「なあ、あんた何者だ?」

最初に言った言葉と同じだった。
しばしの静寂が流れる。
私は、彼の言葉を信じなかった。信じたら今までの常識が総崩れになってしまう。正確には信じたくなかったのだが。
とはいえ、ずっとこのままでいても埒が明かない。すぐにどうこうしようという気はなさそうなものの、不法侵入していた男にわけのわからない疑いをかけられている状態からの打開をするには。仮定でも、信じたくなくても、説明する必要がある。

「……もし」

「もし、あなたが本当に島左近だというのなら、とんでもない所に来てしまってますよ?」

話を聞いてそれでも、この男は島左近だと主張し続けるだろうか。

「あなたは時空を超えて、あなたのいた時代から未来、それも並行世界に来ている」
「なんだそりゃ、嘘をつくんならもっと上手くついたら――」
「あなたが島左近であるなら、こうして説明しないことには成り立たないんです」

吹き出しそうになった男に、私の格好も部屋も奇妙に感じることが何よりおかしいんです、と真顔で続ける。
その動きも、喋り方も、戦国無双で見てきた島左近そのものだったが、まだ私は認めきれなかった。どこかでぼろが出ないものかと、もしくは本当にそうであっても夢か幻ではないかと、思っていた。

「今年が天正何年だとかあなたは言うんでしょうけど、私の生きる世はそこから400年以上経った平成です」
「へーせー?なんだ、その気の抜けたような年号は」
「気が抜けててもしょうがないです、戦なんてやってないですし。あなたのように帯刀なんてしていたらそれだけで罪人扱いされます」

「太刀を振るうなんざ以ての外ってか?未来のへーせーとやらの日ノ本は誰が治めてんだ」
「今は日ノ本じゃなくって日本と言うんです。漢字は同じですけど。大名が治める時代は100年以上前に終わって、民衆の代表の集まりがさらに代表を選出し統治しています。……といってもここは並行世界なんで、あなたの生きた時代のそのままあととは言えないですよ」

「その、さっきから言う並行世界……というのはどういうことだ?」
「私の生きる世界の過去と、あなたの生きる世界は違うということです。私の世界の歴史的書物に島左近や石田三成、直江兼続といった武将の名は記されていますが、屏風などに描かれた姿は目の前にいるあなたと全く違う」
「絵師が想像で描けばそういうこともあるだろうよ」

「いえ、ここからが重要です。あなたの姿も声も仕草ももろもろ含めて、ほんの2、3年前に売りに出された<ゲーム>という絵巻とも劇ともつかないものに描かれている姿と全く同じなんです。つまりは、私の世界から言えば<史実を基にした空想の世界>から、島左近が現われているわけです。あなたの世界に源氏物語の紫の上が現れたと思えばわかりやすいですかね。まああれは架空の人物ですけど」
「……」

言葉で言うより見れば一目瞭然だろうと、私は戦国無双2のパッケージを持ってきた。
表の真田幸村のイラストからして、その精緻さに驚きを隠せない様子だった。さらに説明書を出して島左近や他のイラストを見せると、「確かに俺がいるな……殿も、信玄公も、見ていたそのままだ」と呟いた。

「あなたの時代ではそのような描き方はできなかったはずです。俄かには信じがたいでしょうが、私からすればあなたが本当に島左近なら時空を超えてきた存在というほかには考えられない。そうでなければ、あなたは劇中の格好を全て真似た変人です」
「……それはそれは、ずいぶんな物言いだ」

私の持てる限りの知識と語彙を引っ張り出した説明に、男の顔は少しひきつったように見えた。

「ちなみに、ここがあなたにとって未来である証拠はそこら辺に転がってます。今は夜なのに電気というものの力で明るいことも、そこの冷蔵庫という大きな箱で食品を冷やして保管できるこも、ここでは当たり前です。その扉、開けてみてもいいですよ?知らなかったら相当昔の人か、日本育ちじゃないです」

男は言われたように冷蔵庫の扉に手をかけたが、一向に開けようとしない。痺れを切らした私が「それ、引くんですよ」と言い、その男に手を重ねて一緒に開けるまでそのままだった。
一瞬びくりと男が反応したが、それきり何か言おうともしなかった。その手に触った感触はまさしく血の通った人間の男のもので、夢でも幻でもないことを裏付けていた。
そして彼が手をかざして冷気が出てくるのを確かめている様は、確かに一般的な常識を持ち合わせていない姿だった。

「日本育ちでない人間が流暢に日本語を話したり、島左近の姿を完璧に真似られるとは思えないです。とするとあなたは本当に時空を超えてここへやってきた、と考えるほかないのですが」

カーテンも窓も開けて外を確認したりと、目につくものを一通り物色し終わった彼と再び正面から向き合う。
私はもう、信じるしかないと思った。嘘をついているようには見えない、幻でもなんでもない、実際に彼がいるのだ。

「最後になりましたが、私の名前はあの子です。至極一般的な女です。昔風に言えば農民、もしくは町娘といった存在です」

私はなぜだか、微笑みかけていた。危険が遠のいたようで、安心したのかもしれない。

「さて、あなたは戦国の世にて知勇兼備と名高い石田家家臣島左近様でございましょうか?それとも物取りか乱捕り目当ての人間ですか」
「……ああ、俺は島左近に間違いない。疑って、悪かったな。どうやら……時を越えてきたようだ」

そんな私を見て観念したように、彼も表情を緩めた。
ばつの悪そうな笑い方だった。それを見たら、本当に気が抜けてきた。


「ご理解いただき、感謝します。……ところで」

そして私は気づいてしまった。この人に遭遇するまでに自分は何をしていたかを。
腕から腿まで、さあっと鳥肌が走るのがわかった。

「ん、なんだ?」
「私その、お風呂上りで湯冷めしそうなんです!」

髪乾かさせてくださいいぃ!とドライヤーを取りに私は急いだのだった。



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