第24話

姉・悦子から真実を語り聞いた5日後。及子はいつものように学校に足を運んでいた。

悦子は帰ってきた翌日のみ休みだったが、次の日からは早朝から仕事ということで、既に家にはいなかった。
毎度タフな姉はスゴイなぁ、などと思いながら及子が学校に到着するや否や、校門前がものすごい状態になっていた。
それと言うのも、『七馬様、お帰りなさい!!』と言った旗を持った人たちや、『I LOVE七馬様』と言った旗を持った人、七馬の顔が映っている団扇等を手に持った何百・・いや、ほぼ何千人に近い数の女の子たちがその場に集合していたからである。

「うっわ。もしかして、今日七馬が戻ってくるのかな・・・?」

及子が小さくそう呟きながら、校門に足を踏み入れたその時だった。

「あっ!ちょっと待って下さい。あなたはひょっとしたら、七馬様がお気に入りの、大藤及子さんという方ですよね?」
「えぇっ!?あ、はい。お気に入りかどうかはともかく、大藤及子です・・・・」

及子に声をかけてきたのは、『七馬様LOVERS』という大きな横断幕がかかっているファンクラブのリーダーのようである。
なぜリーダーなのか分かるのかと言うと、『七馬様LOVERS代表』と大きく書いてあるたすきをしているからだ。

「やっぱり!!じゃあ、ここにいて下さいませんか?七馬様が、本日から学校に戻って来られることはご存知ですよね?」
「えっ!?あっ、はい。今日か明日に来るってコトは・・・・」
「さすがですね。じゃあ、今日は私たち『七馬様LOVERS』に協力していただけないでしょうか?」
「はい?それは一体、どーゆーコトで・・・・?」

と及子が言った次の瞬間だった。校門にいた何百人もの女の子たちが、一斉に『キャーーーーーッッッ!!!!』と、天をも貫いてしまいそうな歓声を上げた。
及子は耳がちぎれるんじゃないかと、思わず耳を押さえながら見てみれば、校門前にやって来たのは皆のアイドル・七馬だった。
元から七馬は格好良かったが、久しぶりに見たせいか、はたまた及子の想いが強いからか、以前にも増して格好良く見えた。そんな七馬を見れただけで、及子はドキドキしてしまう。

『キャーーーッ!七馬様、七馬様〜!!!私たちは、七馬様が学校に来られることをお待ちしてましたーーーー!!!』
『七馬様、大好きです〜!!!お帰りなさ〜い!!!』
『七馬様、愛してま〜す!!お仕事お疲れ様で〜す!!!』

どうやらそれぞれのファンクラブ内で七馬に何を言うか考えてきているらしく、どこのファンクラブもそれぞれ七馬に熱のある声援を送っていた。
及子が「さすが国民的アイドル・・・」と思いながら七馬を見ていると、ふと七馬と目が合ってしまった。
慌てて及子は目を反らしたのだが、そうしたら及子の隣にいた『七馬様LOVERS』のリーダーが一歩前に進んでいた。

「キャーーーーッ!!七馬様〜!!!学校に戻られる日が待ち遠しかったです!お帰りなさいませ!七馬様!!」
「ん?あぁ。ただいま。」

七馬が笑顔でそう言っただけで、『七馬様LOVERS』の周りの女の子たちが『キャーーーーーーッッ!!!』とか『七馬様素敵〜!!!』という悲鳴を上げていた。
更に四方八方から叫び声やら七馬への黄色い声が聞こえてくる中、及子が驚いて七馬を見ていると、再び七馬と目が合ってしまった。
慌てて視線を反らしたものの、七馬が自分に近付いてくるのが分かって、及子は胸がドキドキするのを感じていた。

「よっ、久しぶり。ここで、俺のコト待ってたのか?」
「えっ!?い、いや、そーゆーワケじゃあ・・・・」
「何だよ、つれねぇな・・・・俺のコト、見てくれねぇの?」
「いっ、いや。だから!何でそんなに近付くのよ!?あんたは!!」

本当は七馬がこうして傍にいてくれることが嬉しいのに、口では正反対の事を言ってしまう。
七馬の前で素直になりたいと思いながら、それが出来ない自分がひどく腹立たしかったが、沢山の女の子たちがいる手前、こうする事で自分を制御するしかないのだ。

「・・ダメか?」
「!もう、あたしのコトはイイから!!」

及子はそう言って、沢山いる女の子たちの間をすり抜けて、学校の方に走って行った。
沢山の女の子たちが見ている前で、七馬とあんな風に話すだけで恥ずかしいのに、素直になれないもどかしさもあって、及子は自分で自分がイヤになってしまった。
人込みを抜け、大学講堂に入った所で及子は走るのをやめて、フゥ〜ッと息をついた。

「あたし、七馬が帰ってきて早々何やってるんだろ・・・・素直になりたいって思ってるのに、どうしてあんな風にしちゃうんだろ。あたし、絶対七馬に嫌われた・・・・」

七馬にだけは嫌われたくなかったが、自分のやっている事を考えれば、嫌われるのも当然だ。そう思うと情けなくて、悲しくて、及子の目から涙がこぼれ落ちてきた。
しかし、ここは人目も多い。何とかして自分が泣いていることを気付かれないようにと、及子は思いっきり下を向きながら、ハンカチを取り出して涙を拭いた。しかし、涙はそう簡単に収まってくれそうにない。

「ウゥッ。あたし、あたし・・・・!!」

及子が完全に立ち止まって、下を向いて泣いていたその時だった。「あら、及ちゃん?」という優雅な女の子の声が聞こえてきたのは。及子がパッと顔を上げて見てみれば、そこにいたのは大財閥の美少女・沙織と芸能リポーターのテルだった。
沙織とテルは、及子が泣いているのを見て驚いたようだ。先に行動を起こしたのは沙織で、すぐに及子の肩にそっと手を置いた。

「及ちゃん、どうか致しましたか?」
「あ・・沙織、テル。あたし・・・・!」
「Oh〜、及子サ〜ン。何があったか分かりませんが、泣かないで下さ〜い。今日から七馬ク〜ンもいらっしゃいますし、ネ!」
「テル。でも・・・・!」
「・・ひょっとして、その七馬が及ちゃんの事を泣かせたんですの?そうだとしたら、許せませんわね・・・・」
「あっ、違うよ沙織!七馬は、何も悪くなくて・・・・」

と、及子が言ったその時。七馬が沢山の女の子たちを引き連れて大学講堂に入って来た。
そのことで、改めて七馬に「お帰りなさい」を言う人がいたり、写メを取ったりする人など様々いたが、沙織はそんな七馬を見て、及子から離れるとそちらに向かって歩き出した。
及子とテルが止める間もなく、沙織は七馬の前に立ちはだかった。さすがに七馬と同じ大財閥である沙織を止める女の子たちはなく、七馬は少し驚きながら沙織を見た。

「ん?何だよ、沙織。俺に何か用か?」
「えぇ、とても大事な用ですわ。及ちゃんを泣かせた罪は大きいんですの。」
「は?俺が、あいつを泣かせたって・・・・?」
「ご自覚がないなんて、信じられませんわね。ですから、私はあなたに及ちゃんを近付けさせたくないのですわ。」
「あっ、待った!沙織!!違うよ、違うの!!」
「及ちゃん・・・・」

及子は涙を拭きながら、沙織の誤解を解くべく自ら進んでそう言った。

「ごめん、七馬。皆さんにも、迷惑かけてすみませんでした!」

及子が深くお辞儀をしてそう謝ると、七馬の傍にいた沢山の女の子たちがヒソヒソと何か呟くのが聞こえてきた。
それが及子には痛かったが、七馬のせいでないのは確かだし、泣いたのは自分がどうしようも出来ないせいだと自覚していることで、気まずいながらもそれを受け入れるより他なかった。

「及ちゃん・・・及ちゃんが謝られることはないのですわ。申し訳ございませんでした・・・・」
「うぅん、沙織のせいじゃないよ。誰のせいでもないから・・・・!」

沙織や、テルがさり気なく及子を気遣ってそっと肩に手を置いてくれた優しさに触れたことで、また及子は泣いてしまった。
それまで自分はこんなに涙腺が弱かっただろうか?などと思いながら泣くことしか出来ずにいると、誰かが及子の所に近付いてくる気配がした。
そう、それは七馬だったのだが、七馬が及子の所に行こうとしただけで、周りにいた女の子たちが色々言い出した。

「七馬様、行かないで!」
「どうしていっつもその人ばっかりひいきにするんですか!?」
「何か噂によると〜、あの子ってぇ〜、大藤悦子の妹らしいよ?」
「あ、そっか!大藤悦子と七馬様って言えば、仲良いコトで有名だもんね〜。」
「そこに取り入って七馬様と仲良くしてるんだ〜?超ズルくな〜い?」
「だよねぇ〜。うっわ、最悪なんだけど〜、あの子〜。」
「七馬様、そんな子ほっといて行きましょうよ!早くしないと、1コマの講義が始まっちゃう!!」
「・・・あのさ。俺の文句言うのは構わねぇけど、コイツの文句言うのはやめてくれねぇ?スッゲー腹立つから。」

それまで女の子たちの話を色々聞いていた七馬がそう言うと、女の子たちは一斉に黙り込んでしまった。それと言うのも、七馬の形相が怒りに満ちていたからだ。
普段ファンの女の子に優しい七馬が、そのような一面を見せたのだ。女の子たちの誰もが何も言えずに固まっていると、七馬は及子をそっと自分の方に抱き寄せた。

「・・俺が悪かった。ごめんな・・・・」
「や・・っ・・・!七馬、ちが・・っ・・・!」
「・・やはり、あなたが及ちゃんを泣かせたんですのね?」

沙織がそう言うと、七馬は親指をスッと立てて言った。

「あぁ。それ以外にあり得ねぇだろ?」
「・・・七馬ク〜ン。もう少しで、1コマが始まってしまいま〜す。幸い、1コマは学年全員の必須科目で〜す!なので、講義内容はボクと沙織サ〜ンに任せて、七馬ク〜ンはどこかゆっくり出来る場所で、及子サ〜ンとお話したらどうでしょうか?」
「フッ・・さすがだな、テル。んじゃ、それで頼んだぜ?」
「・・仕方ありませんわね。あなたの肩担ぎは嫌ですが、及ちゃんの為ですもの。たまには協力致しますわ。」
「サンキュ、沙織。んじゃ、よろしくな?テル。」
「ハイ!!では、沙織サ〜ン。行きましょうか!!」
「えぇ、そうですわね。それでは七馬、御機嫌よう。及ちゃん、どうか早く、お元気になって下さいね?そして、私に幸せを下さると嬉しいですわ。」
「沙織・・・テル・・・ありがとう・・・・!」
「イイエ〜!!それじゃ、バイバ〜イ!!」

友達・・いや、親友というのは最高の存在だ。自分が迷惑をかけたにも関わらず、協力してくれるのだから。その優しさが身にしみて嬉しくて、及子は涙を止めることが出来なかった。
それまで七馬の周りにいた女の子たちも散り散りになり、チャイムも鳴ったことで、講堂内は一気に人がいなくなった。
その場で嗚咽にむせびながら泣く及子を、七馬は優しく抱き締めながら頭を撫でていた。

「ウッ・・・!かず、ま・・・・!」
「・・どうしてだろうな。おまえの笑顔が見たかったのに・・・おまえのコト、泣かせちまうなんて・・・・」
「ち、違う、よ・・・・!七馬の、せいじゃあ・・・・!」
「そりゃまぁ?俺のせいじゃないかもしんねぇけど、少なからず俺が関わってるだろが。だって、俺と別れてすぐだろ?おまえがこうなっちまったの。」
「でも・・・・!」
「まぁ、いいからさ。1コマ分沙織とテルが時間くれたから、どっか空いてる教室にでも入って、ゆっくり話そうぜ?おまえ、俺に聞きたいコトあるって言ってたよな?」
「うん・・うん!七馬・・・・!」
「おまえ、歩けんのか?俺がおぶってやろうか?」
「ヤッ、それはイイ!!歩けるから・・・・」
「そっか。んじゃ、適当に回ってみるか。」


  

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