みちのりはるか
7日
10日
13日
14日
2月7日
「なあ、」
「はい?」
いつものようにかけられた声は、いつもより少し、しっとりしていた。
「おまえ、2月14日が何の日か知ってるのか?」
全く執務中に何を言い出すのかと思えば、この王は。
チョコレート、欲しいのかしら?
わたしは振りかえり、王の顔を見ながら答えた。
「2月14日は聖バレンタインの祭日。ローマ人の迫害によって殉死したキリスト教の聖人、聖バレンタインを偲ぶ日ですわね。それが、なにか?」
「いや、そうじゃなくてだなあ、いや、それはそうなんだろうけどよ・・」
この人の困った顔を見るのはちょっと楽しい。
執務中に余計なことばかり考えているからよ。
ただいまは、2月7日の午後3時。王が執務に飽きる頃。
そろそろ給仕が淹れてくれるであろうお茶を待ちながら、
わたしはそういえば2月14日にどうするかを決めていない、ということに気がついた。
2月10日
▲
「なあ、」
「はい?」
くっそ、またつい声かけちまったじゃねえか。
大きな瞳がこっちを見てる。
この、なんでも知ってます、ってな感じが気にくわねえんだけど。
これがなきゃなあ、プリンちゃんにはちょっと早いけど、充分カワイイ女なのによ。
それはそうと、俺は慌てて言葉を捜す。
「おまえってさあ、
・・・・
料理とかできんの?」
う、また馬鹿なこと言っちまった。
それが執務と何の関係があるんです、とか返ってくるぜ、きっと。
ところがあいつは、ふっと笑った。
「ひととおりはできますけど?チョコレートケーキでも」
げっ。
心の底まで見透かすような深い瞳が鋭くて、俺は執務に戻った。
いま朝の10時、まだ1日は長い。
2月13日
▲
あら。
今日はもう13日。
いまここに、チョコレートはあるのだけれど。でも、どうしようかしら?
チョコレート、別にあげない理由はないのだけれど。
バレンタインデイ、信仰のために命を落とした聖人の記念日がなぜ恋人たちの日となったのかは定かではなかったはず。 けれどこの日親しい男女がお互いに贈り物を交わす習慣が、世界の多くの地域において成立しているのは確かなこと。
もちろん時代や地域によって習慣は多少違うもの。いまこの地域では、贈るのは女性から男性への一方通行、品物はチョコレートであるのが周知の事実。 またここでは、恋人に限らず親しい間柄でチョコレートを贈ること、例えば職場の男性に女性がチョコレートを贈ることはごく一般的でしたわね。
だからあげない理由なんで、別にないのですけれど
・・・
?
あら。
私が、自分の感情がわからないなんて。
これは少し、考えてみなくては。
そう、ケーキでも作りながら。
もう夜も更けた午後8時。たまには書を読む以外の時間の過ごし方もよいでしょう。
そうね。
欲しいと言ってもらっていないのに、チョコレートをあげるなんて、
何だか癪ではないかしら?
2月14日
▲
ありゃりゃ?
やっぱくれねーか?
なんだかんだゆっても貰えると、思ってたんだけどなあ。
だってもうすぐ、日が暮れるぜ?
昼食のときも、午後の飲茶のときも、 何かありそうなそぶりすらてんで見せやしねえ。
マジで貰えねえ?それは俺、ちょっとショックだぜ?
はわわわわ。書類に目を通すのなんて、もうとっくに嫌んなってんのに、 俺、なんでまだ仕事してんだろ。
そんなこと考えながらぼーっとしていたら、 いきなりがたりと椅子の音をさせて旦が立ちあがった。
「もうよろしいでしょう、今日の仕事はここまでにいたしましょう。」
お、それはいつもの俺のせりふ。でもな。
「御二人ともあまりはかどっていない様でいらっしゃいますし。」
ん?
思考が追いつくより前に次の言葉が降ってきた。
「小兄さま、言いたいことははっきりおっしゃったらいかがです?」
「あ?何?おい、旦、ちょっと待てよ、」
すたすたすた。ばたん。俺の言葉は空しく扉に撥ね返された。
部屋には2人残される。
・・・・・
。俺は邑姜を見る。邑姜は俺を見る。
時間が止まる。
沈黙は、重くはねえけど進まねえ。そんなのはやっぱ、性に合わねえ。
「なあ、チョコレートくれねえか?」
瞬間、あいつはふわっと笑った。
「執務が終わってからにしようと思ってましたのに。
チョコレートケーキ、用意してありますよ」
街中のプリンちゃんを見てる俺だけど、思わず見惚れる一瞬の笑顔だった。
当日までに間に合わなかった季節もの(ごめんなさい)。
バレンタインデイの歴史をネットで調べ、
どれを信じていいかわからなくなる。
調査結果は
こちら
。
きっと情報に溺れることはない邑姜ちゃんに惚れ直す。
(・・・このあとがきは、本文とは直接関係ありません・・・。)
▲書斎へ
▲▲正門へ