前を歩く発の背中はそうは遠くない。 かつかつと、回廊に二人分の足音が響く。 と、突然姫発は立ち止まり、天化の方に向き直った。 視線を受け止めながら、天化は発に近づいていく。 会話をするには少しだけ遠い距離で天化が足を止めると、姫発が口火を切った。 「何しに来たんだよ、天化。護衛だと思ってんなら、ついてくるんじゃねえよ。」 天化は苦笑を押さえるのに少しく努力を要した。 素直じゃねえ人さあ。意地張りたかったら誰とも視線を合わせちゃ駄目さあ。 あんなあーたに似合わない眼を見てあーたを放っとける人なんて、 あーたの知り合いの中にはいないっしょ。 ・・・素直なのかも知れねえか。護衛じゃなきゃついてこいって言ってるさ。 だから天化は言葉を返さず、再び歩みを進めて姫発に近づく。 姫発は天化に背を向けた。 構わず天化が近づくと、肩が並んだところで姫発もまた歩き始めた。 黙って二人は歩を進める。 ぬくもりをもたらす一方で、光は二人の影を黒々と地に映しだした。 丘の斜面、手ごろな岩に姫発はもたれかかって座り込む。 天化はそれを見下ろして言った。 「部屋の方は俺っちが見てるさあ。 その言葉が届かなかったかのように、「座れよ」と発は呟く。 天化はまた苦笑しかけたが、何も言わずに従った。 座ったまま、姫発はずっと、ずっと姫昌の部屋を見つめている。 天化は煙草に火をつけた。 ふと、姫発が言葉を紡ぐ。 「なあ・・、紂王ってどんな奴だったんだ?」 視線は姫昌の居るところに向けたまま。 天化はふーっと煙を吐いた。 そして姫発の横顔に向かって言い放つ。 「発ちゃん、言いたいことははっきり言ったほうがいいさ。 いまの発ちゃんは、ホント、素直じゃねえのさあ。 あーたが紂王のコトを聞くのもわかるけど、 あーたはそのわけわかってるさ? 発ちゃんの質問、答えてもいい。けど、いまはその気にならねえさ。 それを聞いた姫発はわずかに天化の方へと顔を向けた。 まっすぐ見返すと発はくっと口を曲げ、また姫昌の居室に視線を戻す。 天化は待った。 程無く、沈黙を諦めたように姫発は言葉を継いだ。 「なあ、天化。俺は、親父みたいな王に、なれんのか?」 親父は、きっと逝っちまうんだろ。 まだ、はやい。早過ぎるぜ。 こんな俺を遺していくのって、親父不安じゃねえのかな。 怖ぇ。 親父にそんな思いをさせんのは、怖ぇよ。 こぼれる言葉を漏らさぬように聞き入りながら、 天化は姫発の横顔を見つめる。 そして彼は煙草を消した。 自分が突き放したのではあるけれど、 己の不安を受け入れるのが容易いことでないのはわかってる。 天化の視線が真剣なうちにも少しの安堵と尊敬を含んでいること、
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