第25話

そうして、七馬のすぐ後ろにピッタリくっついて及子は歩き出した。七馬は1階にある講義室を見てダメだと判断したらしく、及子を気遣いながらゆっくりと階段を上り、4階に着いた所で、すぐに空いている教室に入り込んだ。

誰も人がいない、少し狭い集中講義用の教室。七馬がドアを閉めることで、そこは完全に2人だけの世界になった。
及子がドアに一番近い席に座り、七馬がそのすぐ隣に座る。ようやく涙の落ち着いた及子は、最後に涙を拭いてから七馬を見つめた。

「・・・改めて、久しぶり。元気してたか?」
「それは・・・ウン・・・」
「そっか。さっきの涙は、もう大丈夫か?」
「ウン・・・ごめんね。」
「謝んなくてイイ。少しは、落ち着いたか?」
「うん、大丈夫。」
「なら良かった。」
「・・・あの、さ。七馬・・・・」
「ん?」

2人しかいない教室。及子と七馬の声しか響かない空間。及子は少しドキドキしながら、早速七馬に聞きたかったあのことを話した。

「んとね、七馬に聞きたいコトあるって言ったじゃん?」
「あぁ、そうだな。」
「・・あのね。あたし、沙織や姉さんから聞いたんだ。あたしの、昔のこと・・・・七馬は、あたしの幼馴染なんだよね?」

及子のその問いに七馬は驚いたが、すぐに微笑を見せて答えた。

「・・・あぁ、そうだな。」
「!・・七馬はそのことを知ってて、入学式のあの日、仲良くしてくれたんだね・・・・」
「・・・ま、そーゆーコトになるな。ってか、悦子さんから聞いて、おまえがこの大学入るって知ったからさ。おまえに、ずっと会いたかったんだ・・・・」
「七馬・・・・!」

及子が少し驚くと、七馬はいつもの余裕ある微笑を浮かべた。

「だってさ。俺と沙織にとって、おまえは絶対必要な存在だったから・・・・だから、中学と高校はマジで寂しかったんだぜ?おまえに会いたくても、それが出来なかったし・・・・」
「何で?」

及子がそう聞くと、七馬は少し固い表情になった。

「・・悦子さんから聞いたなら、知ってんだろ?俺のお袋と、おまえのおばさんの話。ったく、勝手なコト言い出しやがって。俺はそんな力を借りなくても、おまえがそのままいてくれれば良いって思ってたのに・・・・」
「七馬・・・・」
「・・・おまえがいなくなったって知ったあの日、マジでヘコんだ。記憶がなくたって、俺はおまえといられれば、それで良いって思ってたから・・・・・」
「七馬・・・どうして、そんなコト言ってくれるの?」
「は?」
「だって。いくら友達だからって、それじゃあまるで・・・・」

及子が全て言い切れず、顔を赤くしてしまうと、七馬はフッと笑みを浮かべた。

「フッ・・何?恋人同士みたいだって言いたいのか?」
「!か、七馬!!相変わらずあんた、人をからかうのが好きなんだから!!」
「ハハハハハッ!ようやく、いつものおまえらしくなったな。」
「ハウッ!ちょっと、七馬!?やっぱりからかったでしょ!?キーーーッッ!!!」
「ハハハッ。良かったよ、やっぱおまえはそーゆーノリでなきゃな。」

七馬にそう言われて、及子はやはり悪友止まりでしかないのかと思うと心が痛かった。それに、七馬も七馬だ。いつも思わせぶりなことを言っておいて、最終的には自分をからかって楽しんでいるのだから。
しかし、そんな七馬が誰よりも格好良くて、優しくて、及子にとってかけがえのない人なのは間違いなかった。

「もうっ、分かってるわよ!!どうせあんたとあたしは、昔からの腐れ縁なんでしょ!?」
「おいおい、そんな言い方すんなよ。これでも俺とおまえは、清い交際してたんだぜ?」
「どこがどう清いのよ!?あたしの記憶がないからって、あるコトないコト言うのはなし!!!」
「何だよ、それ。俺はあるコトしか言ってねぇっての。」
「ウソつけ!!大体あんたはいっつもそうやってからかってばっかりなんだから!!」

及子がそう言うと、七馬は全く動じずにフッと余裕の微笑を浮かべた。
どうして七馬はこんなに余裕があって格好良いのだろうか?同い年の筈なのに、七馬はこんなにも大人っぽくて魅力的だ。自分がひどく子供っぽい気がして、それが七馬と釣り合ってなさそうなのが嫌だった。
もっと大人になりたい。七馬と釣り合うような女になれれば良いのに・・・・・

「マジでからかってねぇっての。清い交際してたのは本当だぜ?」
「ちょっと、あんた。あたしがマジ切れしないとそのからかい文句やめないワケ?」

及子がわざと低い声でそう言うと、七馬の眉が少しつり上がった。

「おまえも聞き分けねぇな〜。俺はウソついてねぇっての。何なら沙織にも聞いてみろよ。」
「なっ・・・!あんたね〜!!それ、どーゆー意味よ!?あたしとあんたが、昔付き合ってたとでも言いたいワケ!?」

及子がヤケになってそう言うと、七馬はあっさりとそれを認めた。

「あぁ、そーゆーコト。」
「えっ!?」
「おいおい、何でそこで絶句して固まんだよ。フッ・・相変わらず、面白いヤツ。ハハハハッ!」

及子としては、完全に冗談で言ったつもりだったのだ。そんなことは絶対にあり得ないだろうと思いながら言っただけに、七馬にあっさり認められたことが信じられなかった。

「ちょ、ちょっと。まさかあんた、ここでウソついてるって言わないわよね〜?」
「・・そしたらおまえ、俺のコト半殺しにするだろ?」
「ウッ・・分かってんじゃないの。」
「大体そんなコトでウソついてどうすんだよ。俺とおまえは、本当にちょっとの間だけ付き合ったコトあるぜ。それはマジ。」
「ホントにそうなの〜!?えええぇぇーーーーーっっっ!?」

及子は半ば絶叫するような感じで七馬を見つめた。だが、七馬はそんな及子を見つめていつも通り余裕の微笑を浮かべるだけである。
及子にとっては、本当に信じられない新事実だった。そんなことは、沙織や悦子だって言ってないではないか。

「・・何だよ。おまえ、沙織や悦子さんから昔の話聞いたんじゃなかったのか?」
「そりゃあ、聞いたけど!!そんなコトは、沙織も姉さんも言ってなかったよ!?」
「ふ〜ん・・・・ま、別にいっか。」
「良くないって!!!沙織と姉さんが認めなかったら、あたし今の話信じないからね!?」
「あぁ、勝手にしろよ。」
「・・・念の為に聞いておきたいんだけどさ〜。あんたって、遊び人だったわよね?」

及子が複雑な表情でそう尋ねると、七馬は少し眉をひそめて及子を見つめた。

「おいおい、どーゆー意味だよ?それ。」
「あぁ〜っ!!信じらんな〜い!!何であたしがあんたと付き合った経験があんのよ〜!?今となっては記憶のない自分がもどかしいわ〜!!遊び人と付き合ったって良いコトなんかないだろうに!!!それであたしとあんたは別れたの?」
「勝手なコトばっか言うなよ。おまえの記憶がなくなれば、自然消滅すんのも当然だろ?」
「えっ・・・・?」

及子が驚いて七馬を見つめると、七馬は目線を下にして小さく呟いた。

「・・・おまえが例の事故に遭ったのは、小学校の卒業式の1週間後。で、俺がおまえに告白したのは、卒業式の当日。だから・・・本当に、ちょっとだけだったんだ。おまえと俺が付き合ったのは・・・・」
「七馬・・・・ウソ。それ、ホント?」
「ホント。だから、おまえが事故に巻き込まれて、意識不明だって聞いた時は、俺、本当にどうしてイイか分からなかった・・・・・事故って、残酷だよな。俺の想いも全て、水に流されちまったようなモンで・・・・」
「七馬。それじゃあ、あたし・・・・」

及子が驚いていると、七馬は再び及子を見つめて、いつもの余裕の微笑を浮かべた。

「・・おまえは何も悪くねぇだろ?おまえが生きてれば、こうしてまた会うコトだって出来るんだしさ。でも、俺の気持ちはあの時からずっと変わらねぇ。変わるワケがねぇんだ・・・・」
「七馬・・・・あの、それって・・・・」

及子の胸は、最高にドキドキと高鳴っていた。七馬からは微笑が消えていて、真摯な表情で及子を見つめると、そっと及子の頬に手を置いた。


  

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