こどものひ



「あんちゃん!そのちまき、俺の!」
「あれ?そうだっけ?」
「小兄さま、そんなにちまきが欲しいのでしたら、私の分を差し上げますが」
「あ、いや、それは・・・・・
別にお前から奪おうってわけじゃなくてだな・・」

下の弟に菓子を譲られて結構本気でうろたえている発の表情が可笑しくて、伯邑考はくすくす笑う。 あんまりからかっても悪いから彼のちまきを返してやると、弟は一瞬照れたように顔を緩め それからふくれてこちらを睨んだ。目まぐるしく変わる表情に、結局伯邑考は笑ってしまうのだ。 おかげで益々頬を膨らす発へ「悪い、悪い」と微笑を返す。兄たちの一連のやり取りに、旦も 口元を僅かにほころばせている。
兄弟水入らずで過ごす時は、ただただ楽しい。


伯邑考は最近父に就いて政務を執りはじめたばかりである。
民という存在、国という存在の重みに圧倒される毎日だ。
慣れない仕事というだけでも肩が凝るのに、人々の幸せは自分の肩には重い。
周り全てを自分より大きな大人たちに囲まれながら、 父の背中はこうも大きかったのか、などと 気がつけば埒もないことを考えていたりする自分に苦笑する。
毎日弟たちと遊べていた日が懐かしい。

伯邑考が政務に就くようになってから、弟たちとともに過ごす時間はめっきり少なくなった。

発も旦も、それは仕方の無いことだと分かっていた。 分かってはいたがやはり不満でもあり、 お節句ぐらいは仕事しなくていいでしょう、と兄と父に交渉を持ちかけた。 旦の理屈が功を奏したのか騒がしい発の粘り勝ちだったのか。 とにもかくにもどうにか父の許しを得、弟たちは伯邑考に一日一緒に遊ぶ約束を取り付けたのだ。
背比べもし、ちゃんばらもし、お祝いの菓子を食べ、街外れの湖に竜舟競争を見に行って、 帰りには野原で薬草摘みに付き合ってくれ、菖蒲湯に一緒に入る、とのなかなかのハードスケジュール。
折角の休みなのにすこしもゆっくり出来ないな、と 伯邑考がこっそり溜息をついたとしても責められないところであった。


そして今、伯邑考は約束を履行中。
年の離れた弟たちは遠慮なしに元気で、朝から引っ張り回されている。
木々の緑は色濃く広がり、日差しはもう眩しいどころでなく暑い。
遠慮なしに元気なのは上の弟か。
一歩引いている下の弟も決して自分のそばを離れない。
そして折角の休みをおちおち休んでもいられない、ということを 実は不満に感じない自分に気づいて伯邑考は笑った。
羽根を伸ばすとはこういうことか。
感情豊かな弟を朝から構い倒して楽しんでいたのは伯邑考のほうであったと言えるだろう。
それはまったく彼にとってこそ価値あるひとときだったのだ。

さて、そろそろ出かけるか。
上天気で空は青い。湖にはいい風が吹いているに違いない。
華やかに竜をかたどった舟を屈強な街の青年たちが漕ぎ競うボートレースは、 端午の節句のメインイベント、男の子たちの1番の楽しみだった。
正午からスタートのレース、そろそろ出なければ間に合わない。


今にも出かけようとしていたところ、慌てた様子で伯邑考を呼びに来た文官がひとり。
只事でない風情に、伯邑考は弟たちに聞こえないよう席を外して問いただす。
「どうしたんだい、一体」

「折角お寛ぎのところ大変申し訳ないのですが」と馴染みの文官は 断りを入れた上で、口早に話した。 南方の邑にて、疫病の兆候が。既に数名が倒れた様子です。 姫昌さまからは現地では伯邑考さまにご対処いただくように、とのご指示でして。 申し訳ございませんがすぐに向かっていただきたく。

それは異を唱えることが出来る状況ではなかった。
即刻対処しなければ取り返しのつかないことになるのは明白。
節句の今日は人の動きも多いのだから。
流行り病は広がってしまってからでは遅いのだ。

それは納得していながらも、やはり一瞬自分は嫌そうな顔をしたに違いない。

何時の間にか近くに来ていた弟ふたりが、食い入るように自分の顔を見つめていたから。
「ごめんな、今日はもう遊んでやれないよ。」
こう言わざるを得ないことは辛かった。
約束したのに、と責められても仕方がない。

怒ったように唇を噛んでいた発の口から出た言葉は、けれど文句ではなかった。

「あんちゃん?俺手伝える?」

言っては悪いが、この弟からこんな言葉を聞くとは思わなかった。
好きなことしかやりたがらない子どもだと、思っていた。
いや、自分が好きなことしかやりたくないからこそ、 今から嫌いなことをやらなければならない兄を思い遣ってくれたのか。

こどもは、すこしづつこどもではなくなるのだ。

自分が今こうして、大人に入りかけているように。

伯邑考は発の髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。
「大丈夫だよ、発。あんちゃんに任せて心配しないで遊んでな」

感情豊かな弟は豊かに何もかもを感じる。

自分は決して政を嫌うわけではないのだ。
人々のために働くことは喜ばしいことで。けれど大変で。
嫌なことを我慢してやっているわけではないと、弟を安心させてやりたかった。
大変さを次の弟に負わせるつもりも伯邑考にはなかった。 それを、伝えたかった。

そして豊かな感情は人の幸せそのもので。
それを守ることは喜ばしくこそあれ、決して嫌なことではなかった。

くしゃくしゃにされた髪を押さえながら伯邑考を上目に睨んだ発は、安心したようににやっと笑った。
「・・ん!
よし、旦、じゃあ俺たちだけで遊びに行こうぜ。俺が連れてってやる!」
「小兄さまより私のほうが道も確かにわかっていると思いますが・・? まあ、参りましょうか。」

発と旦は残ったちまきをおやつに握って駆け出していく。
伯邑考はそれをゆっくり見送る暇もなく、文官とともに自分の持ち場へ足早に向かった。



伯邑考の生きている間、姫発が政治というものについて口を出したのは、 これが最初で最後だった。



端午の節句。黄家で少し考えていたらどうしても姫家に。
ところでほかの兄弟は?(100人も書けるわけない・・。)
あんちゃんはかもめさまのお宅の 魅惑的なイメージを引きずっている様子です。
ここではかなり押さえたのですが、はじめはどうにも意地悪でした。
魅力的なキャラクター造形にはつい引っ張られてしまいます(未熟者)。
さて歳時記、何だかどんどん嘘っぱち度がひどくなり。 どこがどう嘘かはこちら
節句という生活の区切りは殷周時代の彼らにはともかく 今の私達に必要なものだから、嘘もどうかお許しください。

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