美男子の七馬とまともに恋愛出来る訳がないからだ。ただの憧れだけで止めておかねばと及子は自分の心に語りかけながら、「敬語使っちゃダメなんだよね。」ということを思い出して七馬の質問に答えた。

「んっと・・経済学部経済学科。」
「ラッキー。俺も同じ。」
「ウソッ!?何で!?」
「何でって言われてもな〜。まぁ、俺一応大財閥ってヤツだし〜?政治的に親父も関与してる面があるから、色々知っといた方がイイかと思ったんだよ。」

とても理にかなったことを言われ、及子は「すごいね〜。」などと感心しながら七馬を見た。七馬はそんな及子を見て微笑む。

「おまえはどうして経済学科入ろうと思ったワケ?」
「えっ、あたし!?う、うぅ〜ん。何か、就職先イイの見つかるとか友達が言ってたから・・・」
「ブッ、ハハハハハハッ!!マジ、それ!?就職困ってんなら俺んとこ来いよ。」
「はぁっ!?どうして!?」

驚く及子に、七馬は相変わらず外に沢山いる人達を気にしているようだった。それから少し難しい顔をして七馬は言った。

「・・まぁ、就職決まんなかったら来いってコトだよ。それより、そろそろ入学式始まるな。行くか?」
「うん。でも、姉さんと匠さんが・・・」
「あぁ、あの2人なら大丈夫だろ。ここで待ってると目立つぜ?おまえ、目立つの嫌いだろ?」
「えっ!?ど、どうして七馬がそのこと知ってるの!?」

及子が驚いて尋ねると、七馬は一瞬驚いた表情をしたものの、すぐに微笑んだ。

「あぁ、悦子さんから聞いた。んじゃ、行くか!」

そうして七馬は突然及子の右手首を掴んで歩き出した。七馬に引っ張られてしまっては、及子も着いて行かざるを得ない。

「えっ!?ちょっと、七馬!?」
「ん?何だよ。」
「あの・・手、離して・・・」
「ダメだ。おまえ、離したらどっか行きそうだから。」
「い、行かないよ!!」

及子がそう言うと、七馬はいきなり歩くのをやめて及子を見た。七馬のそのカッコ良い眼差しに及子はドキンとしてしまい、体と顔が一気に熱くなるのを感じた。

「・・本当か?」
「本当だよ!」
「・・分かった。んじゃ、着いて来いよ。」

そうして七馬は及子から手を離して、及子を導くように先に立って歩き出した。及子はドキドキして七馬に着いて行きつつ、悦子からもらった小さな花をつぶさない程度に鞄の中に入れたりしていたのだが、一方でなぜ七馬がこんなに自分に優しくしてくれるのかを考えていた。

(あ・・でも、七馬って優しくてカッコ良いから女の子達にモテモテなんだっけ?加えて文武両道となりゃ〜、そりゃ注目しない女の子の方がおかしいよね・・・・)

改めて自分は何という人に恋をしてしまったのだろうと思いながら及子は七馬の後ろを着いて行った。七馬はいちいち及子の方を見て、着いてきているかどうか確認しているようである。七馬と目が合うと、及子は微笑んでみせた。

(そ、そんなチロチロ見なくてもイイのに・・・恥ずかしいよ・・・・)

及子がそう思った矢先、七馬は新入生席の中でも左端の後ろの席の方に行き出し、及子も着いて行った。そのまま七馬は空いている席に座ったのだが、傍に行った及子は座ることをためらってしまった。

「あれ?座んねぇの?」
「えっ!?だ、だって七馬の隣だよ!?あたしでイイの?」
「ったりめぇだろ?俺の隣は、おまえ専用席な。」
「あ、あり得ないから!!そんなこと!!と、取り敢えず、お邪魔します・・・・」

と言って及子が席に座った途端、七馬の目つきが鋭いものになった。

「おまえ、今敬語使ったろ?」
「ハウッ!!な、何!?だって・・・」
「敬語使ったら承知しねぇって言ったろ?しゃ〜ねぇな〜・・・・」

七馬はそう言ったかと思うと、いきなり及子の方に自分の顔を近付けてきた。七馬のカッコ良い顔が近付いてきたことで、及子は一気に慌てる。

「えぇっ!?ちょっと、何!?」
「何って・・お仕置き。」
「お、お仕置きって・・何する気〜!?」
「そうだな〜・・・何して欲しかったんだよ?おまえ。そんなに顔赤くしてさ・・・・」

七馬はいきなり及子の耳元で低くそう囁いた。及子は耳元に七馬の甘い吐息を感じて、思わずビクンと体を震わせてしまう。

「な、何って・・知らないよ!!そんなこと・・・・」
「じゃあ、分からせてやる。」

七馬はそう言って、及子の顎に手をかけた。そのまま2人は見つめ合ったかと思うと、七馬が及子に顔を近付けようとしてきた・・・そのことに及子があせりを感じる一瞬前のことだった。七馬の手をバシッ!と叩いたかと思うと、「及ちゃ〜ん!!」と言って突然第三者が介入してきたのである。
しかもその第三者はいきなり及子に抱き着いた。誰だか分からず、及子はいきなり抱き着かれたことで完全パニック状態になっていた。

「ええぇぇっ!?なっ、何!?」
「オホホホホホッ。及ちゃん、御機嫌よう。お元気そうで何よりですわ。」
「えっ!?」

ようやく何とか落ち着いた及子が抱き着いた相手を見てみれば、そこにいたのは真っ黒な肩ほどのストレートの髪がサラサラとしている、古典的な和美女であった。ニコニコと優雅な笑顔を浮かべていて、見ているこっちまで優雅な気分になっていく。
着ているものは見るからに質の良い振袖で、それがまたこの和美女によく似合っていた。そして及子は、この和美女のことを知っていた。いや、及子のみならず誰もが知っている「超有名人」なのだ。
彼女の名前は厚木沙織。七馬とはまた違うもう1つの大財閥・厚木家のお嬢様なのである。そして七馬と同様そのルックスや立ち居振る舞いで女の子からはもちろん、男性から圧倒的な人気を受けていて、やはり「恋人にしたい女性No.1」で高順位を取ってしまうような女の子なのである。

「あっ、驚かせてしまったでしょうか?私は厚木沙織です。及ちゃんと同じ新入生ですわ。改めまして、どうぞよろしくお願い致します。」

改めても何もないと思うのだが、この優雅な和美女・沙織はようやく及子から離れてお辞儀をしてそう言った。そうなると及子も慌てて立ち上がり、お辞儀を返すことしか出来ない。

「こっ、こちらこそ!!よろしくお願いします!」
「あら、及ちゃん。私に敬語は不要ですわ。こちらにいる変態エロ河童が、及ちゃんにそう申し出た筈なのですが・・・」
「おい、誰が変態エロ河童だって?」

七馬の声音が、及子と接していた時とは全く違う低く厚みのあるものになった。その表情や声音から窺うに、不快になった証拠だろう。一方の沙織も、優雅な立ち居振る舞いこそ崩れないものの、及子に話しかけた時とは明らかに差のある嫌味口調で七馬に対抗した。

「オホホホホッ。お話もろくに聞けない変態エロ河童のようですわね♪」
「何だって〜?このオカルト娘が・・・・」
「オカルトを馬鹿になさるとは、いい度胸ですわね?七馬。よろしいですわ、あなたには今度私の調査している某タワーに行っていただいて、オカルトの素晴らしさを味わっていただきに・・・・」
「Ah〜。stop、stop!!そこまでにして下さい〜。」

何と、またもや人が乱入してきた。しかも英語発音がやたら流暢で、日本語に少し英語訛りが感じられる。外人だろうか!?
声のした方を見てみれば、そこにいたのは奇麗な蜂蜜色の金髪、海のような青い瞳を持った美少年が立っていた。とても肌が白くてソバカスが出ているが、それがこの外国人美少年によく似合っている。
いくら芸能界に疎い及子でも、やはりこの外人のことも知っていた。彼の名前はテル・ウィリアム。外国人芸能リポーターとして有名で、特に昼のワイドショーや、クイズ番組でも独自のコーナーがあって好評を博している大人気芸能リポーターなのである。

「・・テル・・・」
「・・そういえば、今は入学式前でしたわね・・・止めていただいて助かりましたわ、テル。危うく変態エロ河童のせいで暴走する所でした。」
「一言多いんだっつの、オカルト娘。」
「ですからやめて下さい〜、お2人とも〜!!そちらにいらっしゃる及子サ〜ンも困ってらっしゃいますよ〜?」
「えっ!?」

及子は突然自分の名前をテルに呼ばれたことでひどく驚いてしまった。テルは人当たりの良さそうな笑顔を見せる。よくテレビで見る笑顔だな〜、などと及子は思いながらそれを見ていた。

「ハァ〜イ、及子サ〜ン!Nice to meet you!」
「あっ!!は、初めまして!!ア、アイアム・・・」
「アハハハハ。日本語でダイジョブですよ〜、及子サ〜ン!ありがとございま〜す!」

少し英語訛りがあるものの、テルの日本語発音は聞いていて不快なものではなかった。外国人と対面して話すことは初めてで緊張している及子であるが、何とか笑顔を浮かべた。

「あっ、はい!こちらこそありがとうございます〜・・・・」
「及ちゃん、テルにも敬語は不要なのですわ。私たち、出会ったその時からお友達と決まっているのですから。及ちゃん、お隣失礼しますわね。」

そうして沙織が及子の右隣に座り、テルがその隣に座った。いきなり入学式早々大財閥のお坊ちゃまとお嬢様に囲まれて及子はドキドキしてしまった。こんな経験滅多にないだろう、ちゃんと心に留めておこう、などと及子は思いながら時を過ごすこととなる。
それからすぐに入学式が始まり、式は滞りなく行われ、厳粛な雰囲気の中終了したのだが・・・・


  

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