昔 話
おれの暮らしている人狼の村の近くに森があった。
その森は村の子供達の遊び場になっていて、おれも毎日のように友達と
そこに行っては木登りをしたりかくれんぼをしたり。
朝から夕方日が落ちて星が見えてくる頃まで遊んでいた。
でもその森の奥は行っては駄目だと母親が言った。
おれもその言いつけだけは守っていた。
幼心にきっと奥にはおっかないおばけとかまものとかがいるんだと
勝手に想像して。
でもおれはある日そのいいつけを破った。
もとい破ってしまった。
故意にではない。
事故だ。
別に行きたくて行ったわけじゃない。
友達とおにごっこをしてて、
夢中になって逃げて逃げて・・・・・。
そうしたらいつの間にか森の奥に入ってしまっていた。
気がついたのはもう日も落ちかけている頃。
森の奥なので木でわずかな光も遮られ、夕日のオレンジの光も見えなかった。
風が木々を揺らしざわざわと鳴らしていた。
まるでおれを追い立てるように。
ここは入ってはいけないんだと、大勢から責められているような気分だった。
帰ろうにも道が判らない。
自分が歩いてきた方向さえ覚えていない。
迷ったと判ってから少しの間パニックになっていたから余計迷ったのだろう。
怖くて、寂しくて、涙が出てきた。
辺りはもうまっくらだ。
たまに木の間から月の光が見え隠れするけれど、その日は三日月で
頼りにするにはあまりに弱い光だった。
おれここで死んじゃうのかな。
狼にでも食われて死んじゃうのかな、なんて自分の種族も忘れてそんな事を思った。
疲れて木の根元にへたり込んでいると、視界に大きな影が入った。
木や動物ではない。
なにか大きな建物が建っている。
家と言うには大きすぎる。教会なんてこんなところにあるわけないし。
おれは恐怖心もあったが好奇心の方が勝ったらしくその影に向かい歩いて行った。
突如として森が開けた。
大きな影は、とてつもなく大きな影は、まるで絵本に出てくるような城だった。
塔がいくつもあって、レンガ造りで。
三日月に照らされて塔のてっぺんのあたりがおぼろげに光っていたのが印象的だった。
そしてそれをおれは純粋に綺麗だと思った。
すぐさまおれは門へと駆け寄った。
何かが中にいるような気がして。
何かが中で待っているような気がして。
親にも友達にもおれは好奇心の強い方だとよく言われるけれど、その時ばかりはそれを否定
できなかった。
しかしすぐに道は閉ざされた。
大きな門がおれの目の前に立ちはだかったのだ。
門事態には鍵は錆び付いてボロボロなのに、それを補うかのように荊が門の
あちらこちらを覆っていた。
まるで城を守るように。
これじゃ本当にお伽噺だ。
どこからか中に入れないか周りをあちこち歩いてみたもののどうにもだめで、結局おれは門の所に
戻ってきてまたへたり込んだ。
寒い。
手を温めようと息を吐いた。
吐く息も白かった。
まだ雪が降るほどではないが、上着を羽織っていない身には今の寒さは堪えた。
朝までここで待っていれば誰か探しに来るだろうか。
確率は、低い。
こんな森の奥まで誰が来るもんか。
長い間この辺りに人が来なかった証があちらこちらに見える。
道はあるんだかないんだか判らない状態だし、何より城の荊が一番の証拠だ。
長い間、それも10年や20年じゃない。百年単位で誰も足を踏み入れていないような
荒れ方。
「魔法でもかかってるのかな・・・。」
おれはそう独りごちた。
誰も寄せつかせないように誰かが魔法をかけたのかも知れない。
じゃあ誰が魔法をかけたんだろう。
何で魔法をかけなければならなかったんだろう。
おれはまた立って城を見上げていた。
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