此岸の実り
不意にひんやりとした風が吹き、私は首をすくめた。
微かに寒い。
その感覚が意識の奥で言葉という形を纏うと、改めてその感覚は久しぶりだと気付いた。
夏の気配はもう、遠い。
踵を返し、暖かな住処へと帰る。
外で彼方を見つめているのに未練がないわけじゃなかったけれど。
家に入って戸を閉めると、ほうっと肩の力が抜けた。
こんなふうに。外気に触れてきゅっと身が締まるのも、
このささやかな住いをあたたかいと思うことも久しぶり。
今日は陰陽相半ばする日、いまからは日ごと人恋しく思うのだろう。
ばたん、と荒っぽく戸の閉まる音が響く。
「おかえり」
無造作に振舞うから大きく開いた扉から冷たい風が一緒に吹き込んで来てたけど。
先刻よりもずっと温かく感じているなんて、君には気付かれていないよね?
こんな他愛のないひとことを発せることに心の底から安堵しているなんて。
この季節にはとりわけ、君が生まれて来てくれてよかったと思う。
秋風の吹き散らすひんやりとした気配は、誰かとともに感じるのなら温かさを際立たせる。
これは身勝手な感情かもしれないけど。
それでも君とともにいられて、ひとりじゃなくて、よかった。
今となってはとりわけに、この季節には彼方へと渡りたくもなるから。
今日は太陽が真西に沈む日。彼岸の中日。
岸の向こうへ渡った人を思う日。岸の向こうへ渡ることを祈る日。
岸の向こうにはみんながいる。
恋しく思わないはずがないけど。渡る術がないわけでもないけど。
作られた神界は、要するに宝貝に過ぎないのだから。
ワープゾーンを飛ぶことも、神界にこっそり入ることも、私が試みて出来ないはずはないけど。
「どうした?」
無愛想にも響く、この子のいつもの声が掛けられた。
ねえ。ひとりじゃなくてよかったよね。
だからこの子と共にありたいと、誰のことよりも強く願うから。
「うん?考えごとしてたんだ」
その子のほうを確かに見て、笑う。
ううん、とりたてて意図したわけではないのだけれど、私の顔には笑みが浮かんだ。
その勢いでもうひとこと言葉を添えると。
「ありがと」
途惑った視線が一瞬さまよって、結局そっぽを向いた。
「フン」
外は次第に冷え込んでいくけれど、私たちのこの住処はとても温かい。
その思いは即ち煩悩だけど、手放そうなんて絶対に考えもしないから。
この岸に私は残る。渡ることなんて試みない。
それでもいいかな、なんて呟きながら窓を開け、はるか彼方を見上げると。
すうっと涼やかな風が渡った。
亭主としては実は長く懸案でした、お彼岸です。
仏教と道教(?)が、つまみ食いされてます。
嘘
、というよりは生半可・・・不敬、かも(汗)。
しかし今年の季節の移ろいぶりはいつにも増して驚きですね。
暑さ寒さも彼岸まで、もここまで来ると立派(笑)です。
みなさま、ご自愛くださいませ。
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