前を見つめる城のなか 2
 



前を歩く発の背中はそうは遠くない。 走りはしないが少しづつ差を詰める。
かつかつと、回廊に二人分の足音が響く。
と、突然姫発は立ち止まり、天化の方に向き直った。

視線を受け止めながら、天化は発に近づいていく。
会話をするには少しだけ遠い距離で天化が足を止めると、姫発が口火を切った。

「何しに来たんだよ、天化。護衛だと思ってんなら、ついてくるんじゃねえよ。」
天化は苦笑を押さえるのに少しく努力を要した。

素直じゃねえ人さあ。意地張りたかったら誰とも視線を合わせちゃ駄目さあ。
あんなあーたに似合わない眼を見てあーたを放っとける人なんて、 あーたの知り合いの中にはいないっしょ。
・・・素直なのかも知れねえか。護衛じゃなきゃついてこいって言ってるさ。

だから天化は言葉を返さず、再び歩みを進めて姫発に近づく。

姫発は天化に背を向けた。
構わず天化が近づくと、肩が並んだところで姫発もまた歩き始めた。


黙って二人は歩を進める。
庭に出ると、陽光が優しく肌に触れた。 まぶしい、さあ。
ぬくもりをもたらす一方で、光は二人の影を黒々と地に映しだした。


丘の斜面、手ごろな岩に姫発はもたれかかって座り込む。
天化はそれを見下ろして言った。
「部屋の方は俺っちが見てるさあ。だから眠ったらいいさ。 あーたより俺っちの方が、目も、耳もいいかんね」
その言葉が届かなかったかのように、「座れよ」と発は呟く。
天化はまた苦笑しかけたが、何も言わずに従った。

座ったまま、姫発はずっと、ずっと姫昌の部屋を見つめている。
天化は煙草に火をつけた。


ふと、姫発が言葉を紡ぐ。
「なあ・・、紂王ってどんな奴だったんだ?」
視線は姫昌の居るところに向けたまま。

天化はふーっと煙を吐いた。
そして姫発の横顔に向かって言い放つ。
「発ちゃん、言いたいことははっきり言ったほうがいいさ。 あーたがほんとに聞きたいことはそんなことじゃねえさ」

いまの発ちゃんは、ホント、素直じゃねえのさあ。
あーたが紂王のコトを聞くのもわかるけど、 あーたはそのわけわかってるさ?
発ちゃんの質問、答えてもいい。けど、いまはその気にならねえさ。

それを聞いた姫発はわずかに天化の方へと顔を向けた。
まっすぐ見返すと発はくっと口を曲げ、また姫昌の居室に視線を戻す。


天化は待った。
程無く、沈黙を諦めたように姫発は言葉を継いだ。

「なあ、天化。俺は、親父みたいな王に、なれんのか?」

親父は、きっと逝っちまうんだろ。
まだ、はやい。早過ぎるぜ。
こんな俺を遺していくのって、親父不安じゃねえのかな。
怖ぇ。
親父にそんな思いをさせんのは、怖ぇよ。

こぼれる言葉を漏らさぬように聞き入りながら、 天化は姫発の横顔を見つめる。
そして彼は煙草を消した。
自分が突き放したのではあるけれど、 己の不安を受け入れるのが容易いことでないのはわかってる。
天化の視線が真剣なうちにも少しの安堵と尊敬を含んでいること、 きっと姫発は気づかなかった。



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