第23話

その日の夜。及子は部屋の中で大好きな音楽のMDを聴きながら過ごしていたのだが、玄関から「ピンポーン」というドアホンの音が聞こえたことで、すぐさまそちらの方に向かった。

階段をダダダーッと下りて、「はい、どちら様ですか〜?」と聞くと、返ってきた答えは・・・・

「あっ、及子〜!!お姉ちゃんです!鍵、開けてもらえるかしら?」
「ねっ、姉さん!?」

そう。及子の耳に馴染み深いこのハイトーンボイスは、姉の悦子であった。
鍵を持っていないのかと驚きながらドアを開けると、そこには大量の荷物を抱えた姉の悦子とマネージャーの匠がいた。

「ウフフフッ!ありがとう、及子!匠ちゃん、大丈夫?」
「はい。及子さん、お邪魔致します。」
「あっ、は、はい!どうぞ、匠さん・・・・」

姉の悦子も両手に荷物を抱えていたが、両手に重そうなスーツケースを持って入ってきたのは、マネージャーの匠であった。

「ありがとう!匠ちゃん。これで、荷物は全部だったわよね?」
「はい。長い収録お疲れ様でした、悦子さん。明日1日しか休みはないですが、ごゆっくりお過ごし下さい。」
「そうね!匠ちゃん、あなたもね!」
「お気遣い、感謝致します。それでは及子さん、お邪魔致しました。」
「えっ!?あっ、あの、待って下さい!匠さん。せっかくいらしたんですから、お茶の一杯位・・・・」
「そうね!匠ちゃ〜ん。お仕事とは言え、こんなに大量の荷物をここまで運ばせちゃったんだもの〜。車は邪魔にならない所に止めたし、ゆっくりしていって!」

悦子に笑顔でそう言われては、匠も引き下がれなかったのだろう。目を閉じてスッと眼鏡を持ち上げると、小さくお辞儀をした。

「ありがとうございます。それでは、少しだけ・・・・」
「そんなこと言わないで、匠ちゃん!今日はね、昔話をしたいと思ってるの!だから、しばらく一緒にいましょう?ウフフフッ!じゃあ、及子。3人分の飲み物用意してもらえるかしら?ホットコーヒーでよろしくね!」
「あっ、うん。分かった・・・・」

いよいよ電話で話した、あの時の話をしてもらえる時が来たのだ。沙織の言っていたことを疑っている訳ではないのだが、未だに信じきれてない部分もある。だが、それを悦子に全て説明してもらえれば納得出来るだろう。
及子は少しドキドキしながらホットコーヒーを用意し、リビングのテーブル前に座り込んだ悦子と匠の所に持って行き、最後に自分の分を持ち、悦子と匠と向かい合う形で座った。

「ありがとうございます、及子さん。いただきます・・・」
「私も、いっただっきま〜す!!・・・でぇ〜、早速なんだけど、この間のお話ね!うぅ〜ん、どこから話そうかしら?・・・及子。元々私たち家族が、この琥珀区に住んでいたことは伝えたわよね?その当時、家のお隣は七馬ちゃんの家だったのよ。」
「えぇっ!?マジで!?」

それは沙織から聞いていない新事実である。早速及子が驚いていると、匠がゆっくりコーヒーを飲みながら言った。

「・・・懐かしいですね。その頃は、僕も七馬君の家で過ごしていました。及子さんや悦子さんとお会いしたのも、その頃でしたね。」
「えっ!?」
「ウフフッ、そうだったわね〜!!と言っても、私も匠ちゃんも、お互いに面識持ったのは随分後だったわね!・・って私たちの話はいいとして。あなたはその頃から、七馬ちゃんととっても仲良しだったのよ♪ついでに母親同士もとっても仲が良かったわ。いつも家族ぐるみで毎日楽しく過ごしてたの。それは、あなたが幼稚園の時から小学校を卒業するまで続いたわ。」
「そうだったんだ・・・・知らなかった。ウチのお母さんって、七馬のお母さんと仲が良かったんだ?」
「そうね〜!と言っても、あなたが事故に巻き込まれてから、母さんは七馬ちゃんのお母様から遠ざかってしまったわ・・・って、まずはあなたが事故に巻き込まれたことから話さなきゃダメね。父さんが車と車の衝突事故で亡くなったわよね?実は、その時の事故にあなたも巻き込まれてしまったの。幸い、あなたは外傷がほとんどなかったのだけど、ショックが大きかったみたいで、何日間も眠ったままの状態だったわ。そしてあなたがようやく目覚めたかと思ったら、あなたは母さんや私のことはもちろん、自分の名前すら覚えてなかったの・・・・」

悲痛な表情でそう言う悦子を見て、及子は心がぐらついた。
悦子の隣にいる匠は黙ったまま話を聞いている。しかし、悦子に同情しているのは確かだった。

「・・さすがに、あの時はショックだったわ。大好きな妹が、私のことを全然覚えてなかったんだもの・・・・でも、あなたが生きていることに感謝しなければいけないって思ったわ。だってあなたを失ってしまったら、私は母さんと2人ぼっちになってしまうんだもの。だから、当時のお医者様の言った通り、私と母さんは、あなたに1つ1つ記憶を教えていったわ。あなたの名前、家族、あなたがそれまで何をしてきたか・・・・・それで、さっきの七馬ちゃんのお母様の話につながるの。」
「えっ・・・・?」
「・・七馬ちゃんのお母様はね、あなたのことがとてもお気に入りだったの。それで、もっとお金をかければ早く回復出来るんじゃないかって、母さんに提案したみたいなのよ。でもね、それは七馬ちゃんの家に借金するってことじゃない?七馬ちゃんのお家は大財閥だから、ちょっとやそっとの出費位、どうってことないんでしょうけど・・・・七馬ちゃんのお母様が提案してきた金額は、とても家では払いきれない額だったわ。父さんも失ってしまったし、あなたの入院費代で精一杯だったから・・・・・だから母さんは誰にも何も言わず、あなたを連れて遠い所に引っ越したの・・・・それから先、母さんと七馬ちゃんのお母様は連絡を取り合っていない筈よ。」

悦子はここまで言った所で、コーヒーを飲んだ。それから沈黙が降りかかる。
自分の身にそんなことがあったなんて、今まで知らなかったことがバカみたいだ。それまで記憶がないことを気にしたこともあったが、母親や悦子が『気にしなくてもいい』と言っていた内容が、これほどまでに奥深かったとは・・・・・

「・・そう、なんだね・・・・あたし、本当に何も知らなかった・・・・」
「ウフフッ。まぁ、それは当然よ♪でも、小さい時のあなたと今のあなたは、何も違わないわ。昔の記憶はないかもしれないけれど、あなた自身は何も変わってないの。それは安心していいわ!」
「でも。あたしは、沙織や七馬のこと、何も覚えてなくて・・・・2人にまた会って、つらい思いさせちゃったよ・・・・?」

及子がそう言うと、悦子はもちろん、匠も少し驚いた顔をした。悦子はすぐにブンブンと首を横に振って及子に声をかけた。

「そんなことないわよ〜!!沙織ちゃんと七馬ちゃんは、ずっとあなたに会いたがっていたわ。あなたが記憶を失ってしまった原因も知っているし、それがあなたのせいじゃないってことも分かってる。だから大丈夫よ!」
「そうですね・・・・僕も、悦子さんの仰る通りだと思いますよ。」
「匠さん・・・・」

匠にまでそう言われると、及子はどうしても強気に攻めていけなかった。匠は目を閉じて、スッと眼鏡を持ち上げる。

「少なくとも七馬君は、及子さんとお会い出来た事をとても喜んでいました。七馬君はずっと、及子さんにお会いしたかったようですから・・・」
「そうだったんですか・・・・でも、匠さん。あたしは、そんな七馬や沙織の気持ち、何も分からずにきちゃったんです。それってあたし、最低じゃないですか・・・・?」

及子が泣きそうな顔でそう言うと、匠は冷静な表情のまま及子を見つめていた。一方の悦子は、及子のその言葉を聞いて悲しそうな表情をした。

「ヤ〜ン!そんなことないわよ〜、及子〜!!だから、そんな顔をしないで。私も、悲しくなっちゃう・・・」
「・・及子さん、あなたは本当にお優しい人ですね。そのような所は、昔から変わっていません・・・・及子さん、どうかご自分の心を苦しめずに、いつものままいて下さい。それが、七馬君にとっても、沙織さんにとっても、一番良い事ですよ。」
「そうね、匠ちゃんの言う通りよ!及子。あなたが記憶をなくしてしまったのは、もうどうしようも出来ないことだわ。それで自分を責めてはダメよ?」
「姉さん、匠さん・・・・ごめん、なさい。ごめん・・なさい・・・・!!」

及子は悦子と匠の優しさを感じて、とうとう我慢していた涙を出してしまった。
俯いて泣くことしか出来ない及子だったが、その時悦子が及子の隣に来て、そっと頭を撫でた。

「もう、あなたが謝らなくてもイイことなのよ?はい、イイ子、イイ子♪あなたが苦しむことはもうないわ。むしろ、私が今までこのことを言わずに、あなたを苦しめてしまってごめんなさい。」
「うぅん・・・・!そんな、ことない・・・・!ねえ、さんは・・・何も、悪く、なんか・・・・!」
「及子・・・・ごめんなさい。あなたをこんなに泣かせてしまって・・・・私、七馬ちゃんに合わせる顔がないじゃない。」
「え・・っ・・・・?」
「ウフフフッ。今度七馬ちゃんとデートするんでしょ?その時、このことについて聞くのよね?七馬ちゃんは小さい頃から、あなたを大事にしてくれた子だったわ。あなたをこんなに泣かせたら、私が七馬ちゃんに恨まれちゃうじゃない。」
「アハ・・・アハハハハ。姉さん、ったら・・・・」

悦子が、及子を泣き止ませようとしてそう言っていることは目に見えていた。その悦子の優しさが身にしみて、及子は再び涙を流してしまう。
そんな及子の頭を、悦子は『良い子』と言わんばかりにずっと撫でていた。匠もそんな2人の姉妹愛を見て温かく微笑んでいる。

「ウフフフッ!取り敢えず、あなたは何も悪くないわ。だから、いつものままいてね?もう泣いちゃダメよ?イイ?」
「うん・・・分かった、姉さん。ありがと・・・・」
「イイ子ね!及子。さっすが、私の大好きな妹よ!」
「アハハハハ。もう、姉さんったら・・・・」

悦子のおかげで、及子はようやく泣き止むことが出来た。悦子は笑顔で及子の頭を再度撫でてから、匠の隣に戻る。

「何はともあれ、今まで言わずにいてごめんなさいね。沙織ちゃんが我慢出来ずに言い出したのも無理ないわ。きっと七馬ちゃんも、隠すのがそろそろ限界だったと思うもの。そうでしょう?匠ちゃん。」
「・・そうでしょうね。正義感の強い七馬君の事ですから、恐らくは・・・・」
「やっぱりそうよね〜。ハァ〜・・・・沙織ちゃんと七馬ちゃんに会った時点で、私が先に話しておけば良かったわね。失敗したわ・・・・」
「いや。姉さんは何も悪くないよ・・・・きっと、誰も何も悪くないんだ。ウン・・・・」

及子がそう言うと、悦子はパッと明るい笑顔を見せた。

「そうよ!悪いのは、父さんとあなたを事故に巻き込んだ犯人だもの!!って、その時の事故で亡くなってしまったから、責めようにも責められないけれど・・・・及子。色々複雑かもしれないけれど、昔は昔、今は今よ!あんまり深く考えずにいてね!それだけは、約束してもらえるかしら?」
「うん、分かった。姉さん、約束する。」
「ありがとう!及子。じゃあ、指きりゲンマンしましょ!」
「ウン、そだね。」

そうして、及子と悦子は小指をお互いに絡めて指きりの約束をした。それを優しい表情で見守っていた匠が、スッと立ち上がる。

「あら?匠ちゃん、もしかして帰っちゃうの?」
「えぇ。及子さんも落ち着きましたし、悦子さんもお疲れでしょうから・・・・」
「ウゥッ。すみません、匠さん・・・ありがとうございます。」
「そうね〜。本当は、もっと一緒にいたい所だけど・・・・またね、匠ちゃん。」
「はい。お邪魔致しました。」

そうして、及子と悦子で匠を玄関まで見送ったのだが、匠がいなくなってから悦子が寂しそうな表情をしていることに及子は気が付いた。

「アウ。姉さん・・・ごめんね。」
「あら?どうしてあなたが謝るの?」
「いや・・・匠さんのこと、無理やり帰らせちゃったかな〜?って。あたしがいなければ、泊まりとかも出来そうなのに・・・・」
「も〜う、及子ったら〜。余計な気は回さなくていいのよ?それに・・・まぁ、ね。あなたの言っていることも一理あるのだけど・・・・最近の匠ちゃんは、前にも増して冷たくなったって言うか・・・・あなたがいてくれたから、今日は匠ちゃんもこうしていてくれたと思うの・・・・」
「へっ?それ、どーゆー意味?姉さん。」

及子が驚いてそう言うと、悦子はわざと明るい笑顔を見せた。

「ウフフフッ!気にしないで!それより及子、七馬ちゃんなんだけどね!多分、後4、5日したら学校に来ると思うわよ!」
「えぇっ!?何か、予定より随分早いんじゃない?どうしたの?」

悦子と匠のことも気になったが、ここは悦子の話題に素直に乗ることにした。話を蒸し返してしまったら、悦子に悪いような気がしたからである。

「えぇ。ほら、この間あなたと七馬ちゃん、電話で話したじゃない♪そしたら、七馬ちゃんのやる気が戻ったみたいなの。実を言うとね、七馬ちゃんが主演の映画って、今回が初めてなのよ〜!!だから、色々不安だった部分も多いみたい。七馬ちゃんにしては変なミス繰り返してた所もあったし・・・・でも、あなたと話した後は、とっても順調に進んでいるの!だから、もう少しでロケが終わりそうなのよ!」
「そうなんだ・・・・あたし、七馬の役に立ててるのかな?」

及子がドキドキしながらそう言うと、悦子は笑顔でコクンと頷いた。

「もっちろんじゃな〜い!!ねぇ、及子。その内、七馬ちゃんに告白してみなさいよ!七馬ちゃんならきっとあなたのこと、大事にすると思うわよ!」
「いっ!いやいやいや!!そっ、それはイイ。イイから!!!」

及子は大声でそう言ったものの、その顔は真っ赤だった。悦子はたまらずにクスクスと笑ってしまう。

「ウフフフフッ。及子ったら、顔が真っ赤よ〜?本当は、七馬ちゃんとお付き合いしたいんでしょ〜?」
「ねっ、姉さん!!これ以上あたしをからかうのはナシ!!!ってか、そんなコト言うなら匠さんとの不仲の原因聞いちゃうよ!?」
「イヤ〜ン!!それをネタにしようとするなんて、私、あなたのことそんな風に育てた覚えないわ〜!!」
「育てるって・・・姉さん、それ話が違うから〜!!」

何だかんだ言って、及子はいつもの自分を取り戻していた。悦子の言う通り、昔は昔、今は今と割り切れたのだ。
それに、七馬にももう少しで会える。及子はそのことを楽しみにしながら、七馬のことを想うのだった・・・・・・・・


  

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