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「白刃」




刃が煌いた。
太刀筋が見えぬほどのスピードで。
切り裂いていく。

兵士たちが槍衾を向けてくるのも、一向に男の足止めにはならなかった。槍先を受けられたと思ったときには、袈裟懸けに切り捨てられている。返す刀は後ろから切りかかろうと近づいた傭兵の首を一撃で撥ねた。

ロイド=リーダス。暗殺集団「黒い牙」の四牙の一人、白狼の二つ名を持つ男である。
細身だが、よく鍛えられた身体。剣士らしい身動きのとりやすい黒皮の服を身につけている。少しくすんだ金色の髪に同じ色の短く整えられた顎髭。飄飄としたはしばみ色の目は戦いの中にありながら、かすかに微笑んでいるようにも見える。細身の片手剣は、白狼の動きに合わせ、幾重にも銀の弧を描いた。

ロイドの剣にはいっさいのためらいがない。足取りひとつの無駄もなく、死を呼ぶ舞いを舞っている。刃を打ち込むのではない、相手は刃に向かって吸い寄せられていくようだ。獲物自ら、その白刃に命を投げ出しているように。

踏み込み、薙ぐ。裂ける肉。二つに分かれ、崩れ落ちる体。その中で、返り血すら浴びることなく、白狼が踊る。白狼が率いる牙の一団はリキアの貴族の屋敷、裏口から侵入した。奥へと続く長い廊下に無造作に死体が積み重なっていく。

ロイドはその中に目標の姿を見つけた。この館の主は兵士の形をして裏口から逃げ出そうとしたところだったらしい。肩口から腰のあたりまで切り下ろされ、目を開けたまま絶命している。上に積み重なった死体の重みで、白くたるんだ顔が紫色に変色しつつあった。

仕事は終わりだ。
白狼と呼ばれる男は無造作に剣を一振りする。その剣から血煙が飛び散った。剣を鞘に収める、とロイドを取り巻いていた殺気も薄れて消えていく。



「お疲れさん」

ラガルトはその後ろ姿に声をかける。

「なんだ、いたのか」

「いたのかは、ないでしょうよ」

軽口をたたく。

裏口を固めていたのは、ロイドとラガルト、他に牙の中でも手だれが数人。
独り敵陣に踏み出したロイドの様子を見て、下の者たちの手出しを控えさせたのはラガルトだった。

白狼はご機嫌ナナメらしいぜ――――

黒い牙でも古株で、ロイドとの付き合いも長い“疾風”ラガルトは白狼の気性を掴んでいる。こういう時のロイドは、自分の仕事を邪魔されるのを嫌う。たとえ味方にしてもだ。ラガルト自身も、数歩引いた場所で剣を抜いてはいたものの、ロイドの“仕事”を見ていただけだった。

―――正直に言やあ、見惚れてた、ってとこだがねえ。

白狼の死の舞いは人の技を超えている。特にこういう“ご機嫌ナナメ”のロイドの刃の冴えはラガルトでさえゾッとするほどで、またそれだけに恐ろしく美しかった。

ラガルトは死体の山を見て首を振り、ニヤリ、と笑う。
“疾風”はいっそ冷たく見えるほどの整った顔立ちをしている。切れ長の目に、いつも微笑みをふくんだような薄い唇。その顔の左側、額から頬にかけては、大きな刀傷が走っている。青みがかった長い髪を後ろに流しバンダナで止めているから、傷は誰の目にもはっきり見える。顔に走る大きな傷は、しかし、無残には見えなかった。むしろその傷が、冷たげな顔だちに不思議な魅力を与えていた。盗賊らしい軽装の上、刃よけにマントを羽織っている。

「首を取りな」

こいつだ、とラガルトは一つの死体を足で小突いた。首は一閃で断ち落とされ、布でまかれて麻袋に詰められる。

「大事に扱えよ、証拠品だからな」

ついでに―――ラガルトは首のない体の懐を探った。
財布やら、数枚の折りたたんだ紙やらを抜き取る。
ロイドは無表情にそれを見ていた。



ばたばたと屋敷の奥から人の足音がした。

「兄貴、なんだあ、もう終わりかよ」

石畳の廊下に響き渡る、でかい声。
声に負けす、でかい体躯をした男が廊下の奥の扉から姿を現した。
ロイドの弟、狂犬と呼ばれるライナスである。

短く刈った褐色の髪。つり上がった眉の下のきつい目。大きな口。対峙した相手に向かい唸る闘犬のような表情。
ライナスは無造作に白布を巻きつけた右手に、両手持ちの大剣をぶら下げていた。狂犬の人並み外れた体躯に比べてもずいぶんと大きく見えるその剣は、並の人間では持ち上げるのも難しいだろう。白い歯を見せて唸るようなその表情が、ロイドを見つけると、からっとした笑顔に変わった。

ロイドはため息をひとつつくと、弟を見て微笑みを浮かべる。はしばみ色の目は柔らかい光を宿し、微かに燻っていた殺気を消し去った。そうすると、この兄はずいぶんと優しげに見える。血臭に満ちたこの場には相応しくないほどに。

ライナスは、積み重なる死体に目をやった。鮮やかに断ち切られた肉、骨。

「んだあ、てめえら、兄貴を働かせてんじゃねえよ。こんなやつら、白狼が自ら手をくだすまでもねえだろうが」

たいていの人間からは、優に頭一つ高い上背から凄みをきかせて睨みつけてくる。

「まったくだねえ」

ラガルトは口の端で笑う。

「てめえに、言ってんじゃねえかよ!」

怒声。

―――わんわん、吼えちゃってまあ、可愛いらしいこった―――
唇に笑いを含んだまま見上げてやる。

「ラガルト、てめえ―――」

短気な狂犬は歯をむき出ししにて大剣を握り直した。

「やめないか、ライナス」

ロイドの声は静かだが、ライナスはピタリと動きを止める。

「俺の指図だ。他のやつらには俺が手をだすなと言った」

ライナスは兄の声一つでおとなしくなったが、険を残した目でラガルトを見た。

「ったくよ。アニキはこいつに甘すぎんだよ」

恨みがましい言い草である。

ぐっ。

ラガルトは吹き出しかけて、口を押さえた。
誰が誰に甘いって?
ロイドが甘い相手は一人。ラガルトを見ると番犬よろしく吼えかかってくる、でっかいわんこ一匹だろう。さて、どうやってからかってやろうかと口を開きかけるが、ロイドのほうが先にライナスに声をかけた。

「仕事は終わり、帰るぞ」

きびすを返して歩き出す白狼の後をひょこひょこくっついていく大犬。ラガルトには振りちぎる尻尾が見えるような気がする。
誰も盗りゃあしないのに―――ラガルトはニヤリと笑う。
誰も盗れやしないのだ。白狼が決めたことは、牙では絶対を意味する。誰にもくつがえせやしない。
ラガルトが引き上げを指示すると、控えていた牙たちは夜の中に散っていった。



ライナスは、前を行く兄の背中を見ている。頭ひとつ分、自分のほうが背が高いから、くすんだ金色の髪や自分よりはずいぶんと幅のない肩を見下ろしている。

あの髪に触りたいなあ、とライナスは思った。柔らかくて手触りのいい金糸。ライナスは兄の髪を触るのが好きだ。髪だけじゃない、どこでもいいから、兄貴にくっついているのが好きだ。子供のころから、兄に纏わりついて離れなかった。ロイドのほうも時折邪険にして振り払いはするものの、たいていは、ライナスのしたいようにさせていた。
触りたい、と思うなりその大きな手のひらを伸ばす。

ひやり。

銀の刃の冷気が喉元に突きつけられていた。ピタリと皮一枚の際どさで止まっている。ライナスはごくりと唾をのみこんだ。

「ああ、悪い」

ロイドは振り返ってライナスを見ると、剣を収めた。

「お…怒ってるのか?」

「ちょっと、考えごとを、な。俺の後ろに回るなって言ってるだろうが」

ロイドは手を伸ばして、弟の頭を小突く。

「だって、前に回ったら邪魔にすんじゃねえか」

「おまえの図体はどこにいたって邪魔だからな」

最愛の兄に邪険にされ、ライナスはでかい図体をちょっぴり小さくした。
白狼の唇からため息とも苦笑ともつかぬものがこぼれる。

「隣にいろ」

そして、再び沈黙に戻る。こうなるとロイドの口を開かせるのは難しいから、ライナスは兄の考え事の邪魔をしないよう少しだけ腕を触れ合わせて隣を歩く。こういう時の兄の邪魔をすると、馬鹿犬呼ばわりで罵られるのはまだしも、いろんな事でおあずけをくらうのがわかっている。
ちらちらと兄の横顔を盗み見ながら様子を伺う。兄貴の“考え事”が終わるのをまっているのだ。
きれいな横顔は、硬い表情のままだ。

だ〜めか〜。

兄の関心を惹くのをあきらめ、ライナスは夜空を仰いだ。猫の爪のような白い月が出ていた。白い弓。白狼の描く、剣の銀弧。

夜空を眺めていると、ぐらりと身体が傾いだ。
眩暈か、と思ったが、実際に身体が浮いていた。足を払われて、地面に落ちるまでのわずかな時間に感じる浮遊感。どう、と背から落ちて息が止まりかける。頭をいやってほどぶつけるかと思ったが、柔らかい感触があっただけだった。見れば、ロイド澄ました顔でライナスの頭を掌で受け止めている。
 くっくっ、と忍び笑いが聞こえた。そのまま巻きついてくる腕の感触。月影になってよくは見えないが、きっと兄貴はなんとも楽しげな微笑を浮かべているだろう。

「ひっでーよ」

「お月さん見上げてバカ面さらしてる野郎に、暗殺者の心得ってもんを教えてやろうと思ってさ」

「俺だって、リーダスだぜ。そのっくらいは知ってるよ」

「ほう」

ロイドは笑っている。腕から、胸の辺りから、不規則な振動がつたわってくる。笑い声はかみ殺しているが、大笑しているのだ。

「ヤラなきゃ、ヤラれる、ってな」

その巨躯からは想像のつかないすばやさで、ロイドの身体を自分の下に巻き込む。噛み付くように、唇をむさぼる。そうしても、ロイドはまだ笑っていて、合わせた唇が震えているのだ。
唇を割って舌を差し入れる。口付けが深くなってようやくロイドは笑うのを止めたが、重なる体の下で、腹筋がまだひくついていた。手をつっこんでその腹をなでてやる。笑いとは違う震えが、指先に触れる肌を走っていった。

掠れた声が耳に飛び込んでくる。この声が好きだ。柔らかくて深い。
その声で名前を呼ばれる。答えて掌で肌を擦る。下に敷きこんだ体が軽く撥ねた。

「馬鹿、おまえ、こんなとこでやる気か」

耳元で囁かれる。

「やる、ヤル、やらして」

荒れた声でささやき返してやると、肩を押しかえされた。せめて、街道からはずれろ、と言われて、はじめて道のど真ん中でさかっていたことに気がついた。

それじゃ、ってことで起き上がる。上半身を起こした兄を両腕に掬い取るように抱き上げた。

「馬鹿力」

またもや笑い。

「兄貴、軽いから、あいてっ」

拳骨で頭頂部をどつかれた。

街道から十歩ほどはずれて、木の幹に寄りかからせるようにロイドを下ろす。
常人より夜目は利くものの、光を吸い込むような黒い服の合わせ目まではわからない。いらついて引っ張ると、じろりとにらまれた。

「破くな、壊すな、伸ばすな」

「そんなこと言ったら何にもできねえじゃねえかっ」

「待て」

ピタッ。
狂犬の動きが止まる。

ロイドは自分の服に手をかけた。ゆっくりした仕草でコートを脱ぐ。肩から落とし、腰のあたりを引っ張り出し自分の下から引き抜く。ライナスの巨体が腿のあたりまで乗り上げているから、ずいぶんと脱ぎづらそうだ。
黒い上着の胸元を止めていた紐を緩め、襟元をはだける。脱ごうとはしない。金具のかちゃかちゃ言う音。ベルトが落ちる。

ライナスは兄をただただ見つめている。
―――なんつうか、すげえ、やらしいんですけど―――うわ

黒いズボンの留め金を外し、いっきに下着ごと引きおろす。白い肌が闇のなかでも目に飛び込んできた。

「ライナス、邪魔だ、どけ」

ロイドの声に反応して、ライナスに動きがもどる。狂犬は、本能のまま、エモノを噛み裂こうと飛びついた。白い肉に噛み付くように口付ける。気持ちのいい弾力が返った。上衣に手をつっこんで、胸の微かな突起をさぐりあてる。指でつぶすように捏ねてやると、ヒュッと息を吸い込む音がした。

「あ…っ、バカ犬、まだ…」

ロイドは本気で蹴りつけてきたが、足にからみついたままのズボンが邪魔だったらしい。

「ああ、もう。しわくちゃの服を着て、二人仲良く帰還しろってのか?」

ライナスはロイドの手首を握り、力任せに地面に縫いとめる。こうなったらウェイトの差で身動きがとれなくなるのを知っている。少しだけ汗ばんできている肌は指に吸い付くようだ。粗い動きでこすりたててみる。腹といわず、胸といわず。
ロイドが身をよじった。闇のなか、その動きが白くなまめかしく浮き上がる。

無造作に開かれた下肢に手を伸ばす。
熱い。
ロイドの身体がぬるんできている。緩く立ち上がりかかったものを、掌で包み込む。

ぬらり、と親指が無造作に先端をかすめた。ロイドは一気に息を吐きだしてしまい、それが悲鳴にような声になった。

身動きがとれぬ身体を、嬲ってやりたいと思う。根元を押さえてしゃぶりついた。後ろにも指を回し、入り口を探った。
びくり、と下に敷いた身体から反応が返った。

「っ…」

微かな苦痛を含んだ声。

「っと、ごめん」

指先をしゃぶってぬらす。湿り気を塗りこめるように、入り口を捏ねてやる。
指先にぬるっとした感触がある。先走りの水分を取って、さらに塗りこめる、蕾が痙攣するようにひくついた。割り込むように指を入れる。

「……っ」

ロイドが息を呑んだ。声をかみ殺している。
ライナスの指は長くて、節が目立つ。いかにも剣を握るのに相応しい手だ。指一本だってずいぶんな質量がある。その指を、身体の奥まで入れて、壁を探る。

ロイドが自分の口を手で塞いだ。ライナスはちょっとだけ、動きを止める。ロイドの顔を覗き込んで、目で問いかける。

「馬鹿、こんな場所でデカイ声出せるか」

ロイドは口元を覆ったまま、息だけで囁く。

「こんなとこ、誰も来ないって」

「てめえ、自分の商売わかって…っ」

兄は半端で言葉を飲み込んだ。ライナスが前をなめ上げたからだ。

「…ないだろ」

刺客はいつどこにひそんでいるかわからない。敵にしても、味方にしても。

「誰かに見られたら、そいつを始末するさ」

目を合わせて、にやっと笑ってやる。そうすると、白い歯が見え、とがり気味の犬歯が覗く。獣の牙のように。ロイドの身体の奥が勝手に反応して、くわえ込んだ指をしめつけた。

指で身体の前側を探る。指の腹でこりこする場所を探り出した。ロイドの指が肩を掴んできた。指が食い込んでくる。
触れれば、びくびくと反応が返るそこを、指は何度も往復する。ぬるぬると擦りあげる。くちゃ、くちゃとぬかるんだ音がした。

指を二本に増やし、擦りあげながら、広げてやる。濡れた粘膜が指に絡みつくように動いた。声を抑えていたはずのロイドの口から、微かにだか、掠れた音が漏れ始めている。
荒れた息。
指の抽送にあわせて、白い腰が揺れた。

「いい?」

顔を覗きこまれてロイドが頷く。その目から、理性の色が消え始めている。腰のあたりを掴んで身体を返す。顔を合わせたまま抱くには、脱ぎかけの下衣が邪魔だった。腰を上げさせ、膝を開かせる。

そのまま押し入る。押し開く。

「ウァ…ぁ…」

抱きしめた体がら、搾り出すような声があがる。入り口のあたりでひっかかるのを、体重をかけて貫く。半ばまで一気に埋め込んだ。中が絡み付いて、絞りあげてくる。

「ンン…っ、つ」

震える身体に、自分のすべてを飲み込ませていく。きもちがいい。バカみたいに。いっぱいに入り込んで、大好きな身体を自分だけで満たしてやる。

付け根まで入れた後、ゆっくりと引き出す。ぬめった感触。引き止めようと絡み付いてくる粘膜に誘われ、次の瞬間には深くねじ込んでやる。くちゃ、くちゃ、と擦れ合う音。
ロイドの口から、断続的にあえぎ声が漏れ始めていた。濡れた声。ライナスはロイドの声が好きだ。深みのある、低くてもよく通る声。その声が、快感に荒れ、濡れて、自分の名を呼び始めている。

愛しい声、愛しい体、この世の誰よりも大好きな―――

抉ってやる。ライナスをくわえ込んだ粘膜がぎりぎりいっぱいに広げられているのを、繋がっている部分に指を這わせてたしかめる。
ロイドが啼く。ライナスが背からまわした腕にすがって、快楽をむさぼっている。正気が飛んでいるらしく、濡れきった声と表情をさらしていた。
白狼をこんなふうに乱していいのは自分だけ。兄のこんな顔を見ていいのは自分だけだ。

手を前にまわしてしごきたてる。抱きしめた体が大きく跳ねて達した。ライナスを銜え込んだ粘膜が搾り取るように動くから、大きく突きこんで放ってやった。



END

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