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> 北から帰ってきた一行は、寡黙だった。 噂に聞いた神鷹がゆっくり飛んでくるのを遠目に見、 ああ、無事に和議なったのさ、とほっとしていた天化はいぶかしむ。 その理由はすぐに知れた。 西伯侯姫昌は、意識のないままに帰還したのである。
あれから3日。姫昌の容態は一向に回復しない。 居城に戻って落ち着けば、あるいは、と希望を抱いていた者はみな、覚悟を固めつつあった。 次に意識をとりもどしたときが最期だと。口にはしないが視線を交わし、この冷厳な事実を確認する。 何をするでもない、が、主だった者たちはみな姫昌のそば近くに控えている。彼の一挙手一投足だに見逃さぬように。外は上天気が続いている。かあん、と抜けるような青い空だ。鳥のさえずりも木の葉の擦れ合いもいつもと変わりはしないのに、いや、城内でもぼそぼそとかわされる言葉は止むことはないというのに、世界は静謐に支配されていた。 ふと、太公望の声が天化の耳を打った。 太公望とてさして大きな声で話しているわけではない、いや、声を押さえて話しているのだが、 幼く高い音であるからだろう、その声は痛いほどによく通った。 「姫発よ、少し休んでくるがよい。どうせ夕べも眠っていないのであろう」 「それはオメェだって一緒だろーが・・やだぜ。俺はここにいる。 オメェこそ寝た方がいいんじゃねえのかよ」 「ダアホ、わしはこれでも道士よ。おぬしと一緒にするでない。 だいたいおぬしが休まぬと旦や他のものたちも休めぬであろうが」 それでも姫発はこの場を離れることを肯んじない。太公望は同じ言葉を繰り返す。 ついにいらついた声を姫発はだした。 「うるせえ。どうせ寝ようったって寝れやしねえんだよ!」 瞬間、姫発がやべっ、と後悔したのが天化にも雰囲気でわかる。 「だから休んでこいとゆうておる」 そんなこと、わかっておった、と太公望はこともなげに言った。 だから休んでこいとゆうておるのだ、夜は眠れずとも、昼間ならわしらは皆起きている。 何かあればすぐに必ず起こしてやろうから、横になるがよい。 それともわしが信用できぬか? いや、眠るのが嫌なら眠らずともよい、少し外の空気を吸ってくるのだ。 自分が疲れて気が荒れていること、よく分かったであろうに。 所詮、姫発が太公望に口で勝てるはずもないのである。 「分かったよ、休んでくればいいんだろ。でも眠れねえ。 裏庭には、小高い丘が造ってある。そこからはこの部屋の外回廊が見えるから、 何かあればすぐにわかる。部屋の方から発を呼ぶにも回廊に出て叫ぶだけなので都合がよい。 太公望はうなずくと、穏やかな声を投げ掛けた。 「姫発・・何も起こらぬよ。ゆっくり休んでくるがよい」 発はフンと鼻を鳴らすと、すたすたと部屋を出ていった。 扉の隣で壁にもたれていた天化と、一瞬視線を絡ませて。 発に少し遅れ、黙って天化も部屋をでる。 太公望の眼差しが背中に届いていた。
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