仕事の疲れを取るにはやはりお風呂だ。
最近買ってから気に入っているはちみつレモンの香りの入浴剤を入れ、ゆっくりと浸かった私は満足して浴室からあがった。
一人暮らしをすると決めて部屋を探したとき、浴室の環境だけはやたらとこだわった甲斐がある。ユニットバスなど以ての外、適度に広いうえ追いだきができないと嫌だと言ってたどり着いた物件だった。
今日は一日どころか一週間分の疲れを出すように長々と入っていた。明日仕事がないと思うと、さらに気分も軽くなる。
「ふう……」
今日もいいお湯だった……とささやかな幸せを感じ、髪にタオルを当てつつ部屋のドアを開ける。
と。
部屋のど真ん中で胡坐をかいていた男と目が合った。
「――」
「……」
互いにしばらく見つめ合っていた気がする。
私は、固まっていた。
……え、なに?
私の部屋に人がなんでいるの、不法侵入?どうしよ、男の人!ていうかあの人すごい見覚えのある格好、昨日もやった、あのゲームの、
「あんた、何者だ?」
顎に手をやりながら眉を寄せ、口を開いた男の声に私の思考は現実に戻された。
「……え、えと」
動転してすぐ返答できずにいる私に、男は言葉を続ける。
「ここは何処だ?あんたが連れてきたのか?」
「……」
私は答えられなかった。
どうしよう、ゲームそのままだ、格好も、声も、いや、でもそんなはずは――あるはずない、怪しすぎる…
「おい、どうなんだ」
厳しい視線が刺した。得体は知れないが、何か言わなくては命にかかわるかもしれない。
「あ、あなたこそ不法侵入ですよ、何で私の部屋にいるんですか」
「は?」
「それにその恰好、コスプレでもしているんですか。声まで真似て、何がしたいんですか」
「待ってくれ、意味がわからないんだが。ここはあんたの部屋なのか?」
今度は相手がうろたえる番だった。強気に出たことが想定外だったのだろうか。
「強盗だか婦女暴行狙いか知らないですけど、誰だか知らずに侵入してんですか?!」
「婦女、暴行?!いやいやそんなことは――」
男は腰を浮かせたが、相手が聞いてくれるうちに言っておかないと、と気持ちが逸った。
「だったら何で恰好が戦国無双の島左近なんですか!」
「!!」
男の目が大きく見開かれたが、ここまで言ったら最後まで言い切りたいというほうが勝った。
「せっかくそういうカモフラージュするなら相手の好みくらい正確にリサーチしといてもらえますか、無双は無双でも一番は左近じゃないんだから!」
私の主張は届いただろうか。どうせ強姦されるなら左近の皮を被った外道よりもっと好きなキャラの皮をかぶった外道のほうがいい、という理論だ。……といっても、左近も好きの部類に入る存在ではある。
「わかったらとっとと出なおしてください、警察呼びますよ!」
「俺の名前を知っているのか、あんた」
「……はい?」
立ち上がった彼は、私をまっすぐに見つめた。
「ご存じのとおり、俺は戦国の世で無双を誇る、石田家の家臣、島左近だ」
「は」
「あんたは俺のことを知ってるようだが、俺はあんたを知らないし――」
「いや、あなたが島左近なはずない」
私は一歩、後ずさった。お互いに警戒している状態は続いている。
「だから、正真正銘島左近ですって。影武者なんて立ててませんから」
そう言って両手を広げてみせる。その仕草はゲームでも見たことがある。一朝一夕で<つくった>ものには見えなかった。
「それと、ここがどんな場所かも知らない。自室に向かって歩いていたら突然視界が変わって、ここにいた」
「城内にこんな奇妙な部屋があるという話は聞いたこともないし、落とし穴や隠し扉に当たった感触は一つもない」
「あと――あんたの格好も相当おかしいと思うけどね、俺は」
キャミソールにショートパンツ、カーデガンを羽織り肩にバスタオルをかけた私を一瞥する。
「なあ、あんた何者だ?」