“貴方の為なら死んでも良い”
何時か囁かれた睦言。
“愛している”
何度と無く繰り返された言葉。
一番嫌いな言葉。
残された事も無いくせに何故そうも簡単に口に出来る?
残される者がその言葉をどの様な気持ちで聴いているかも知らずに。
“貴方の為なら死んだって構わない”
私の為に死ねるのなら‥‥何故、私の為に生きてはくれない?
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樹海の糸
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■ 1 ■
初めに感じたのは視界の端に閃いた白銀の煌きと衝撃。
衝撃――痛みよりは灼ける様な熱さ。
信じられない思いで自分の脇腹から生えた短剣とそれを握り締める彼に視線を送る。
驚愕に歪んでいるだろう自分の顔を、彼はただ目を細め見つめ返していた。
表情は無く、どこか悲しそうな。
「ユ‥‥」
名を呼ぼうとして、それを遮る様に剣が引き抜かれる。
ずるりというやけに耳に付く音と撒き散らされる赤い液体。
あれほど熱かった身体が体外に流れる血液と共に熱を失っていく。
膝から力が抜け床に片膝を付いた。
押さえた脇腹からは止め処無く血が流れ、半身を濡らしていく。
歪む視界と喉の奥から込み上げる熱い塊を強引に嚥下し、彼を見上げた。
「‥‥は‥‥っ」
上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。
彼は静かに、自分の深緑の髪を撫でた。
その行為からは愛しさだけが伝わってくる。
それはまるで何時もの様に。
彼から目を背ける様に俯いた先に銀色の短剣を見つけた。
未だ彼の手の中に納まる小さな輝きは、彼が本気であろうことを示している。
銀色は、唯一自分達闇の者を滅する事が出来る物。
それとは逆の手を髪に絡ませ、愛しそうに撫でる彼。
判らない。
判らない?
意識が霞んでくる。
痛みは初めから感じず、ただ今はとても寒い。
視界が歪む。
思考が定まらない。
消えかけた意識の中で、それでも伝えなければいけない言葉を思う。
身体に重く纏わり付く全ての感覚を押し殺し、伝えたい言葉だけを。
その言葉は、しかし声にはならなかった。
言葉を遮りもう一度白刃が煌く。
噴き出した鮮血が彼を染める。
銀色の髪が、白い肌が、他人の血に汚れても輝きは曇らない。
銀色の輝き。
切り裂いた喉元から溢れる血液に混じって空気が漏れる。
おそらく言葉を発しようとしていたのだろうが、声になっていない。
手にした凶器を放し、傾ぐ身体を支え抱き締める。
完全に力を失った身体は重く、耐え切れずに座り込んだ。
腕に抱いた身体はまだ温かく、小さく痙攣を繰り返している。
その苦しみも、程なくして消えるだろう。
嫌いだったからではない。
憎かったからではない。
愛していたからではない。
解放したかったからではない。
ただ、自分の為だけに殺した。
未だ血の溢れる喉元に唇を寄せる。
吸血の為ではなく、口付ける様に。
お前の言葉は聞きたくない。
耳元で小さく名前を呼ぶ。
おそらくもう聞こえてはいないだろうその言葉に、彼は小さく震え――
それが最後だった。
呆気無いぐらいに。
「‥‥愛していたよ‥‥」
最後の言葉はもう貴方には届かない。
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