「黒い闇 金の目」
闇の中、荒い息だけが響いている。
身体が二つ、繋がって、絡み合って、むさぼるように動き続けている。
「は、あっ、あ、ライナス、あ、あ」
耐え切れずに爪を立てる。硬い筋肉に。しがみ付いて、噛み付いて、自分を支配する体をむさぼる。突き立てられている凶器のようなそれは、いつまでも硬いまま、強く、緩く、ぬるぬるした壁をこすりたててくる。
ぬかるんだ音が響いている。開きっぱなしになった口から、悲鳴に近いあえぎがあがっている。
「イイ―――あ、アアっァアア…」
頭の中が白く焼け付くような快感が膨れ上がる。気持ちがいい。溶ける、溶け崩れて。ただ気持ちがよくて、腰を振りながらいってしまう。
達しても、白濁が迸ることはなく、とろとろと、透明な液が滴り落ちた。何度そうして快楽を放ったのか、自分でもわからない。
「あ、は、ンン、あ」
それでも、開放されることなく、犯され続ける。びくびくとはねあがる身体を、押さえ込まれ、噛み付くように、唇をふさがれる。涙が流れ、唾液がこぼれ落ちる。どれだけの時間、そうしていたのかわからない。頭も、身体も、痺れたように動きが遅くなっている。
わずかに残った力を集めて、覆いかぶさっている身体にしがみつく。そうして犯され続ける。
あえぎ、感じ、求める兄の姿を、ライナスはじっと見ていた。
闇の中、金色の瞳で。
街外れ、ひっそりした場所に、ロイドは弟の身体を埋めた。官兵に見つからないよう、野犬に食い荒らされることのないように。
泣きはしなかった。ただ決意した。
少しだけ待っていろ。
おまえを殺したやつらの首を手土産にして、
そこに行くから。
そうして、ひどく重く、硬くなった体を埋めたのだ。
ライナスの死は、牙の間で悲嘆とともに迎えられ、兄弟に近かったもの、昔馴染みの黒い牙たちが、ロイドのもとに集まってきていた。弔いを、弔いを。俺たちの流儀で。死には死を、牙の名のもとに。
ロイドはライナスの部屋にこもって剣を研ぐ。それは魔剣。並の人間には扱うことができない。獲物の生気を吸い取り、主に与える。扱うには強い力がいる。腕の力ではない、心の力が。下手なものがあつかえば、主の心を吸い取り、魔に落とす。
磨かれた剣は美しく輝いてロイドの顔を映した。神も魔も魅了するような輝きを宿して。ロイドは静かに微笑む。待っていろ、俺が欲しければ、じきにくれてやるから。
ことり、と音がした。部屋の入り口の扉あたりから。ロイドが低い声で誰何する。と、鍵をかけておいたはずの扉がゆっくりと開いた。
金の目をした女が立っていた。ソーニャの周りで時折見かける女だ。黒髪に縁取られた少女めいた固い美貌に銀の額飾りが輝く。何の表情も浮かんでいない、金に反射する瞳がこちらを見上げた。
「私の名は、リムステラという。ベルンの白狼よ。わが主より、申し出がある」
「ソーニャの差し金か。俺はあの女の言うことは聞かぬ」
「あの女ではない。いずれ世界の主となるお方。われわれすべての主」
女は、抑揚のない声で言う。
「薄気味悪い、化け物の主が、俺に何の用だ」
「おまえ、わが主に仕えぬか。あのお方は、おまえの剣の技を御覧になり、このまま消すには惜しいとおっしゃられた」
「俺は牙―――どこぞで、のたれ死ぬまでは黒い牙のままだ。失せろ」
「慈悲深いお方だ。お仕えすれば、見返りもくださる。たとえば―――」
女の後ろ、凝ったような闇の中から、男がひとり姿を現した。
馬鹿な―――
ロイドは傍の卓に手をついて、わが身を支えた。
男は部屋の中に踏み込んでくる。
そんなはずはない、そんなはずは―――
どうにか身体を支えていた腕をとられ、よろめいたところを抱き込まれた。
男は、いまは亡き部屋の主と同じ顔をしていた。同じ腕の強さで、抱きしめてくる。
その瞳は金色に輝いていた。
そうして、ロイドは愛しい男に抱かれている。声を振り絞って嬌声をあげ、足をたくましい腰に絡みつかせて。
「ライナス…ラ…イナ…」
呼んでも返事は返らない。金の目はロイドの視線を受けても無表情のまま、ただ快楽だけを与えられる。
―――殺せ、殺せ。たのむから、このまま、俺を殺せ―――
声を上げることも出来なくなって、ただ荒い息だけが漏れる。追い上げられたまま、それでも足りずに、弟の名を呼んでせがむように鳴いた。
快楽にたわめられ、霞んでいく意識の中、微かな呼びかけを聞く。
「あに…き…?」
ビクリ、とロイドの身体が震える。
ライナスの声だった。二度と聞けないはずの声だった。見上げると、金色の目が、どこか頼りなげに揺れていた。作り物のように硬かった表情が剥がれ落ち、ロイドのよく知る顔が現れる。
頭を抱きこんで、口付けてやる。
ライナスが応えてきた。突き上げられ、声があがる。
「あにき」
自分を呼ぶ声がした。道に迷った子供のように。荒れた粘膜を擦られ、ひどい苦痛と、気の狂うような快感が一緒にくる。ひくつく性器を握りこまれて、こすられる。
ああ、また―――
また追い上げられて、落ちる。
ライナスがうめいた。狭い器官のなかに、大量の液体が流し込まれる。
ロイドは身震いした。力の抜けたライナスが体重を預けてくるから、快楽でひくつく体を抱きしめてやる。
これは、ライナスだ。
化け物に変えられてしまったとしても、ライナスは、ここに。
白狼は泣いた。
いつの間にか、部屋の扉が開いていた。闇の中、金の目がのぞく。
「どうすればいい」
ライナスの腕に抱かれたまま、ロイドは尋ねる。
こいつを、この世界にとどめておくにはどうすればいい。二度と別れたくないなら、どうしたらいい。
「忠誠を、我が主に」
金の目が無表情に囁いた。
END
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