第4話
入学式も無事に終わり、これからどうしたものかと及子が考えたその時、及子は両腕を同時に取られてしまい、驚いて左右を見た。すると、七馬と沙織が及子を挟んでにらみ合っていたのである。
「七馬、お放し下さい。あなたはそれまで及ちゃんと共にいらしたのでしょう?今度は私が及ちゃんと一緒にいる番ですわ。」
「ダメだ、おまえにコイツは譲れねぇ。俺が連れて帰る。」
「何を仰るんですの?あなただけの及ちゃんではないのですわ。そのようなエゴを及ちゃんに押し付けるなんて、あなたは最低の男です。そんな方に及ちゃんを譲れるほど、私心が広くありませんの。」
「おまえ・・・そこまで言う?俺がこの日をどれほど待ってたかも知らずに・・・・」
七馬がそう言うと、沙織は難しい表情をして黙り込んだ。それから真っ直ぐ七馬を見つめて沙織は言った。
「確かに、あなたのお気持ちは分かりますけれど・・・及ちゃんのことは譲れないのですわ。私だって、この日をずっと楽しみにしておりましたもの。」
「アハハハハ・・・及子サ〜ン。お2人とも譲る気0のようですよ?モテモテですね〜!」
テルが及子の座っている後ろ側に回り込み、そう言った。及子は半分泣きたい気持ちでテルを恨めしそうに見た。
「い、いや、テル!!笑ってる暇があったら助けてよ〜!!」
「スミマセ〜ン。お2人とも真剣ですから、ボクが出てもお助け出来ないと思いますよ〜。」
「そんなぁ〜・・・・」
まだ七馬と沙織には腕を取られたままである。この状況を打開する為にはどうしたら良いかとウンウン頭を悩ませた、その時であった。
「ウフフフッ!テルちゃんみーっけ☆」
「Oh!悦子サ〜ンに匠サ〜ン!!お世話になってま〜す。」
「そんなことないわよ〜!!それより及子〜、どうしたの〜!?七馬ちゃんと沙織ちゃんに挟まれて・・・・」
「姉さん!?」
そう、ナイスタイミングとばかりにやって来たのは姉の悦子とマネージャーの匠であった。入学式も終わって自由解散になったことで、未だこの席に座って残っていた及子たちを悦子と匠が発見したという訳である。
「ねぇ〜、及子〜。思ってたより大学の入学式って呆気ないものだったわね〜?もっとこう、踊ったり歌ったりしてもいいのに〜。」
「・・姉さん、自分のステージじゃないんだから・・・・」
「・・及子さんの仰る通りです、悦子さん。」
恋人の匠にまでそう言われて、悦子は思わず言葉に詰まってしまった。
「ウッ・・も〜う、2人とも厳しいんだから〜。そんなこと言うなら、私先に帰っちゃうんだから!」
「あぁ〜っ、待った〜!!姉さん、それはナシ!!このままあたしを見捨てて行く気〜!?」
「ウフフフフッ!沙織ちゃんと七馬ちゃんに挟まれてモテモテね〜!!見捨てることまではしないけど、間に割って入って行くことは出来ないと思うわよ?ねぇ〜?匠ちゃ〜ん?」
「そうですね・・・申し訳ございませんが・・・」
悦子と匠にもあっさり助けを拒絶されてしまい、及子は為す術がなかった。しかし及子は何とか結論を導き出した。
「分かった。沙織、七馬、一緒にいようよ!ウン、それがイイ!!」
「えっ?」
「一緒に・・って、コイツと?」
「・・私、及ちゃんと一緒にいたいのですわ。七馬のようなオマケはいりませんの。」
「同意見。」
「あら、珍しく意見が合いましたわね。気持ち悪いですけど、今回ばかりは許します。」
「ったく、言いやがるぜ・・・・で?どうすんの?おまえ。俺と沙織はおまえと一緒にいたい。でも、互いに一緒にいるのはヤなんだよ・・・・フッ。大財閥ってワガママ〜、とか思ったか?」
七馬が苦笑しながらそう言ったのを、及子は申し訳ないと思いながら「ウン・・・」と返事をしてしまった。そのことにテルが笑い出す。
「アハハハハハッ!!及子サ〜ンはとても素直なんですね〜。」
「ウゥッ・・ごめん。沙織、七馬・・・」
「オホホホホッ。いいんですのよ、及ちゃん。むしろ、及ちゃんを私のわがままのせいで苦しめていることは、心に痛いのですわ。そもそも七馬が出張って来なければこんなことになりませんのに・・・・」
「おい。その言葉、そっくりそのまま返してやる。さっきも何だよ、いきなり俺とコイツの邪魔しやがって・・・・」
「及ちゃんの意思を問わずにあのようなことをするのは最低ですわ。ですからお止めしましたの。及ちゃんに汚れて欲しくないのですわ。」
ふと、及子の頭の中は「?」で埋め尽くされた。そういえば沙織がいきなり及子に抱き着いてきた時、七馬は及子に何をしようとしていたのだろうか?
そうして考えた瞬間、及子の中に1つの結論が出た。いや、しかしそれはあり得ないだろう。だが沙織がこう言うということは・・・・!?
「おい、どーゆー意味だよ、それ・・・・」
「言葉通りの意味ですわ。七馬、あなたは仮にも今日初めて及ちゃんとお会いしたんですわね?そんな及ちゃんにいきなりキスをしていいと・・・・」
「キス〜!?や、やっぱり・・あれってキスしようとしてたの!?」
沙織の言葉を皆まで言わせず、及子は驚いて誰にともなくそう尋ねた。そのことに皆驚いたものの、反応を返したのは七馬だった。
「・・・そうだよ。悪かったか?」
「悪かったかって・・・悪いに決まってるでしょがーーーーー!!!何でそんなコトしようとすんのよ!?」
「何でって・・お仕置きって言わなかったっけ?」
「そ、それはそうだけど!!でもだからと言ってキスとか絶対あり得ないから!!!そもそもそんなコトしてあんたに何のメリットがあんのよ!?」
及子が早口でまくし立てると、七馬は面白そうに微笑んで言った。
「色々あるぜ〜。世間におまえのこと恋人だってカミングアウト出来るのが第1の利点だな。それからおまえと一緒にいても文句言われねぇだろうし、ついでに・・・・」
「ちょっと待った!!どっからその「恋人」ってゆー単語が出てくるワケ〜!?」
「こっから。」
七馬は即答して自分の頭を指差した後、口の方に持っていった。そのことで一気に及子が脱力したことは言うまでもない。
「・・・あっそ・・・アウ。何か一気に疲れたかも・・・・」
「あら、大丈夫ですか?及ちゃん。七馬、あなたがとんでもないことを及ちゃんに言うからですわ。」
「別に。俺はただコイツの質問に答えたまでだぜ?変なコト言った気はこれっぽっちもねぇんだが・・・・」
「アハハハハハ。まぁまぁ、お2人ともそれ位にしましょう。及子サ〜ンがお疲れのご様子ですから、悦子サ〜ン。後はよろしくお願いしま〜す!」
ようやくテルが助け舟を出してくれて、話の流れが一気に変わった。
「任せといて!今日は匠ちゃんの車で来たの!ねぇ〜?匠ちゃ〜ん?」
「えぇ、そうですね。及子さん、僕の車で送って差し上げますよ。駐車場まで少し歩きますが、よろしいですか?」
「あ、はい・・ありがとうございます!匠さん!」
及子はそう言って、ようやく2人の手から離れて立ち上がることが出来た。七馬と沙織からすれば共に過ごしたかった相手が帰ってしまう結果となり、残念ではあったが笑顔で見送ることになった。
「及ちゃん。また時間が合いましたら、その時はご一緒にいましょうね。それまで、どうぞ変態エロ河童に襲われることのないよう、お気を付け下さい。」
「だから、誰が変態エロ河童だよ。悪い、送ってやれなくて。また明日、学校でな。」
「うん、また明日。テルもありがと〜!!」
「イイエ〜!またね、及子サ〜ン!バイバ〜イ!」
そうして及子は悦子と匠の元に行った。悦子は皆にニッコリ笑顔で別れを告げる。
「今日は皆に姉妹でお世話になっちゃったわね!これからも、私たち姉妹をよろしくね?それじゃ、今日はありがと!帰りましょ?匠ちゃん!」
「はい。それでは皆さん、大変失礼致しました。」
「えぇ、また。御機嫌よう。」
「んじゃな。気ぃ付けて。」
「バイバ〜イ!!」
そうして沙織・七馬・テルの3人に見送られ、及子・悦子・匠の3人は帰る為に駐車場の方に向かった。すぐに及子は、改めて匠に頭を下げた。
「ホンットにすみません!!匠さん。送っていただいてしまって・・・・」
「構いませんよ。悦子さんもご一緒ですからね。」
「ウン・・・そうね・・・・」
悦子の表情はどこか心許なかった。せっかく恋人の匠といると言うのに表情がパッとしていない。恐らく及子がいることで匠に甘えられないのが原因だとは思うのだが、それ以外にも何かありそうな気がするのは及子の気のせいだろうか?
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