「隊長!」
部屋のドアが開く。ジェイルの部下達──国王護衛隊の隊員達が入ってきた。少し後ろでは国王であるセーファスが飛び出そうとするのを制されている。
おそらく、行くと聞かない国王の護衛をするという名目で皆ジェイルを助けに来たのだろう。
先に入った護衛官がジェイルをいたぶっていた3人の男を取り押さえると、やっと解放されて国王が走り出る。
「ジェイル!」
前の開いたシャツに汚れたピンクのエプロン、きっちり履いたままのブーツ。長い髪は乱れ、顔にかけられた精液は乾いて固まりかけている。
屈辱的な格好のまま国王に抱きしめられたジェイル。
国王は俯いた彼の顔を上げさせると、誰とも知れぬ男が放った精を指で拭い取る。
「心配したのだぞ……」
優しい口付けを落とす。
唇を離すと、護衛兵の一人が男のポケットから見つけた手枷の鍵を国王に手渡した。
セーファスは、解放されてももう立ち上がる体力が残っていない様子のジェイルを再び抱きしめ、身体に纏わりついたエプロンを外す。
「早く帰るぞ!」
セーファスの声に、護衛官達はジェイルを担架に乗せて大きな布を被せる。
空は白みかけている。まだ暗いうちにと一行は迎えの馬車にジェイルと国王を乗せて急いで城に戻った。
「本っ当に心配したのだぞジェイル……!」
昼前にやっと目を覚まし身体を起こした途端、泣きそうな顔のセーファスに抱きつかれてジェイルは苦笑を浮かべる。
身体を清め、新しいシャツを着ている。今日はいつもの制服姿ではなく、前髪も上げていない。
昨夜のことで疲れているだろうから今日は休め、と国王が言った。断ったジェイルだが、部下達にも強く言われてしまい、結局今日は休むことにした。
「しかし……こうしていると若く見えるな」
半分寝転んだまま抱きついた国王と目を合わせるために下を向いたので、顔の横にいつもは耳の後ろにある髪がさらさらと流れ落ちている。それを触りながらセーファスが言った。
「何故いつも髪を上げるのだ? ストイックでいいが、下ろしていてもカワイイぞ」
下ろしたところで可愛いと形容されるような容姿では決して無いと分かっているジェイルは困ったように笑う。
「やはり下ろした状態だとナメられますから……」
「ずっと思っていたのだが敬語はやめろ! よそよそしい! 俺は悲しい!」
「国王に対してそんな……」
ジェイルはこういうことに関しては適応能力が低い。それを知っているセーファスはにやにやとしながら彼を見つめる。
「さ、昨夜は、助かった……ありがとう」
ぎこちなく言うジェイルに口付けると、セーファスは名残惜しそうに何度も振り返りながら執務室へと向かう。
「今日一日は自由に過ごすのだぞ!」
「ジェイル兄ちゃん!」
今の門番とも仲良くなったらしく、久しぶりにクーノが護衛隊の宿舎へ来た。
「サーシャ姉とライナス兄貴から手紙だよ」
二枚重ねの折りたたんだ紙を渡される。開くと、一枚目はライナスからのものだった。
『悪魔ジェイルへ。昨日はゴメン。あんまり酷いことはすんなって俺も言っといたんだよ。あの3人にはちょっとナメられてるかなぁとは思ってたけど、ここまでとは……マジでゴメンな!でもな、お前だって悪いんだぞ!悪魔のルックスでサーシャをたぶらかしたんだろ!!サーシャはお前の居ないところでじっくり俺に惚れさせてやる。覚悟しとけ!ライナス』
ごちゃごちゃした筆圧の強い文字。両手を顔の前に合わせて謝ると、すぐに態度を変える彼の姿が容易に想像できる。ジェイルは表情を緩め、二通目のサーシャからの手紙を読む。
『ジェイル様へ
本当に 申し訳ありませんでした
許されないことをしてしまいました
もう貴方の前には顔を出しません
でも、貴方を想い続けています
サーシャ』
震えたか細い文字。身勝手な内容ではあるが、彼女なりに精一杯言葉を綴ったのだろう。
「2人に、また会おうと伝えておいてくれ」
「オーケイ!」
駆けていく少年の小さな背中を見送ると、下男に呼び止められた。
「国王様がお呼びです」
「分かった。すぐ行く」
自由に過ごせと言ったくせに早速自分を呼びつけるセーファスに苦笑を漏らしつつ、足は執務室へと向かう。ジェイルは、もしかしたらこれが恋愛感情というものかもしれない……などと考え頭を振る。
「ジェイル! よく来た! お前に屈辱を与えた3人をどうしようかと思ってな」
「……おそらく、そそのかされて調子に乗っただけでしょう。主犯は逃げたようですし、どうか寛大な処置を」
「いいのか? あれだけのことをされておいて」
「いいのです」
きっぱりと言うジェイルに、セーファスは、そうか、と普段より大人びた表情で微笑むが、すぐに元に戻る。
「で。敬語はやめろと言ったであろう!」
周りに他の者も居るからと思い敬語で話したジェイルだったが、国王は気に食わなかったらしい。
「しかし陛、んっ!?」
周りの目も憚らず、セーファスは机越しにジェイルを引き寄せ口付ける。
慌ててセーファスを押し返し唇を離すジェイル。周囲の視線が痛い。
しかし国王はジェイルの心を知ってか知らずか、大声で宣言する。
「皆の者、誰がなんと言おうと余はジェイルを嫁にする!」
一人称が変わると、普段はアホっぽいだけの口調もちょっと様になる。
「国王! 王家の血を絶やすおつもりですか!」
「うるさい! 異議があるならジェイル以上の美人を連れて来い!」
反論した老臣もこれには押し黙る。彼の知り合いにジェイルよりも美しいと言える女性は居ないらしい。
「……ジェイル殿のお気持ちも考えなされ!」
「嫌か、ジェイル?」
苦し紛れの反論を受け、国王は悲しそうな顔をジェイルに向ける。
「ジェイル、俺のことが嫌いか?」
「私などよりも……国王の伴侶にふさわしい女性が居るはずです」
ジェイルには自分が国王を愛しているのか、それとも主君として慕っているのか、判別はつかない。だが、国王が同性と結婚なんてことをすると、国交に悪影響が出るのは明らかだ。
「相変わらずお堅いな、そんな所がカワイイのだが」
机の上に膝で立って高さを稼ぎ、上からジェイルを抱きしめるセーファス。下手に押すと落下しそうでジェイルは甘受するしかない。
「国王!」
咎める老臣にセーファスは舌を出してもう一度宣言する。
「余は絶対にジェイルを嫁にしてやるのだからな!」
セーファスの戦いとジェイルの受難は、まだはじまったばかり。
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