葉隠くんが食堂を出てからどれくらい経っただろうか。校内放送で捜査終了を告げられた私たちは、学級裁判に参加するため“赤い扉”からエレベーターで地下に降りた。
 苗木くんが多くの人から疑われているのは一目瞭然だった。ろくに調べていない私でも、ファイルに記載されている情報からして引っ掛かる人物だ。でも、早まって間違った結論を出したら周りを巻き添えにしてしまう。文字通り、命が懸かった学級裁判なのだ……。


 話し合いが始まると、事実の確認から話題は進行していった。現場の情報に証言、しっかり捜査していた人たちの話に耳を傾ける。
 話題の焦点は、舞園さんのお腹に刺さっていた厨房の包丁へと動いた。それがいつ厨房から無くなったのか。議論は過熱する。

「厨房に包丁、と言えば……灯滝さんですが」
「そういやそうだべ! 苗木っちも怪しいけど灯滝っちも充分怪しいべ!」
 セレスさんの指摘に葉隠くんが便乗する。確かに、私がいちばん長くいる場所、そして使っているものだ。だけど、違う。
「私が昨日厨房を出たのは日中だったから、それ以降に食事を取りに厨房に入った人がいるよ。ご飯が減ってたから分かる。でも今朝、食堂が解錠してすぐ厨房に行った時にはもう包丁が1本欠けてたから、間もなく食堂に来た石丸くんに聞いたんだよね」
「うむ。ほぼ一番乗りだった僕は、その話を灯滝くんに聞いたので、食堂に来たときに皆に聞いて回ったのだが……“心当たりがある人は居なかった”のだ……」

「それは違うよ!」
 石丸くんの言葉に、苗木くんは鋭く切り込んだ。
「心当たりがある人は……実は居たんだ。そうだよね、朝日奈さん」
「……えっ?」
「だって、朝日奈さんは言ってたよね……。昨夜、紅茶を入れに厨房に行った時は包丁は揃っていたけど、片付けにもう一度入ったら無かった……つまり、朝日奈さんが食堂にいる間に包丁は無くなってたって」
「う、うん……そうだよ」

 苗木くんは事前に朝日奈さんに聞きこみをしていたのだ。それが石丸くんの言葉を打ち崩す。
「捜査中に食堂に来た時、苗木くんと二人でその話をしてたね」
「そうそう。灯滝ちゃん、お茶ごちそうさまでした」
「で、では何故、朝に僕が尋ねた時にそう言わなかったのだ……!?」
「あ……ごめん。すっかり忘れてた」
「なん……だと……」
 困惑する石丸くんが不憫なほどに、あっさりと朝日奈さんは言った。

「じゃあ朝日奈さんが食堂にいる間に、包丁は持ち出されたって事なんだね……」
 不二咲さんは、涙目の石丸くんを心配そうにちらちらと伺っている。
「つーことは……朝日奈っちがいる間に、苗木っちか灯滝っちが厨房に……」
「ううん、違うよ! 苗木も灯滝ちゃんも来なかったよ!」
「だ、だったら……こういう可能性はどう? そこの水泳バカと灯滝実ノ梨あるいは苗木誠が共犯関係にあって……ウソの証言をしている……とか……」
「水泳バカ……!?」
 葉隠くんの推測も朝日奈さんは一蹴。でも腐川さんの言葉にはさすがに頭に来たようで、ケンカが始まりかけてしまった。十神くんがモノクマに共犯者の取り扱いについて尋ねてくれたので、未遂でよかったけれど……。

 共犯者にメリットがない事を伝えついでに、モノクマがうっかり「今回の事件に共犯者はいない」と宣言したことで、私と苗木くんが凶器を持ち出した疑いは晴れた。
「包丁で……大切な仕事道具で、人を殺すような料理人がいたら……そんな奴は職人じゃない。ただの屑だよ!」
「おぉお……灯滝っちから未だかつて無い程の威圧感を感じるべ……!」
「オメェが疑ってきたからだろ……」
 大和田くんが突っ込んでいたけれど、葉隠くんが私を疑うこと自体は仕方がないと思う。
 言ってはいないものの、自分の仕事道具で人を殺されたというだけでも、これは私にとって充分冒涜的な事件だ。それをもし私自身がしていたとしたら、たとえ事故だったとしても私は死んだほうがいい。料理人を名乗れる人間でなくなるのだから。

 そして朝日奈さん自身が持ち出したという可能性は、ずっと一緒に居たという大神さんが証人となって霧消した。しかし石丸くんは愕然とした表情をして、彼女に問うた。
「大神くんも……僕に伝えてはくれなかったという事か……!?」
「朝日奈と共に来た我の答えを聞かず、我たちの直前に来ていた不二咲の元へ尋ねに駆けたのは……石丸の方ではなかったか?」
「そ、そうだったな……二重に申し訳ない……」
 途端に俯いて小さくなる石丸くん。二重、の一重目は……大神さんの性別を勘違いしていたことだ。

「なんで先に不二咲に聞いてなかったん?」
「それは……石丸クンが、その前に来たボクに長話してたから、かな」
「……うん。全体的に石丸清多夏殿のうっかりさんっ☆ からのトホホ展開でしたな……」
 素直な桑田くんの疑問には苗木くんが答えていた。山田くんがうまくまとめてくれたので、議論は次の話題へと発展していった。


 朝日奈さんが食堂に来た人物をずっと言わなかったのには、理由があった。それがここにすでにいない人物、殺された舞園さんだったからだ。
 事件は複雑だった。元々殺意を持っていたのは殺された方……舞園さんで、苗木くんに疑念が向くような仕掛けをした上で、手紙で桑田くんを部屋に呼んでいたのだ。でも、争った末にシャワールームに閉じこもった舞園さんを、桑田くんはドアを工具でこじ開けて殺した。
 桑田くんは証拠隠滅を図ってあらゆる手を使ったけれど、シャッター越しの焼却炉の中にシャツを投げ入れて、さらに投げたガラス球でスイッチを入れる事が出来る人なんて“超高校級の野球選手”の彼しかできない芸当だった。そして舞園さんが残したダイイングメッセージ“11037”は、逆さに見てLEON――“怜恩”。桑田くんの名前であるそれが、決定的な証拠となった。
 投票による多数決で選ばれた桑田くんは、犯人……クロだった。
 かくして、初めての学級裁判は終了した。



 狼狽える桑田くんに、モノクマは容赦なく“オシオキ”開始を宣言した。
 クイズ番組に出てきそうな分かりやすいスイッチをハンマーでポップに叩くと、一瞬の間に桑田くんの首に金属の輪がはめられた。それを認識する間もなく裁判場の隣の部屋へと引っ張られ、彼は磔にがっちりと固定された。
「桑田クンっ!」
「桑田……!」
 後を追って、全員が移動する。

 物々しいフェンス越しに見える桑田くんは、球場のマウンドに立たされていた。“超高校級の野球選手”に掛けた演出という事か。
 左バッターボックスには打ち気満々、予告ホームランのポーズをするモノクマ。しかし桑田くんは投げない――いや、投げられない。ボールを持っていないのだから。
 が、痛烈なピッチャー返しが桑田くんに直撃した。痛みに顔を歪める桑田くん。一つ、二つでは済まされず……その先は機関銃のように、必ず桑田くんの体に当たり続けた。
 しかしモノクマはバットを振り回すだけの扇風機。ボールをぶつけているのは、ピッチングマシンだった。
 中央からのみでは飽き足らず、上下左右にマシンは振り動き、あらゆる角度からあらゆる部位を叩く。打撲、鬱血、出血、骨折…………そして。
 血塗れのボールが手前に転がり、止まった。
 “千本ノック”が終わる頃には――彼は変わり果てていた。

 “オシオキ”……そんな言葉で表すには温すぎる、むごい姿があった。
 目の前で命が奪われるのを見たのは、2回目。またも私は、立ち尽くすだけだった。



 しばらくそうしていたように思う。誰もがそこを動こうとしなかったこと、モノクマが愉しそうに嗤っていたのを、覚えている。

 殺しが起きれば、その後必ず誰かが殺される……それが一人か、一人以外の全員になるかを決める話し合いが、学級裁判。
 誰かを犠牲に生き延びる事の現実を見せつけて、モノクマは去った。


>>>CHAPTER1_END


【 DEAD 】
・舞園さやか a.k.a“超高校級のアイドル”
 被害者:包丁による刺殺
・江ノ島盾子 a.k.a“超高校級のギャル”
 校則違反者:見せしめ・グングニルの槍
・桑田怜恩 a.k.a“超高校級の野球選手”
 クロ:オシオキ・千本ノック


>>>生き残りメンバー 残り13人

>>>To Be Continued.

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(→CHAPTER1あとがき)

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