「Noli me tangere.」
ライナス―――
「兄貴」
気持ちがいい、たまらない。
「俺も」
もっと。
「いくらでも」
闇の中、浮かびあがるように、汗ばんだ体が上下している。
兄は弟の身体の上に脚を開いて跨り、立ち上がっている弟自身を身体の中に収めている。
月明かりの中、白い体が、下から突き上げられるたびに、大きくくねって悦びを露にする。一杯に広げられた器官と、屹立した硬い性器がこすれあって、くちゃくちゃと、ぬかるみをかき混ぜるような音が続く。出入りする質量に引っ張られ、引き出されては押しこまれる、ぬめった質感の粘膜が、外からもわずかに見えている。
「あ、はあ、あ…うっ…ん」
あからさまな嬌声。
眉をきつく寄せた、苦しげな、切なげな表情。口が開きっぱなしになって、喘ぎと唾液をこぼしている。
虚ろに彷徨っていた視線が、ライナスを見つけて焦点を結ぶ。
その眼が求めてくる。
もっと、もっと、抉って、犯して、一つになって、溶かして。
「良いか、兄貴」
「あ、うん、いい…あっ」
もっと。
突き上げられてあえぎながら、自分自身をつかんで擦りはじめる。ひどく淫猥な眺めだ。その腰を掴んで、思い切り抉る。貫かれた体が反り返って、白い喉元が見える。
「あ、ふ、ああアァァ…っ」
震える体に、かまわず打ち込んでやる。
悲しいような、長く引く喘ぎ声。
快感に耐え切れなくなった身体が、前のめりにしがみついてくる。
びくん、びくん、と小刻みに頭をふりながら達し続ける体から、繋がった皮膚越しに、その快楽と苦痛が伝わってくる。
ぽたぽたと液体をこぼす先端を、親指できつく擦りあげてやる。
悲鳴があがる。
ひくひくと蠕動していた内側が、引き攣るようにぎゅっと締め付けてくる。
「兄貴」
誘われるままに突きこんで、奥深くにぶちまける。
「ひっ―――あ、く」
金色の眼から、涙がこぼれている。
「ああ、いく、いく…から」
どうにもならない体をもてあまして、きれいな指が、何かを掴むような動きを繰り返す。
緩く動かすと、と奥のほうで、ぐちゃ、ぐちゃと音がする。奥まった場所をかき回して、皮膚と皮膚の間を流れる液体のびっしょりと濡れた感覚を楽しむ。
「ライナス、ライナス」
搾り出される声が自分を呼ぶ。たまらない。
動きの鈍くなった体を引き寄せ、繋がったまま体制を入れ替えて自分の下に敷きこむ。ぐるり、と捩られた粘膜が、きゅっと絡みついてくる。
ひ…っ、と兄の喉が鳴るのを聞いた。その白い喉を動く突起のあたりを咥えてみる。ぜいぜいと、気管を鳴らす呼吸の音が唇に伝わる。
下にした身体を思い切り折り曲げて、脚を肩にかける。
「ライナス」
見上げてくる目は、金色に輝いている。
この兄と、二度と会えないと知ったとき、自分は狂ったのだと思う。腕に抱いたときは既に息の無かった、白い顔を思い出す。そこからしばらくの間の記憶が無い。ふと気がつくと、兄のものであった魔剣を握って、もはや主の戻ることの無い部屋に居た。
涙は出なかった。
殺してやる、奴ら、一人残らず。形見となった剣を握って振りかざす。冷たい光がその表面を走った。その剣に思いをこめる。お前の主の弔いだ。力を貸せ。
ぎい、と部屋の扉が軋んだ。ライナスは顔を上げる。
扉がゆっくりと開き、黒髪に縁どられた小さな白い顔が現れた。少女めいた美貌に、銀の額飾りをつけている。
その眼は金色に輝いていた。
ソーニャの手下か。
ライナスは唸る。
試し切りにはちょうど良い。剣を掲げる。兄がそうしたように。自分には使えない魔剣を、兄は軽々と操った。
力を貸せ。強く思った瞬間、剣先が白光した。稲妻のような輝きが戸口に立つ不吉な姿へと向かう。ばん、と鋭い破裂音が響く。命中した、と思った。光に眩んだ眼に視力が戻ると、小柄な黒衣の姿の前に、庇うようにに立ち塞がる男がいた。
てめえ、と、切りかかろうとして、気づく。
自分は、この男を、知っている。
「兄貴―――?」
そんな馬鹿な。
兄貴は死んじまって―――
その姿が滲む。
「そんな、わけが…」
足が震える。
男が両腕を広げて近づいてくる。
「兄貴」
無くしたと思っていた宝物を引き寄せる。
誘いかける、やさしく妖しい笑みが男の口元に浮かんでいる。
その目は金色に輝いていた。
絡み付いてくる腕に抱きしめられ、抱きしめ返し、誘われるままに交わった。あからさまな悦びを返してくる体。ライナスに抱かれても、ついぞ見せたことの無かった、壊れた、色情に溺れきった表情を晒している。
兄ではないのかも知れない、と心の片隅で思う。やつら…ソーニャたちと同じ金色の目の化け物なのかもしれない。そう思いながら、その身体をむさぼり続ける。
俺は、悪い夢を見ているのかもしれない。
陶酔の色を浮かべる金の目が、ふと、不安げに揺れるのを見る。快楽に掠れた声が、とまどったような声で自分の名を呼んだ。
「ライナス…」
心臓が跳ね上がる。
「なんで…ああ、俺は―――」
突き上げられ、その顔が歪む。
「だめだ、離せ」
濡れた唇が拒絶の言葉を紡ぐ。
「俺に、触れる、な」
その目の金の輝きが弱まっている。もがいて、弟の腕から逃れようとしている。外れかかった結合を深めようと、ライナスはその身体を引き寄せる。
「この場で、俺を、切り捨てろ」
ロイドの震える指が、床に落ちている自分の剣を指す。
できない。
「はやく。じゃないと、俺は―――」
苦鳴。見慣れた兄の顔。
その顔が一瞬にして、淫らがましいものに変わる。
「兄貴―――」
「あ、んん」
鼻にかかった喘ぎが返る。
突き上げる。
それに応えて、白い体がくねる。
これは、兄だ、と思う。どんなに変えられてしまっても、兄貴は、ここに。
視界が、滲む。
繋がって、貪りあって、極めたまま、それでも足りず―――
抱えあげた足が、抽送に合わせて揺れる。ときおり、かき回すように動かしてやると、悦んで腰をくねらせた。内股から、腰のあたり全体が、べっとりと体液で濡れていて、擦り合わせている皮膚全体に、ぬらぬらとした快感が走る。
胸にある飾りのような突起を唇ではさんで潰してやると、自分を咥えている内側が収縮して応えてきた。
兄の形の良い唇が、不似合いな、いやらしい言葉を口走っている。
外れそうになるまで引き出すと、入り口のあたりが、切なげにひくつく。そのあたりを、一番きついところで引っ掛けるように擦る。
「あはァ…あ、あ」
身体が反って、背が浮く。手を差し込んで、壁を抉るように突きこむ。そのまま、下半身を膝の上に抱き上げて揺さぶってやると、首を振って、むずかるように啼く。
「殺せ」
苦しげに、硬く目を瞑って兄が言う。
どっちだろう、と思う。
快感に溺れての睦言か、それとも―――
「このまま、殺せ」
淫らな顔に隠れた、本当の兄の―――
「ああ、あ―――」
震える性器をつかんで、わずかばかりの液体を搾り取る。力無く投げ出されていた脚が、引き攣ったように伸ばされ、腰を挟みこんでくる。尻の筋肉が、極めた瞬間にぎゅっと締め付けてきた。狭まった肉をこじ開けるように、なお深く入り込む。
悲鳴。快楽なのか、嘆きなのか。
常軌を逸した交わりを続ける。兄貴の望むように、このまま抱き殺してやれたらいいのに。
(殺せ、はやく―――じゃないと、俺は、おまえを落としてしまうから。)
「俺を、殺せ」
そう、兄が言う。
その目は金色に輝いている。
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