*途中女×男描写が有ります。
「あっ……いい…………んぅ……」
娼婦の嬌声、腰を打ち付ける音が聞こえる。王のベッドの前、国王専属護衛隊隊長のジェイルは居たたまれない気持ちで立っていた。2年前、セーファスが16歳の誕生日に国王に就任して以来、ほとんど毎夜娼婦や男娼と寝ている。この状況には未だに慣れることはできない。
「あっ……いく、ぅ──!」
「堪え性が無いな」
ジェイルは頬を赤らめつつ、気を逸らそうと窓の方を見る。バルコニーの外に見える月は雲に覆われている。
15歳で城に雇われ、19歳で護衛隊入隊、3年前に24歳で隊長になった彼は、このような行為は一度もしたことがない。
相手なら腐るほど居た。彫りの深い精悍な顔立ち、無駄なく鍛え上げた肉体に健康的に日焼けした肌、光の加減で銀色にも見える薄紫色の長髪は、きっちりと後ろになで上げられている。城内きっての男前である。
しかし、少々お堅いところがあり、好きでもない相手を抱く気にはなれなかった。そして、そのようなことは、剣の道に生き国王に命を捧げる自分には必要ないとも思っていた。
「ジェイル、気を失ってしまったようだから、お風呂に入れて丁重にお帰ししてあげろ。手を出してしまってもいいぞ」
バエディル王国国王のセーファスが軽い調子で声をかけた。
彼の金髪が月の光を反射する。白い肌に柔らかい印象の顔立ち。蒼い瞳が悪戯っぽく輝く。
「私に言わないで下さい……」
それは召使の仕事であり、護衛官が国王の下を離れる訳にはいかない。ジェイルは振り返らず、気まずそうに金色の瞳を泳がせる。
「俺は心配してるんだぞ、お前もうすぐ三十路だろう? 彼女、俺よりもお前の方が好みのようだったし」
「見ず知らずの女性に何をしろと……」
「見知った女性でも何もしないのだろう、サーシャはどうなのだ」
数人の召使を呼びつけたセーファスは、言いながら娼婦を引き渡す。
「あれは……妹のようなものです」
サーシャは城の洗濯係の一人で、去年、田舎が戦場となり両親を失った。それでも城に仕えて生きている。護衛官達の宿舎に洗濯物を取りに来る。茶色い髪をおさげにした愛嬌のある少女で、同じ村出身のジェイルが護衛隊長になっていると聞いて宿舎を担当することを希望したらしい。ジェイルも10歳年下の彼女を可愛いと思っていた。
「では、俺ではどうだ?」
「とんでもございません」
冗談めかして訊く国王に、ぴしゃりと言い返す。
「まあいい。俺は寝るから、よろしく頼む」
「……はい…………」
ジェイルは憂鬱そうに返答した。
「ん……ジェイル……」
名前を呼ばれ、始まったか、とため息をつく。
「ジェイル、どうだ、気持ちいいか……?」
嬌声が聞こえていた時よりも更に居たたまれない気持ちになる。
「後ろの穴が、もの欲しそうにひくついてるぞ」
やたらはっきりとした発音に、本当に寝ているのだろうかと疑うが、国王の寝床を覗くわけにもいかない。だいたい、もし起きていたら気まずすぎる。
「挿れる……ぞ……」
もう聞いていたくない。しかし耳を塞いでいて侵入者に気付けなくても困る。
「どうだ、俺のは……」
どうすることもできないまま、セーファスの声が止むのを待つ。
「どうしたジェイル、ここ最近元気がないぞ」
「別に……なんでもありません」
あなたのせいですとも言えずに顔を逸らす。
「無理は禁物だぞ」
「分かっています」
国王が去ると、大きなため息をつきながら宿舎に向かう。ジェイルはこのところ夜間警備ばかりしているので、昼間に眠ることになる。
それというのも、ひと月ほど前に夜間警備を担当した週から、国王の昨夜のような寝言が始まったからである。今までこんなことはなかったし、前の週の担当に聞いてみても国王は寝言一つ言わずに眠っていたというので、これを聞いたのは自分だけのはずである。セーファスの名誉のためにも他の者に聞かせるわけにはいかないと、ジェイルは皆が嫌がる寝室の夜間警備を代わってやっていたのだ。
シャワーを浴びた後、宿舎で眠っていると、何かがジェイルの髪に触れる。
勤務中は後ろになで付ける髪が降りていて、耳や顔を隠していた。それを見てにっこりと笑うサーシャ。洗濯物を取りにきたようだ。
「こうしているとなんだか可愛いですね」
「余計なお世話だ」
髪をかき上げながら半身を起こし、眠そうに言うジェイル。
「昨夜侵入者でも居たのですか? 最近なにかと物騒ですから……」
「……いや、」
「では、国王が何かしでかしたとか?」
「……いや、何も」
ジェイルは、手入れをしている訳でもないだろうにやたらと整った眉をしかめて言う。
「お疲れのようですね。どうぞお休みになっていて」
言うと、良いものを見たというような笑顔でサーシャは去って行く。
「……疲れているんだろうか」
いつもなら触れられる前に気配に気付けるはずである。
「サーシャ、どうだジェイルは」
「お疲れのようでしたわ。お可哀想に」
「そうか。昨夜お前は妹のようなものだから抱くなんて考えられないと言っていたぞ」
「国王の名を出したら嫌そうな顔をしておられました」
「嫌よ嫌よも好きのうちと言うだろう」
「妹萌えというのもあります」
落ち着いて話してはいるが、お互い敵意が感じられる。
セーファスとサーシャは、二人ともジェイルに恋をしていた。
「まあ、俺の方が望みはあるようで良かった」
「ジェイル様はお堅いですから、女の私の方が有利です」
「お堅いだけで同性愛に偏見はあるまい」
「しかし国王様は妻を娶って世継ぎを生ませねばなりませんわ」
「そんなもの養子でも取れば良い。ジェイルなら可愛がってくれよう」
「そんなことで王家の血を絶やすなんて、古参の重臣達はどう思うでしょうね」
そして鈍感すぎるジェイルに、二人とも苦戦を強いられていた。
「分かっているのかサーシャ、俺には権力があるぞ」
「権力だけではお心までは留められませんわ」
「この勝負、絶対に負けんからな!」
「私こそ!」
勝負の内容は、どちらが先にジェイルと寝ることができるかという身も蓋も無いもの。
しかしサーシャは焦っていた。
長年ジェイルを想いつづけた。だからこそ分かる。
想い人は、自分のことを愛してはいない。本人も気付いていないが、国王に惹かれている。
しかし、このことには、国王も気付いていない。
ジェイルが国王への想いを自覚する前に、自分を愛してほしい──。
「ジェイル、今夜は夜間警備は他の者にやらせろ」
夕方、交替を控えて国王の私室の近くまで来たジェイルに、セーファスは言った。
「しかし……」
「お前は俺のベッドの中に居てもらう」
「……はい?」
「実はな、俺は暗殺者に狙われているらしいのだ。念には念を入れて、お前にはすぐそばで待機してもらいたいのだ」
「あ、あぁ……了解しました」
なんとか返事をして、一瞬不埒な想像をした自分を恥じる。
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