何も言わずに煙草を消した天化を見て、公主はふっと笑んだ。
まぶしいさ、と天化はそれを不思議に思った。
「気を遣わせてすまぬな」
公主の言葉はいつも淡々としている。それなのに何かしら重い。
「俺っちは構わねえけど、公主サマ、外に出て大丈夫さ?」
気遣い痛み入る、と公主は答えたが、大丈夫だとは言わなかった。
純血の仙女にとって人間界の空気は毒にも同じ。
香を焚いた浄室から彼女が出られずにいることを、天化も聞き知っている。
こほ、と抑えた咳をしながら、けれど公主は静かに浮かぶ。
戻った方がいいさ、という言葉を天化は飲み込んだ。
苦しみを感じさせないほどに公主は穏やかで、そして美しかったから。
事実苦しいはずだと知っているけど、苦しくないはずがないのだとわかっているけど、それでも。
ここに居るべきじゃない、と言ってしまうのは、その美しさから眼を背けることのような気がした。
「どうして、外に出るのさ?」
碧雲さんも赤雲さんも、心配してるさ、きっと。
だから室から出てきてはいけないというのではない、それはさっき自ら飲み込んだ言葉。
そうではなくて、けれど公主が周囲の懸念を押してすることだ。
理由がないとは思えない。
「よい天気だからじゃよ、天化」
公主の提示した理由は、ごく簡単なものだった。
天化はわずかに抵抗を覚える。
「それだけさ?」
「それだけじゃよ、天化」
公主はその返答を、はっきりと、じっと天化を見つめて言った。
ひとかけらも曇りはなかった。
「・・・」
天化は黙り込む。その理由に彼は納得がいかないから。
少なくとも賢明な公主が、周囲に心配を掛けても敢えて行う理由になっているとは思えない。
けれど、日差しの暖かさと水の仙女の瑞々しさとその双方の眩しさはしっくりと調和していた。
勝手な振舞いは、決してこんなふうには美しくない。
天化は自分の感覚に戸惑った。
わからねえさ。
天化が見つめ返した公主は、ただ穏やかに浮かんでいる。
天化の視線に答えて、静かに語る。
「咲いたら枯れるからといって、日の光を拒む花はなかろう?」
拒んだとしてその花は咲かずに枯れる。
日は無条件に降り注ぐのに。
そうだけど。
天化の心はまだ理由を探そうとする。
花は枯れるのに何で咲くのさ。
「よい天気だからじゃよ、天化。それだけじゃ。」
黙り込んだままの天化に、公主は先刻の答えを繰り返した。
何が?
公主が今ここに居るのが。花が咲くのが。
それきり公主は黙って空を見上げた。自然と天化もそれに倣う。
まぶしいさ。眩しい、そして暖かい。そして、心地よい。
それは確かに天化の感覚。公主を美しいと思うのと同様に揺らぎない。
こほ、と抑えた咳をしながら、公主は静かに日の光を浴びたまま。
気遣いつつも天化は何も口にはしない。二人で静かに日の光を浴びたまま。
良い天気だ。
こうしていることにそれ以上の理由はないのだと、天化の身体はそう言っている。
眩しい視界、温もった肌。微かに花擦れの音が聞こえ、香りがどこかから漂っている。
鈍く痛む傷口さえもがいまこうしていることを肯んずる。
「そなたにも日の光は注いでいよう?」
ぽつりと公主は言い、「そうさね」と天化は返した。
日は注ぐ。誰にでも、どの花にも。
やがて枯れる花にも、やがて手放す命にも。
枯れない花はなく、そしてここに居る公主は美しいのだ。
そうであるならば、自分は。
理由はないと言われていながら、天化は理由を探し始める。