サンタクロースってほんとにいるの? .
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クリスマスの朝 サンタクロースとプレゼント
その日の夜、眠る前。
天化は昨日公主に貰ったミンスパイをお皿にひとつ置きました。
「どうしたんだ、天化?まさかいまから食べるわけじゃ・・・」
「何ゆってるさ、もう歯も磨いたさ!そうじゃなくてコーチ、これはサンタさんの分さ♪」
ほんとはお酒も付けてあげるんだけど、それはやめといたほうがいいかもって言われたさ。
誰に?ここまで聞いた道徳はもちろん道徳は反射的に天化を問い詰めたくなりましたけれど、賢明にも押し留めました。いま予想しているとおり公主に、と天化に答えられたとき、次にいったいどうしたらよいでしょう?
サンタさんはきっと食べてくれるさ〜♪
無邪気に笑う天化に、道徳はあいまいに笑って返すしかできませんでした。
それでも天化はちゃんとその夜寝んでくれたので、道徳は心底ほっとしました。
サンタクロースが来るまで待っているさ、なんて言いだしたらどうしようかと思っていましたから。
もっとも、しっかりと靴下は枕元に用意してありましたけれど。
これもきっと誰かに教えてもらったのでしょう。
「でもなあ、天化。こんな小さな靴下じゃ何も入らないぞ?」
灯りの消えた寝室で。天化の枕元に佇む道徳は小さく呟きました。
彼が用意していたのは新しい運動靴でした。
靴、すぐ履きつぶすからな。
走り回ってばかりいるから、いま天化が履いている靴ももう相当にぼろぼろです。
あまりに普段遣いすぎてプレゼントとはちょっと違うんじゃない?と太乙あたりなら言うかもしれないな、とふと思わないでもありませんでしたが、天化が喜んでくれることには彼は疑いを持っていませんでした。
「素直な「いい子」だもんなぁ」
天化は喜んでくれるでしょう。
そのプレゼントが道徳からのものだと分かっても、たぶん。
サンタクロースが来なかったら、でも、悲しむんだろうな。泣くかな?
泣かないまでもがっかりしてちょっとうなだれた子どもの姿が、一瞬まざまざと眼に浮かんでしまいました。
・・・・・。
いま道徳が左手に抱えているプレゼント。
物事にこだわらない道徳にしてはめずらしくというべきか、ちゃんとクリスマスカラーでラッピングもしてあります。
このまま枕元に置いていって、ミンスパイを食べてしまって、明日の朝いっしょに驚いてやればいい。
別にサンタクロースが来た、ってわざわざ言う必要はないのです。
そうでなければ、パイはそのまま。道徳からのプレゼントを渡すのはサンタクロースとは関係なし。
いや、まあ、もう時機を逸したよなあ。
ここでサンタクロースを否定するのはそれこそ今日まで騙してきたようなものだとも思います。
だけど、サンタクロースを装うのは簡単だけど、けれどそれは道徳なのに。
来年も再来年もそのつぎも、ずっとこれまた信じている子どもを騙すのでしょうか。
「よく寝てるよなぁ」
なんとなくご機嫌な、やすらかな寝顔。
朝になって目を覚ましたら、きっと飛び起きて靴下を確認するのでしょう。
がっかりさせたいわけじゃ、ないんだよな。
それは、決して。どうやって渡すにせよプレゼントを用意した時点で、もちろん、喜んでもらいたくてそうしたのですから。
気体に満ちた顔、しょげた顔、眼を輝かせた顔。
天化の表情があれこれと思い浮かんでくるのに任せながら、道徳は心を決めて。
小さく微笑んで静かに暗い部屋から立ち去りました。
次の朝。今年一番の冷え込みで外は雪景色になりましたけれど。
「コーチ〜!サンタさんが来てくれたさ!」
プレゼントを持ってきてくれたさ。
ミンスパイもちゃんと食べてくれたさっ!
寒さなんてものともせず、プレゼントの包みを抱えた天化が満面の笑顔で道徳の部屋に駆け込んできました。
「開けてもいいさ?」
寝台に腰掛けた道徳が頷くとそれからはひとしきり大騒ぎ。
丁寧に包みを開けて、靴を見たときにも、履いてみたときにも、その度ごとに歓声が上がりました。
新しい靴で軽く部屋の中を駆け回った天化を眺めて「よかったな」と静かに笑う道徳のところに、天化は飛びついてきます。
「お、おい、何するんだ?」
道徳の身体によじ登ってきて、なにやら真剣な表情で鼻をくんくんさせていましたが、すぐにぎゅっと師父に抱きつきました。
「コーチ、ありがとうさ♪」
慌てたのは道徳でした。
「な、何のことだ、天化?」
「サンタさんの匂いがするのさ!」
はぁ?
「だからサンタさんはコーチなのさ」
世紀の大発見のように重々しく宣言する天化に、道徳はそれを肯定してもいいのかどうか混乱していました。だいたい、サンタクロースの匂いなんて聞いたこともありません。
ですから分からないままに天化に聞き返しました。天化は自信たっぷりに答えます。
「公主が教えてくれたのさ!」
―――天化のところにはきっとサンタクロースが来てくれるじゃろう。
けれど天化もサンタクロースの正体が知りたかろう?
―――知りたいさ!
―――ふむ。実はな・・・
「サンタさん用のパイにはほかのと違うハチミツと、甘いお酒がたっぷり入ってたさ。
サンタさんが来てくれたら、その匂いがする人を探したらいいって公主はゆったさ」
「あ〜・・」
道理で一昨日食べたパイよりまたさらに美味しかった訳だ。あれがきっと公主お手製の、門外不出と名高い杏酒だ・・・。もっと味わって食べときゃよかったか・・?
って、天化、もしかしてお前、その酒飲んだのか?!
「一口舐めさせてもらったさ。甘くてふわふわしていい匂いだったさ」
うっかり道徳の考えはそんなどうでもいいかもしれないことにさまよい、そのまま天化の言葉を肯定していました。そしてサンタクロースがいないと分かってショックじゃないのか?と訝る道徳の不安をよそに、天化は道徳に向けて言ったのです。
「サンタさんが来てくれて嬉しいさ♪」
・・・・・。
天化の心の動きを道徳はまだ飲み込めていませんでした。
それでも、天化が笑っているならたぶんそれで十分なのです。たぶん、きっと。
サンタクロースがいるということと、道徳がサンタクロースであることは、天化の中でちっとも矛盾することではないのでしょう。
いい子、だよなあ。
確かに道徳は思い煩うことから少し離れてもよかったようでした。
そうしてふうっと息をついてみれば、クリスマスを楽しむことはまだまだもっとできそうです。
この一月のあれこれを思い出して、道徳は天化に誘い掛けました。
「天化、お前もサンタクロースになってみるか?」
「うん!」
ホワイトクリスマスのその日、あちこちの洞府をだぶだぶの赤い帽子と上着、そして新しい運動靴を身に着けた小さなサンタクロースが、元気いっぱいに師父と一緒に訪れました。プレゼントの中身は甘くて美味しい(お酒なしの)ミンスパイ。
迎えた人々は微笑んで、崑崙山は温かなクリスマスを迎えたのでした。
タイトル、
Is There a Santa Claus?
(
和訳
)とどっちにしようかと思ったのですが、
こちら
のほうがより亭主の原点でしたので。どちらも一読の価値あり。
公主に手玉に取られる道徳、が書きたかったのかも知れません。
クリスマスはもうはるかに過ぎておりますがm(_ _)m、
クリスマスの精神が一年中世界に満ち溢れますように。
2007.01.03
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