第5話
「あ・・その、すみません。あたし、思いっきり匠さんと姉さんの邪魔しちゃって・・・・あたしのことなら気にしないで下さいね?」
一応及子はそう言ってみたものの、2人の反応はどこか気まずかった。匠は目を閉じて眼鏡を持ち上げるのみで、悦子が苦笑して及子の言ったことに答えた。
「ありがと、及子。いいのよ!それこそ、匠ちゃんと私のことなら気にしないで。それより!あなた七馬ちゃんにキスされそうになってたのね〜!!姉さんあそこで話聞いて驚いちゃった〜!!」
「えっ!?あっ、あれはあたしも驚いたよ〜!七馬って、もしかしなくても遊び人?」
及子がそう言うと、意外にも苦笑して反応を返したのは匠だった。
「恐れながら、そのようなことになってしまいますね・・・・実際、七馬君は中学の頃から女性関係が複雑でしたから。」
「えっ・・匠さん。詳しいんですね?」
「それはもちろんよ〜!!・・って、そういえばまだあなたに言ってなかったわね。あなたは誰にも言わないと思うから教えるんだけど〜。匠ちゃんは、七馬ちゃんの母親違いのお兄さんよ☆」
「えっ?ええぇぇ〜〜っっ!?匠さんと七馬が、義理の兄弟なの〜!?」
「シーーーーッッ!!及子!声がおっきいわよ!?聞こえちゃうじゃない!!」
「アウッ!!ゴメン・・・・えっ?でもマジですか!?匠さん!!」
七馬には高校生の妹がいるのは有名なことで、実際その妹も七馬と同じように芸能界で脚光を浴びていたりするのだが・・・・匠は「芸能界」という最高のスポットライトを浴びずにここにいる。しかも七馬の兄となると有名になってもいい筈なのに、なぜ誰もそのことを知らないのだろうか?
「・・はい。本当ですよ、及子さん。」
「ウフフフッ。まぁ、匠ちゃんもいろいろ複雑な人なのよ。そんな中、私のマネしてくれることに本当に感謝してるわ。いつもありがと!匠ちゃん!」
「・・こちらこそ。お役に立てていれば良いのですが。」
「バッチリじゃな〜い!!今日だって匠ちゃんがスケジュール調整してくれなかったら、私この子の入学式に来れなかったんだもの!!及子、感謝するのよ〜?今日私がここに来れたのは、匠ちゃんのおかげなんだから!」
なるほど、そうだったのかと及子は納得して、改めて匠に頭を下げた。
「本当に姉がお世話になってまして、ありがとうございます。」
「とんでもないです。僕の方こそ、いつも悦子さんにご迷惑をかけて、申し訳ないと思います。あぁ、着きましたね。こちらの車です・・どうぞ。」
そうして駐車場に着いた及子と悦子は、匠が後ろのドアを開けてくれたことで車の中に乗り込んだ。2人が乗り込んだことを確認してから匠はドアを閉め、運転席へと回る。
「うわぁ〜っ。匠さんの車だ〜!!」
「ウフフフッ、そうね〜。そういえば、及子は匠ちゃんの車に乗ったの初めてかしら?」
「そうだよ〜!!そもそも匠さんに会ったのも去年の夏休み以来だもん。」
「そういえば、あなた匠ちゃんにヤマ当て教えてもらってたわね!」
「ウン、そう・・・おかげで、合格出来ました!匠さん!!あの時はホントに助かりました〜。」
「いえ、お役に立てて何よりですよ。」
そうして匠は車を走らせた。いつも母親の車にしか乗ったことのない及子は、他人の車に乗る機会がほとんどなかった。そのことでいつになく興奮していたし、3人でお喋りしていることはとても楽しかった。
及子と悦子の家から琥珀大学までは歩いて20分ほどの距離なので、車だと10分もしない内に到着する。あっという間に匠が2人を送り届け、匠が去ってからようやく及子は「フゥ〜ッ・・」と息をついた。
「ウフフフッ!今日はお疲れ様、及子!明日も学校なんでしょ?」
「うん、ここ1週間はオリエンテーションだってさ。」
「そうなの〜!イイわね〜、私も青春した〜い!」
「アハハハハハ。姉さんは匠さんと青春してるでしょうが・・・」
及子が苦笑しながらそう言うと、それまでハイテンションだった悦子が一気に弱気になった。
「確かにそうなんだけど・・・・匠ちゃんにとって、私はどうでもいい存在なんじゃないかしら・・・・」
「えぇっ!?やっぱり、まだ悩んでるの?」
「それはそうよ〜!そう簡単に解決出来るなら、今以上に元気になってるわ!!・・・匠ちゃんって、元からあんまりベタベタするの好きじゃないことは分かってるんだけど・・・・それでも、ちょっとね〜・・・・」
弱気になった姉を見た妹としては、やはり元気付けることが役目だろう。及子は何とか悦子に元気になって欲しくて、悦子を励ました。
「姉さん!!きっと、考えすぎなんじゃないかな?今って姉さん忙しいし、匠さんなりに姉さんに気を遣ってあげてるんじゃない?」
「・・・及子・・・」
「あたしはよく分かんないけど・・・大丈夫だよ!姉さん。匠さんって、姉さんのことそんな簡単に捨てないと思う。それに、姉さんが選んだ人だから・・あたし、信じてる!!匠さんと、これからも幸せでいてね?」
お節介かとも思ったが、及子は何とか悦子に元気になって欲しかった。その及子の思いを悦子は汲み取ってくれたようで、ニッコリと笑顔を浮かべた。
「ありがとう、及子!!やっぱりあなたがいるだけで全然違うわ〜!!ウフフフフッ!大好き、及子!!」
そうして悦子は及子をムギューッと抱き締めた。悦子が元気になってくれたのは良いのだが・・・・
「ギャーーッッ!!ね、姉さん!ぐるじーーーーー!!!」
「えっ!?あら、ごめんなさい!そんなに力一杯抱き締めたつもりはなかったんだけど・・・」
「・・姉さん、力持ちになった?」
及子は苦笑しながら悦子にそう尋ねた。悦子は「う〜ん・・・」と口元に人差し指を置いて考えながら答えを導き出した。
「あなたと一緒にいた頃よりは力が付いたんじゃないかしら!だって私も成長してるんだもの〜!!まだまだ若いわよ!!」
「ハイハイ。確かに姉さんはまだ若いね、ウン・・・・」
「それより及子〜、何か飲みながらお話しな〜い?久しぶりにあなたとゆっくり過ごせるんだもの〜、今日は色んなこと語り明かしたいわ!」
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