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「この世界の終わりに」
ゆっくりと、覚醒が始まる。 肩に圧し掛かってくる重みがあった。 ライナスだな、と思う。自分に寄りかかって寝ているのだ。 目を開ける。 どこだ、ここは。 悪い夢の途中で起こされたときのように、ぼんやりした感じがする。そういえば、夢を見ていたような気もする。ひどく重苦しい悪夢を。 「ん―――」 「あに、き―――?」 ゆっくりと目を開いて自分を見る。 頭の中で記憶がはじける。いっせいに、色とりどりに。生の記憶。眩しい、爆発するように脳髄にひろがる記憶の束。目の前が白く発光する。戻ってくる、戻ってくるのだ。人であることの源、意志の核である、彼のものである記憶が。 ロイドは激しく目を瞬かせる。金色の目から涙が零れ落ちた。 ああ。 母に抱かれて笑う子供の姿を見る、その安らぎが蘇る。 ああ、あ…あ! 自分の傍にある体にしがみつく。相手もまた、しがみついてきた。ああ、覚えている。自分はこの感覚を覚えている。 そうして、すべてが自分のなかに流れ込んできて、ロイドという人間を作り上げ、一つになっていく。 弟の顔を見て最初に口をついたのは、そんな言葉。言いたいことはもっと別にあったはずだった。 「馬鹿…こんなことが…言いたいんじゃない」 時間が無い。時間が無い。それがわかる。どういうわけか、今この瞬間だけ、自分たちを支配していた存在が弱まっているのだ。何か、他のものに気を取られ、こちらに向けてくる力が弱まっている。ずいぶんと長いことその力と同調してきたから、わかるのだ。それが今にも力を取り戻し、自分を完全に支配するだろう事も。 「ごめん」 腕の中に抱き込まれる。強く強く。 時間が無い。 世界が白く変わっていく。雪に塗り込められた冬の日のように。 扉がきしんで、開く音がする。戦の喧騒が近づいてくる。 白くなって、雪のように溶けていく、記憶。自分であったもの。 悪くはない―――こうやって、最後まで、お互いの存在を貪っていられるなら。 溶けて、一つになって消える。 世界の、終わりを、一緒に。
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