ルフィたちと決別してからの方が、ゾロは強くなれた。
 それまで戦いの最中にあっても、どこかで無駄な殺生を嫌う感情があったのに。それらの迷いにも似たものは、憑き物が落ちたようにすっかりと無くなっていた。誰とも言葉を交わさず、悲しさも寂しさも感じはしなかった。
 ゾロの腰にはくいなの刀が常にあり彼を最強の道へと着実に歩ませている。
 浅い眠りの中にあっても、懐にあるサンジの冷たい手がゾロの荒れる気持ちを落ち着かせた。いつも肌に触れている手は、一向に温かみは戻さなかった。時折に取り出しては、それでもゾロは目の前にサンジがいるかのように、その手に語り掛け、変色している指先を口中に含んで、じんわり広がる低い温度を少しでも上げようとした。
 くいなの刀とサンジの手だけが、ゾロの心を宥めてくれた。
 それらを前にしているときだけ、感情を消し去った狂剣士の表情を穏やかにさせた。
 感情がないから、迷いは一切断ち切られた。
 僅かな躊躇もなく、相手の隙を見破り、剣の流れを先読みできた。どのように身体を動かすのかまで、鮮明に予測できるまでに技量は上がっていく。いつの間にか、その力はかつてゾロをウサギ狩りの小さなナイフで翻弄した、ミホークをも凌ぐものとなった。
 世界の頂点に立つ男と再び剣を交わしたが、その距離は驚くほどに近くなっている。
 黒剣を抜刀させるに至り、ミホークがゾロへと見せた困惑はなんだったのか。格段に力をつけて伸し上がってきた男に対しての畏怖であったのか。あまりの変わりように、気持ちを揺らせてしまったのか。  鍔迫り合いの緊迫する距離で合わさった鷹の目は、鋭いながらも深い色をしていた。
 その目がゾロに疑問を投げかけ、何があったのかを口にしたが、若い剣豪から終に答えは得られなかった。
 キリリと高い金属音が大気を震わせ、押し合う力の均衡がミホークが抱いた疑問によって崩れ落ちた。先に刀を引いたのはミホークであった。飛び退る大剣豪の懐に飛び込み、ゾロはいつぞやの破壊の限りを尽くされたガレオン船の残骸で、繰り広げた決闘の光景を再現してみせた。
 戸惑いながらもミホークが黒剣を振りかぶって打ち下ろそうとした瞬間、ゾロの刀がそれらを擦り抜け、ミホークの胸元へ伸びていく。反射的に身を翻した大剣豪の胴体が、鬼轍の刃に捕らえられ、返す雪走りが男の喉笛を掻っ捌いた。ぐっと握り込んだ和道の閃光がひらめき、袈裟懸けに胸元を走り抜けていく。
 身体を三つに切り裂かれた男の死体が、足元に重い音で転がっても嬉しさはどこにもなかった。悔しさもなかった。ひとつの仕事をやり終えたのと変わらぬ、無色透明な感覚だけがそこにはあった。
 くいなの刀を握り締め、懐でずっと温められている片手を衣服の上から触れる。
「やったぞ・・・」
『大剣豪ね、ゾロ』
『おせぇんだよ、オレは待ちくたびれちまったぜ』
 ぽつり落ちた声は、それでも穏やかだった。誰もいない孤独な場所に立ち尽くすのは、ゾロひとりだけだ。寄せる波音が柔らかく、砕ける波頭に混じって声があるようだ。
 もういない彼らの声が、ひどく優しく切なく耳に届けられる。瞼に幼いくいなの満面の笑みと、サンジの揶揄しながらも口元をほころばす独特の笑みが浮かぶ。そして、次にはかつての仲間たちの姿が、決別したと思い込んでいた仲間たちの笑いが脳裏を過ぎった。
 ようやく己が成し遂げた事柄に満足と共に、深いむなしさばかり味わう。
 誰もいない。仲間たちも、約束した人たちもいない。
 感情なんぞ要らない。思っていたのに、無残に斬られた剣豪の死体を見下ろす視野が涙でぶれていた。
 どうしてこんなにも悲しいのだろう。
 いつだって独りで生きていたはずだった。あんな形でなくても、ルフィの船を下りてしまう可能性だって大いにあった。
 誰かと喜びを分かち合いたい。生ぬるい感情を持っていたのか。顕示したいのか。
 世界はこんなにも広いのに、誰一人として大切に思える人がいない。それが悲しい。
 ずるりと頭から布を取り去る。魂までその瞬間にごっそり抜けてしまったようだ。涙が止まらない。どうしても止められない。
 本当はくいなに見せたかった。ルフィたちと満足に笑いあいたかった。馬鹿なコックがシニカルに笑って、今夜は祝いでもしてやると生意気な口調で言うのを聞いてみたかった。
 どんな激戦であっても、感覚が殺傷だけに研ぎ澄まされようとも。
 振り返れば仲間たちがいることがどれほどゾロにとって大切であったのか。
 自分から捨ててしまった関係は、離してはいけないのものだった。サンジの片手と同じく、ゾロには大事な人たちであったのに。
 ゾロはかけがえの無い存在を自分から切り離した。
「情けね、え・・・こんなこと・・・」
 今になってから気付いても、取り返せはしない。
 嗚咽が溢れて止まらない。
 どんなにしても、胸の痛みは消えてなくならない。
 刀を鞘に戻すこともできず、ゾロは強く拳を握り締めた。自分からなくしてしまった人たちが思い出され、胸がずきずき痛む。
 ひとりきりでは生きていられない。そばに誰かがいてくれる幸福。くいながいなくなったときに、サンジが失踪したときに。それまで嫌と言うほど身に滲みた幸福感は、彼らがいなくなってもゾロを優しく取り囲んでいてくれた。
 情けなさ過ぎる。どうしていつもいつも、気付くのが遅いのか。
 自分の夢に向かう生き方に後悔はないが、到達するまでの道に後悔がある。
「・・・・・・っ」
 傷だけでない痛みに耐え、ゾロはついに刀から手を離して胸元のシャツを握りこんだ。




 溢れる慟哭を止められない。
 夢を叶えても少しの嬉しさもない。
 砂を噛む味気なさばかりに心がきしむ。


   夢を叶えても、僅かの興奮すら残っていない。




 
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