体育館には、未だ大小二つのシルエットが立ち尽くしたままでいた。
 不二咲さんは、小さく震えながらもここを離れることを躊躇っていた。死んでしまった江ノ島さんを置いては行けない、と。
 そして、先ほどから蒼白の顔で狼狽える葉隠くん。髪型のおかげで余計に大きく見えても、ハートはそうでもなかったらしい。

 葉隠くんは本気でこれが演出や芝居だと信じきっていたようで、取り乱し方が尋常じゃない。数十分前までの余裕の佇まいはどこに行ってしまったんだろう。欠片も見えない。
「ああああああイヤだぁ……出たい……出してくれ……もうイヤだあああああ……ッ!」
「葉隠くん……大丈夫?」
「大丈夫……なわけねーべ!! 俺はこんなところから今すぐ出たい! なのに出られねーんだぞ! 何なんだべこの学園はッ!!」
 理不尽に怒りの矛先を向けられて、私のほうは逆に冷静になった。あまりにも我を失っている人を見ると、こういう事が起こる気がする。

「わかるけど……今は、できることを考えてくしかないよ……セレスさんの言葉も一理あると思う」
「……適応、なんて絶対しねーぞ。俺はその前に出てやるべ!」
「それでもいいからさ……少し落ち着こう?」
「落ち着く状況じゃねーっての!」
 だめだ。ちっとも鎮まってくれない。このまま学級裁判になったら、葉隠くんはまともに話し合いもできなさそうだ。……いっそ、話の方向を変えてみようか――。
「じゃあ……スープでも飲まない? 葉隠くん、食堂に来るの遅かったから何も食べてないでしょ?」
「はぁっ?」
「外に出るにしても、腹ごしらえして悪いことはないよ。私、これから準備するから」



 葉隠くんは少し黙り込んでから、私と食堂へ行くと言った。不二咲さんにも声を掛けてみたけれど……江ノ島さんを思ってだろう、首を横に振った。
 二人で食堂に着くと、葉隠くんはキッチリとしたご飯を所望した。なので先にスープだけ温めて出し、手早く用意して戻ると、葉隠くんは「ご苦労ーさん」と呑気な返事で私を迎えてくれた。……さっきのパニックはどこへやら。空腹も原因の一つだったに違いない。
 みんなの分まで準備もしたけれど、やっぱりと言うべきか、捜査に気が行っているようで誰も来る気配はなかった。そんな状態で、葉隠くんが一人で食べる姿をただ見ているというのも妙だし(夕食の準備は出足を見てから考えたいのでもう少し後だ)、私も一緒に早めの昼食を摂ることにした。

「学園に閉じ込められて、リアルに舞園っちも江ノ島っちも死んじまって……はぁ。オメーの飯だけが救いだべ」
「葉隠くん、ずっと信じてなかったもんね……」
「当然だべ! 俺はオカルトは信じねーんだ!」
 ご飯をこぼさんばかりの勢いでオカルトを拒む姿、だけを見れば、昨日の朝のような平和を錯覚しそうになる。だけど、箸を口に運んでうーんと唸る葉隠くんは、少し眉を寄せて息を吐いた。

「でもよ、こうやって食ってる飯は実際うめーんだから、ドッキリでもなかったアレは……リアル、ってことだよな……」
「……」
 あんな凄惨な光景を立て続けに見ても、目の前の人は美味しいと言いながら料理を食べている。しかもそれで現実と理解している、というのも“ふつう”からズレを感じるところだけど……黙って私もご飯を口に入れた。
 少しの間、カトラリーが食器に当たる音だけが響く。


「……これから、俺も死ぬのか……? そ、そんなのは嫌だ!!」
「ひゃ!」
 急に葉隠くんがテーブルを勢い良く叩き立ち上がった。コップの中身がこぼれそうな勢いに、私は慌てて器を抑えた。
「そうだッ灯滝っち! もし俺が殺されそうになったら、オメーが身代わりになってくれ!!」
「え!」
「身代わり料として特別にタダで占ってやるから、なッ! うん、俺の占いによるとだな……」
 まくし立てる葉隠くんに、口をはさむ間も無い。このままでは私の運命が決定づけられてしまう!

「待って! それキャンセルして!」
「遅いべ、結果も出てっぞ。つーか通常10万の占いが俺の身代わりに死ぬだけでタダになるってんだから、大サービスだろ?」
「私の命の値段……」
「まあまあ。気を取り直して結果を聞くべ。」
 勝手に占って私の命を10万にしたのは葉隠くんだというのに、その張本人に励まされる奇妙な流れ。こうなっては……とにかく何かポジティブな結果が出るよう祈るしかなかった。

「えーっと、灯滝っちが身代わりになるのは……そいつが死んでからだっ! …………はぁっ?」
「……はっ?」
「ど、どういうことだべ……? 死んだ奴になりすます……って事か? そんなんムリだべ! 舞園っちとも江ノ島っちとも全然見た目が違うべ!」
「葉隠くん、意味がわからないんだけど……」
「死なないと身代わりになってくれんなんて…………。俺はっ、俺を生かして欲しいんだっ!! ……ああーっ! 占い損だべ!」

 自分で結果を言ってから頭を抱えて嘆く葉隠くん。さっき結果は出てるって言ってた時は取り乱さなかったのに……あれは嘘だったのか。いやそれより内容が意味不明すぎる。
「つーか、これって……オメーが犯人だから俺らを犠牲にして、俺らの代わりにここを出て行くって事じゃ……! そういう事だったんか灯滝っち!!」
「は、はぁ?」
「うまいメシ食わせてもらったからって俺は騙されねーぞ! そうやって俺を懐柔する気だったんだな!! だったら絶対証拠を掴んでやるべ! 早く出せって! なんか持ってんだろ? え、そうなんだろ!?」
「そんなの無いよ! 落ち着いてよ、ご飯途中なんだし!」
「嘘つけ! 今じゃなくてもこれから殺すかもしれねーだろ!」
「じゃあ少なくとも今回の犯人じゃないじゃん!」
「んん、それもそうだな!」
「納得しちゃうの!?」

 滅茶苦茶な理屈で糾弾された、と思ったら、葉隠くんはケロッとした顔をして顎に手をやった。……何なんだろう、この変わり身の早さ。
「ま、俺の占いは3割当たるからな。どうなるかはわからん!」
「えっ、3割しか当たらないんだ」
「おいおい、“しか”って何だべ! 野球で3割は好打者だぞ!」
 今度は、私の不用意な言葉に反応して眉が釣り上がる。喜怒哀楽や表情の変化が激しい人だ。最初の印象とは違う。

「でも葉隠くんは野球選手じゃないし……」
「占いで3割はもっとスゲーんだって! ヒットするかしないかの野球より、何がどうなるってとこまで当てんだからな!」
 葉隠くんは語気を荒らげ、自分の占いについて話してくれた。「だいたい、全部当たったらそれはもう占いじゃなくて超能力だべ。」とのこと。
 野球と占いの3割の違いはイマイチ理解できなかったけど、3割当たることで超高校級と言われているんだから葉隠くんは確かに占い界の風雲児なんだろう……と無理やり納得することにした。……ここら辺にしておかないと、後の会話は平行線をたどりそうだ。

「まあ、そういうわけで……俺になにかあった時は身代わり、よろしくな! もっともオメーは、死んだ奴の身代わり? も、しなきゃなんねーらしいけどな」
「当たるか分からない占いの話だけどね」
「だーかーら、占いってのはそういうモンなんだ。当たるも八卦当たらぬも八卦っつーだろ?」
「うん。3割信じておくね」
「それってほぼ信じてねーべ!」
 占いをコケにされるのは気に食わないけど、的中率はピッタリ3割だと胸を張る。結局、葉隠くんは私を占った結果が当たって欲しいのかそうでないのか、よく分からなかった。


「んじゃ……俺はぼちぼち行くべ。食い終わってんのにずっとここにいたら、誰かにやんや言われそうだしな」
「私がどうこう言える立場じゃないよ。全然捜査してないし……、あ、お皿そのままでいいよ。一緒に持ってくから」
 気付けば二人ともお皿が空になっていて、葉隠くんはお茶を啜ると小さくため息をついた。行きたくない面倒くさいと顔に書いてある。
「お。じゃあ頼むべ。つーかオメーでなくてもうるさい奴は何人もいるべ」
 確かに、彼らを思い浮かべると……否めなかった。
 
「ご馳走さん。うまかったべ!」
 葉隠くんが席を立つ。
 みんなが当たり前のように言ってくれるその言葉が、私にとっての活力になる。
「お粗末さまでした。いってらっしゃい」
 後ろ手で手を振る姿を見届けて、私も厨房へと戻った。

←BACK | return to menu | NEXT→

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル