その時、どこからか歌が聞こえてきた。



何とも言えない奇妙な歌。


それは人の気配と共に自分の方へ向かってどんどん近づいてくる。


誰か助けに来てくれたのかと一瞬期待したが、よくよく考えてみたら歌を口ずさみながら
迎えに来るやつがどこにいるというのだ。
状況が状況なだけにおれは異常なまでに臆病になっていた。
どうせ襲われて逃げるにしたってどこに逃げていいか判らないしこれ以上迷っても
後々困るのは自分だ。
はなっから攻撃態勢に入った。
おれだって一応人狼だ。
爪と牙は他の種族よりも発達していると思う。
子供でも抵抗すれば相手に普通以上の傷を負わせることだってできるはずだ。
おれは誰かが来る方向をじっと見つめた。
変な歌とガサガサという茂みを分ける音と共にどんどん近づいてくるソレ。
冷たい空気の中額ににじむ冷や汗は気持ちが悪いものだった。

そして月光の下にその姿が晒された。

目を凝らして見ると、それは人のようだ。

「・・・・・・・・?」

あちらもこちらに気づいたらしい。
影がこちらの方へ向かってきた。
敵意はないように見えるが油断は禁物だ。
手のひら返したように襲ってくるかもしれない。
おれは相変わらず警戒を解かなかった。

「あれ〜?こんなところに人がいるなんてめっづらしい・・・。ボクどうしたの〜?」

そう言って近づいて来た影は結構背のある青年。
髪が少し長くて、細身・・・というかガリガリでコートを羽織っている。
微妙に低い耳に残る声だった。
間の抜けた喋り方でゆっくり話しかけてきた。

「・・・・・・・・。」
「もしかして誰か待ってるの?」
「・・・・・・・・。」
「それとも捨てられたとか?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・あ、じゃあ自殺願望者デショ〜。この辺まで来ると多いからネェ〜。」
そう言って男はヒッヒッヒ・・・と笑った。
「・・・・・・・・。」
この緊張感のなさ。
どうやら敵意などはないらしい。
おれは警戒心を少し緩めた。

「まだ若いのに自殺願望なんて結構な事だねえ・・・。」
男はオレの身長くらいに屈んでそう言った。
ニヤニヤしながら。
いやもともと笑っていたのか?
黙っていては本当に自殺願望者にされてしまうと思ったおれはとりあえず喋ることにした。
「・・・・違うよ・・・。」
「えっ違うの〜?おっかしいなあ・・・」
本気でそう思っていたのか・・・。
呆れた。
「それが違うなら・・・んー難しいなあ・・・。」
青年は本気で考え込んだ。
普通迷子とかって一番最初に出てくるだろうに・・・。
「うーん・・・・自殺願望者が違うってのは珍しいんだよネェ・・・。」
そんな・・・。
この男はそんなにしょっちゅう自殺願望者に遭遇しているのか。
やっぱり変人なのだろうか。
「じゃあコレでしょ。ここお城を見にきた!はいあったり〜。ぼくって冴えてる〜ゥ。」
自己完結させてまたさっきのように肩を揺らして笑った。
まあ微妙に合ってるような合ってないような。
あえて反論はしなかった。
城を見ていたのは本当だったから。
「でも入れなかったでしょ。」
男はおれの方に向き直るとそう言った。
その問いにおれは頷いた。
「やっぱりねぇ〜。」
ヒッヒッヒ・・・と笑う。
さっきから思っていたが奇妙な笑い方だ。
「・・・魔法かなんかかかってるの?」
「魔法?いやいや・・・そんなものかかっちゃいないよ・・・。」
まるでこの城のことを知っているかのような言い方だ。
おれが訝しげな顔をしていると彼は
「何で知ってるんだって顔をしてるね・・・?そんな、ぼくは何も知らないよ?なーんにもね。」
「じゃあなんでさっき・・・。」
「ああ。魔法がかかってないって言ったのかって?」
「うん。」
「そりゃあ少年・・・。」
「・・・・・・。」
笑みを浮かべながら彼はこの世界に魔法がないからだよ。と言った。
「・・・・・・。」
何を言うのかと思えば・・・。
この人変な所で現実的なんだな、と思った。
おれだって魔法なんて信じてるわけじゃないけどこんなお城にだったらそういうのもアリかなあなんて
思ってしまう。
おれが残念がっているようなため息をつくと彼はホワイトランドにならあるかもしれないけどねェ〜。
と付け足した。
そんなこと言われたって別に嬉しくない。
雲の上の国のことなんてそれこそ雲の上の話だ。
おれは再び門のところに背を預け、膝を抱くようにして座った。
「あれ〜?疲れちゃったの?」
答えるのも億劫で、(というか本当に疲れていて)ただ頷いた。
「んじゃぼくも隣に座ろうかなぁ。お隣空いてますか〜ってね…。ヒッヒッヒッヒ・・・。」
「・・・・・・。」
彼はおれのすぐ隣に座った。


会話が途切れた。


別に喋りたいわけじゃないけど(変人だし)何だか落ち着かない。
聞こえてくるのはふくろうや虫の鳴く声とか、時折吹く風の音。木々もざわめいている。
こんな日に・・・・と男が口を開いた。

「こんな日にこういう所にいるとあの話を思い出すなあ・・・。」
「あの話?」
「うんそう。旅の途中で聞いたお伽噺さ・・・。」

この人旅人なのか・・・。
暗くてちゃんとは見えないけれど、よく見てみると確かにそういった身なりをしている。
改めてまじまじと見ていると、彼はそのまま続けた。

「このメルヘンランドのどこかのあるお城にね、ある吸血鬼が住んでいました。」
「吸血鬼?」
「うん吸血鬼。そりゃあどこかには住んでるだろうネェ。ホームレスの吸血鬼なんて聞いたこと
ないもんね・・・。」
「・・・・・・・。」
「それでその吸血鬼はバラをとても愛でていて、そのバラを血の代わりにするほどだった。」
「血を吸わない吸血鬼なんているんだ〜。」
「らしいねえ〜…。まあ聞いた話だから保障はないけどね・・・。
バラからも精気吸い取れるっていうみたいだしいるんじゃないの?。」
「・・・・・・・。」
「それでその城にはバラ園があって、吸血鬼はそれを自分の愛したひとに育てて貰ってたんだ。」
「なんで?自分で育てないの?」
「さあ・・・?日に焼けたくなかったんじゃないの〜?」
「・・・・・・・。」
「でもある日を境にそのバラ園は枯れ始めていった。」
「・・・?」
「どうしてだと思う?」
「・・・判んない・・・。」
「育てていたひとが死んだからだよ。」
「・・・・・・・。」
「バラ園が枯れた。栄養源が枯れた。吸血鬼はそのまま死んでもいいと思った。
愛しい人も死んだからね。」
「・・・・・・・。」
「でも死ねなかった。だから吸血鬼は寝ることにしたんだ。」
「え・・・・?」
「寝れば全部忘れられると思ったんじゃない?
いつ覚めるか判らない夢の中に自分から入っていったんだってさ〜。おしまい。」
「・・・おしまい?」
「うんおしまい。面白かったでしょ〜・・・。」
「面白いっていうか・・・。」

・・・切なくなった。
子供のおれでも切なくなったお伽噺。
これじゃあハッピーエンドじゃないじゃないか。
悲しすぎる。悲しすぎるよ・・・。
忘れられてしまった人も忘れてしまった吸血鬼も・・・。
そんな悲しいだけの話なんて嫌いだ。
ただのお伽噺なのに、なんだか涙が出てきた。

「あ〜ホラ泣かない泣かない。男の子でしょ〜。・・・男の子だよね・・・?」
「泣いてなんか・・・っ!」

青年の冗談(か本気かはわからないが)にも乗らず、おれは目をごしごしと擦った。

「ぼくが出血大サービスで歌うたってあげるからさあ〜。ホラホラ〜。」


男はそう言うと変な歌をギター片手に歌いだした。













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