第26話

「・・好きだ。昔も、今も。ずっと、おまえのこと・・・・」

「七馬・・・・!あたし・・・・!!」

七馬からの熱い告白は、及子にとって何より衝撃を与えた。大学の入学式で出会った時から、及子にとって七馬は特別な存在の人だった。
元々七馬は大財閥のお坊ちゃまで、誰にとっても別格だったが・・・・及子にとって、七馬は魅力的な異性として一気に頂点に上り詰めていたのだ。
その七馬と幼馴染だったこと、そして本当に少しの間だけ付き合っていたこと、今も七馬の気持ちは変わらないこと・・・・それは、及子の心を掴んで離さなかった。

「・・震えてる、おまえ。大丈夫か?」
「ン。大丈夫、だけど・・・すごく、嬉しくて。でも、ビックリしちゃって・・・・」
「そっか・・・ま、そうだよな。悪い、驚かせちまって。」
「うぅん。嬉しい、よ・・・・」
「・・俺、もう2度と、おまえと離れるなんて出来ねぇ。今度は絶対に、何があってもおまえのこと守る。だから、傍にいさせてくれ・・・・!」
「かず、ま・・・・!」

及子は、七馬に強く抱き締められていた。
全国にいる七馬ファンの女の子の誰もが、夢に見てしまうようなシチュエーションだ。七馬に強く抱き締められて、「好きだ」と告白されて・・・・
今それは、夢ではなく現実に起きているのだ。しかもそれは数多くのファンの女の子ではなく、姉が有名なアイドル以外何の取り柄もない自分に。

「・・かず、ま。それ、むしろ、あたしがそうしたい位だよ・・・」
「えっ・・・?」
「・・七馬の、傍にいるの。あたしが、そうしたいなって思ってて・・・・」
「じゃあ、おまえ・・・」

及子の心は、いつになく穏やかだった。いつもは七馬に攻撃的でたてついてしまっていたが、今なら本当の気持ちを言える。及子は心の中で強く決意をすると、自分の気持ちを告白した。

「・・あたし、好きだよ。七馬のコト・・・昔のコトは分からないけれど、きっとそれ以上に、あたしは七馬のコトが好き。」
「及子・・・・ヤッベェ。嬉しすぎる!おまえも、俺のコト・・・・!」
「だって、七馬だよ?好きにならない方がおかしいじゃん?」
「・・そんなコトねぇよ。おまえが俺を選んでくれて良かった・・・!」
「七馬・・・・」

七馬と抱き合うことが、こんなにも嬉しくて温かく感じられる。及子はこんなに幸せな気持ちを、未だかつて体験したことがなかった。
ふと及子が七馬を見つめると、七馬もまた、及子を見つめた。そして七馬が、及子の耳元で囁く。

「・・キス、してもイイか?」
「!か、七馬・・・・えっと・・・」

及子が顔を真っ赤にして七馬を見つめると、七馬は優しい眼差しで及子を見つめた。

「・・そんな顔されたら、ますますキスしたくなる。」
「七馬・・・!じ、じゃあ、1回だけ・・・・」
「ハハハハッ!おまえ、可愛すぎ。」
「ええぇっ!?かず・・んっ・・・!」

及子が七馬の名前を全て言い切る前に、七馬は及子の唇を自らの唇で塞いだ。
小さく「チュッ」と音がして、七馬と及子の顔が離れる。及子の顔は真っ赤なままで、耳まで赤くなっていた。

「ヤッベェ〜。おまえ、マジで可愛すぎ。俺、もう我慢出来ねぇ・・・」
「えぇっ!?我慢出来ないって、何が!?」
「・・おまえへの気持ち。学校じゃなけりゃ、押し倒してんのに・・・」
「はぁっ!?ちょ、ちょっと七馬!?冗談じゃないわよ!?それ、どーゆーコト!?」

及子が顔を真っ赤にして驚きながらそう聞くと、七馬はフッと微笑を浮かべてみせた。

「・・おまえは、俺とするのは嫌?」
「す、するって・・何をするの!?」
「ハハハッ!おまえ、顔真っ赤。俺が言わなくても、分かってんだろ?」
「いっ、いや!その。あ、あたし、まだそんなコトする年齢じゃあ・・・!」
「ブッ、ハハハハハッ!!おまえ、マジ可愛すぎ・・・するとしたら、俺が初めて?」
「ダーーーーッッ!!ちょっと、もう!!何恥ずかしい話してんのよ!?そーゆー話はやめて!!!」

及子が顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、七馬は面白そうに笑うだけだった。
恐らく七馬は、そのようなことに対してすっかり慣れきってしまっているのだろう。だが、及子は未だかつてそんなことを経験したことがなくて不安だったのだ。それは、七馬も分かってくれたようである。

「・・分かった、おまえがそこまで言うならやめる。でも、いずれ・・な。」
「ウッ。七馬・・・・」

七馬に優しくそう言われた上に、頭を撫でられてしまうと及子は何も言えなかった。

「・・好きなヤツには、ずっと触れてたいんだ。だから、俺としたくないって言われたら、ちょっとヘコむ・・・・」
「そう、なんだ。で、でもあたし、怖くて・・・・」
「だろうな。でも、おまえに手荒なコトなんかしねぇよ。優しくする・・・」
「ウッ。か、七馬・・・何か、恥ずかしいよ・・・・」

及子が顔を赤くしてそう言うと、七馬は恥ずかしさを紛らわすかのように及子の頬にチュッとキスをした。

「・・そんなに顔赤くするなよ。おまえがそんなんだと、俺も恥ずかしくなるだろ?」
「でも七馬、余裕ジャン。あたしなんか、まるで幼稚園児そのもので・・・・」
「そんなコトねぇよ。おまえとこうしてると、マジでドキドキする・・・」
「えぇっ!?ウソッ!七馬が!?」

いつだって七馬は余裕があって、常に大人っぽい感じだ。現に今も及子にはそう見えるのだが、本当にドキドキしているのだろうか?

「あぁ。ほら・・・」

七馬はそう言うと、及子の手を取って自分の胸に当てさせた。

「えぇっ!?ちょっと、七馬!?」
「俺の鼓動、感じるだろ?おまえとこうしてるだけで、スッゲードキドキしてんだぜ・・・?」

突然七馬の胸に手を当てられたことで及子は驚いたが、冷静になってみると確かに七馬の言う通りで、七馬の鼓動はトクトクと非常に速く波打っていた。
及子も七馬と一緒にいるだけでドキドキしと鼓動がとても速くなっていたが、七馬もそうなのだと分かったことがとても嬉しかった。自分だけだと思っていたのに、七馬も・・・・

「・・七馬・・・・」
「おまえと一緒にいるだけで、こうなっちまう・・・・それに、おまえが俺のコトをって考えただけで、マジで嬉しくてさ。」

そう言った七馬の笑顔は本当に嬉しそうだった。見ているこっちも幸せになってしまいそうな笑顔だ。
いつでも七馬は余裕で大人っぽかったが、こんな風に笑っているとやっぱり歳相応の少年だ。及子は前より七馬を身近に感じられたことが嬉しかった。

「七馬・・・あたしも嬉しいよ。あたし、七馬とこうしていられるコトが、本当に嬉しくて・・・」
「・・俺も同じ。おまえと一緒にいるコトが、俺の一番の幸せなんだ・・・」

お互いの気持ちが一緒だと、もう言葉はいらない気さえしてくる。及子と七馬は微笑み合い、そのまま強く抱き合った。
何も喋らなくていい。今こうして七馬と一緒に抱き合っていること・・・・それが及子にとっての全てだった。
大財閥・大内家のお坊ちゃまで、こんな恋なんか絶対にかなわないって思っていたのに・・・・実は幼馴染で、本当にちょっとの間だけ付き合ったこともあって。
そんな七馬と再会出来たのは、やはり『運命』なのだろう。あの時テルが言ってくれたことを及子は反芻しながら、七馬の腕の中にいた。
このまま黙って抱き合っているのも良かったが、七馬とこうしていればいるほど、今まで素直になれなかった分、自分の本当の気持ちを知って欲しくなる。だから及子は、小さい声ながら、七馬に聞こえるように言った。

「・・・あたし、七馬が好き。本当に、大好きだよ・・・」
「及子・・・あぁ、俺も。おまえが好きだ。ずっと、ずっと好きだ・・・」
「七馬・・・どうしよう。あたし、嬉しすぎて・・・・!ウッ!ウゥッ・・・!」

先ほど泣いた時から時が経ったとは言え、まだ及子の涙腺はゆるいままだった。嬉しさのあまり、及子はついポロポロと涙をこぼしてしまう。

「おっ、おい。おまえ・・・・・ったく、こんなコトで泣くなよ。」
「だって、だって・・・!七馬だよ?大財閥なんだよ?あたし、入学式の日、七馬と会ってからすぐに、七馬のコト・・・!」
「・・サンキュ。でも、俺は俺だから。大財閥ってのは後からの肩書きだし、それでおまえの気を引こうなんて一切思わねぇよ。だから、その『大財閥』ってゆーのは、もうナシな?」
「七馬・・・・!」

七馬に見つめられて、優しくそう言われると及子は何も出来なかった。及子もまた、七馬を見つめてコクンと頷くことしか。
七馬は及子の涙をそっと指で拭った。そのことで及子はドキンとして七馬を見つめたのだが、七馬はいつも通り余裕の微笑を浮かべているだけだった。

「・・その泣き顔、俺以外の男に見せんなよ?」
「えっ?」
「だってそうだろ?そんな風に泣かれたら、皆おまえに転がっちまうから・・・」
「そっ、そんなコトないよ〜!!あたし、今まで男子にモテた経験なんてないよ?」

七馬とこうして話しているおかげで、何とか涙が収まってくれそうだ。及子が涙を拭き取りながらそう言うと、七馬は余裕の微笑を崩すことなく話した。

「そりゃまぁ?小学校までは俺がベッッタリおまえの傍にいたからな。でも、中学・高校はどうなんだか・・・」
「だ〜か〜ら、そんなの一切ないって。男子に声かけられたコトと言えば、高校時代に姉さんの妹ってコトがバレて、姉さんのサインくれ〜って言われた時位かな〜?」
「フッ・・そこからおまえを付け狙うヤツもいたんじゃねぇの?」
「いないってば!!んも〜う、七馬はそーゆーコトばっかり言って・・・・」

及子が少し唇を尖らせてそう言うと、七馬は微笑を浮かべたまま前髪をかき上げた。

「おまえ鈍感だからな〜。本当はおまえのコト好きなヤツっていたと思うぜ?」
「ウッ。鈍感で悪かったわね!!」
「ハハハッ。でも、そこがおまえの可愛いトコなんだよな。」
「ウゥ〜ッ。そんな風に言われたら、反論出来ないじゃん・・・・」

七馬の格好良い笑顔付きで『可愛い』なんて言われてしまっては、いつものように返すコトが出来ない。それを全て計算した上で七馬は言っているのか、それとも気付いていないのか。

「そっか。あ、ところで。1つだけ、イイか?」
「えっ?何?」

すっかり泣き止んだ及子は七馬にそう聞くと、七馬はウインクしてみせた。

「・・もう1回だけ、キスしてもイイか?」
「かっ、かかか、七馬!?あんたは何でそーゆー恥ずかしいコトをそんなストレートに言うワケ〜!?」
「何?じゃあ、何も言わずにキスした方がイイか?」
「いっ、いや!!それはあたしの心臓が止まるからやめて!!!」
「だろ?じゃあ、聞く以外どうしようもねぇじゃん。」
「ウッ・・・」

確かに七馬の言う通りだった。何も言わないでキスされるよりは言ってくれた方が心の準備が出来るが、恥ずかしいのも事実なのだ。そんな及子の顔を、七馬は手でそっと持ち上げた。
及子の顔は恥ずかしさからか、上気していて赤くなったままだ。更にトロンとなってしまった及子の顔は、七馬が今まで見てきたどの女の子よりも可愛くて愛しかった。

「フッ・・おまえ、マジで可愛すぎ。ずっと、好きだ・・・」
「うん。あたしも、七馬が好き・・・」

互いに改めて自分の気持ちを告白した所で、唇が重ねられた。強く抱き合って、互いの唇の感触を確かめ合うかのように強く、時に優しく、啄むように。
少し長いキスを終えて見つめ合ったその時、丁度1コマの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。どうやら七馬と2人きりでいられるのはここまでのようだ。

「チャイムだ〜・・・・」
「そうだな・・・早すぎ。もっとおまえとこうしてたいのにな・・・・」
「そだね・・・でも、沙織とテルに迷惑かけちゃったし・・・」
「まぁな・・・仕方ねぇ。2コマからはちゃんと出てやるか。」
「うん。あたしも一緒に行くね!」
「当然だろ?じゃ、行くか。」

七馬が先に立ち上がり、手を差し出した。及子はためらうことなく、七馬の手に自分の手を乗せて立ち上がった。

「うん、行こう!ちゃんと講義に出ないとね!」

及子と七馬の愛が甦った日。それは夏が近付いている6月になってすぐのことだった・・・・・・


  

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