みんなが自室へ向かう中、私はまっすぐ食堂に戻って、一人で朝食を摂った。あまり食欲は湧かない。昨日の夕食の残りは昼食までまわりそうだ。
 用意していた私以外の分のご飯は、そのまま昼食分にスライドさせることになるだろう。……ああなっては朝食会どころでなかったし、仕方がない。
 洗い物は自分のものだけ、次の仕込みも必要なくなってしまったので、時間が空いてしまった。洗濯でもするか……と考えたところで、白衣の予備が欲しかったことを思い出した。

 ――そうだ、倉庫へ行こう。
 生鮮食品は厨房にあっても、保存食はほぼなかった。倉庫ならあるだろう。
 缶詰、瓶詰、乾物に期待したい。これで料理のバリエーションを増やせる。
 料理人とはまったく現金なもので、食材のことを考えるだけで沈んでいた心が嘘のように生き生きとし始める。この世に食材がある限り自分は絶望しないんじゃないか、なんて思いながら、私は倉庫へと足を運んだ。



 倉庫の扉を開けると、意外な先客がいた。
「うぉ?! ……なんだ、灯滝っちか。びっくりさせんなって!」
「ゴメン。まさか人がいるなんて思ってなくって」
「ま、そうだよな。俺もオメーと倉庫で会うなんて意外だべ」
 葉隠くんは最初こそ大げさなリアクションでビクついたものの、私だと分かるとちょっと怒り気味に突っ込んだ。……人がいて驚いたのは私も同じだ。

「私は保存食のチェックと……白衣かエプロンの類があればと思って見に来たんだけど、葉隠くんは?」
「俺は、替えの服になりそうなモンを探しにな。ジャージがあったから持って帰ることにしたところだべ」
「ジャージかあ……私も部屋着で使おうかな。他に服っぽいの置いてあった?」
「いんや。全部は見てねーけど、大したモンはなさそうだったぞ」
「そっか……」
 寄宿舎で使うものが仕舞われている倉庫なら、白衣は難しいかもしれない。食堂の調理担当までがここに住み込みだなんて、本来ならあり得ないだろう。それでもエプロンくらいなら実習で使いそうだけど――。

「でもまあ、俺の用事は済んだし、上の棚だけでも見てやるべ。俺のほうが丈あるからな!」
「本当? 助かる!」
 得意げな顔をして任せろという葉隠くん。さすがに男子の背には敵わない。初めて葉隠くんが頼りになった……のだが。
「調理環境が良くなれば、灯滝っちはもっとうめー飯作ってくれるだろ? 期待してるべ!」
「……ご期待に添えるよう、善処しますけど……」
 そういうことでの厚意だったんだね、とは言わないでおいた。



 白衣関係を親切な葉隠くんに調べてもらっている間に、私は保存食を探すことにした。入って右側に食料関係が見えたので、葉隠くんがいる方と逆の通路に向かう。奥の方まで一面、食料品が置かれているようだ。さすが倉庫、頼もしい。ダンボールにまとめて運び出せるほどの充実度に顔がほころんでしまう。
灯滝っち、ジャージは持ってくんか?」
「うーん、貰っとく」
「サイズと色は?」
「どんなのがあるの?」
「男女共用、SSから3Lだべ。ちなみに俺は白いジャージだべ!」
「白……」
「ん? 何?」
「いや……」

 ジャージのカラバリに思いを馳せつつ、手頃なダンボールを開けてまず缶詰を放り込む。軽く1日分入れれば充分だろう。食堂から近いので都度補充に来られる。
「よし、ジャージ確保だ。あとは……コックさんみたいな白衣だっけか。うーむ、あるかどうか占ってみっか」
「いいよぉどうせ3割しか当たらないのに」
「何だべ灯滝っち! “どうせ”じゃなくって、“ぴったり”3割だべ!!」
「うん……無駄占いしなくていいよ」
 無駄とは何だべ! と返す葉隠くんだったが、結局占わずにそのまま探す方を選んだらしい。日用品関係は真ん中と左側の棚に雑多に積まれている。配置が分からないと見つけるのに苦労しそうだ。


 中身の無い会話をしつつもしばらく作業に勤しみ、大方目処が付いたところで葉隠くんが収穫を口にした。
「お? 灯滝っち、エプロンを見つけたべ!」
「本当!? エプロンがあれば充分だよ。洗い替えがあるだけ助かる!」
「んじゃ2、3枚とっとくか? なーんか随分フリッフリしてんのもあるが」
「汚れにくい普通ので」
「素っ気ねーなあ灯滝っち……」
 料理人なら仕事着は機能美追求以外あり得ない。これ鉄則。

「さて、俺の任務はこんなトコかね。そっちは終わったんか?」
「あー……じゃあさ、上のほうの取ってもらっていい?」
「どれどれ……おっ、あれだな。俺でもハシゴ使わねーと取れんな。」
 天井までぎっしり入っている中の、一番上の棚に目当てはあった。
「私も取れないわけじゃないんだけど、ハシゴの上のほうまで乗らないと無理そうなんだよね。箱自体は軽いと思うから、ひとつよろしく」
「まあ、剥がれかかった爪って言うしな。いっちょ取ってくるべ!」
「なにその痛ましい状態……」
 ……乗りかかった船、と言いたかったんだと思う。


「なんつーか、置いた奴は整頓しながら乗せるのに飽きたんか、途中からテキトーになってるべ……」
 ハシゴの下から指示をする間もない早さで、葉隠くんは「これが欲しいんだべ?」と正解を指差した。直感だろうか。……こんなところで発揮しても微妙だ。
 ただその棚は無理をして詰め込んだようで、欲しい箱も斜めになって少し凹んでいるのが見えた。
「上から押されてるみたい? 気を付けて取ってね」
「……うーん。あれだな、ジェンガ感覚でいくか。」
「はい?」
「ふー……抜くべっ!」
 私が聞き返したのに構わず、葉隠くんは深呼吸したのち、素早く、そして勢いよく箱を引き抜いた。

 箱は手にできた。が、その上にあった箱たちは支えるものを失い、ばらばらと棚から下の……葉隠くんに当たって落ちていく。痛そうな葉隠くんは慌ててハシゴから降りようとして、片足を踏み外した。
「て、いってえ! っと、あ、やべ……っ」
「え、ちょっ」
 今度は葉隠くんがバランスを崩して落ちてくる。真下の私も慌てるが逃げる暇なんてあるわけがない。せいぜい数十センチの高さ、だけど、上背そして髪にボリュームのある男子を受け止めるには、私は力不足だった。すごく焦っている葉隠くんの横顔が見えた。ぐらついたハシゴも間もなく他の資材を巻き込んで倒れるだろう、と思ったところで私の視界は覆われた。


 見えない中で感じたのは、背中に衝撃、ドサドサと物が落ちる音、のちに重みと鈍痛。胸を潰されて聞き苦しい呻き声も上げてしまった。……カエルが潰されたようなアレだ。
「……っつう……」
「……」
 落下がおさまっても、葉隠くんの反応はなかった。
 重さからして、上に乗っかっているはずなのに。
「……葉隠くん、大丈夫? 私、今見えなくって、……葉隠くん? 聞こえる葉隠くん!?」
「…………聞こえてるべ……」
 遅い割には意外にしっかりした声で、安堵する。わずかに動かれると、葉隠くんの髪が胸元で擦れてごわごわした。

「よかった……。大丈夫? 痛むとか?」
「あー、……まあ、生きてるべ……。打ったくらいで怪我らしい怪我もねーしな」
「本当? ゴメン、私が頼んだばっかりに」
灯滝っち。ちーっと、このままでいてくんねーか」
「え、うん……?」
「俺の上に落ちてきた箱がスゲー乗ってるから、どけるんだべ。……ま、灯滝っちが下敷きになってくれて助かったべ……そのまま地面だったらもっと悲惨な事になってたべ……」
 圧迫されていた胸が軽くなって、ばらばらと箱が床に当たる音がする。葉隠くんが身を起こして、乗っていた箱を払ったらしい。
 つまり葉隠くんは私に重なるように仰向けに倒れてきた、みたいだ。葉隠くんに押しつぶされたものの、葉隠くんが上にいたから落下物は私に当たらなかった……と言える。


「なあ……オメーこそ、頭とかぶつけたんじゃねーか?」
「私は、背中くらいだから……あと葉隠くんが乗っかったくらいで」
「そうか……。灯滝っち、ナイスなクッションだったべ。でも俺のおかげで半分助かっただろ……? お互いウィン・ウィンだな!」
 普通は災難と捉えるようなところで、妙にポジティブだ。仮にも年上の人に言うのはなんだけど……葉隠くんは超高校級の能天気だと思う。
「いや、でも、あれ引き抜くって……すごく軽率だったよね」
「いけると思ったんだべ……」
 すぐに落ち込むのもまた葉隠くんらしかった。ため息まで聞こえて、今どんな顔をしているかも想像できてしまう。
 
「あの……ところで私、全然見えないままなんだけど」
「ん? ああ、俺の上着がすっぽり被っちまったんだべ。肩に引っ掛けてただけだから、俺より先に落っこちたんだな」
 落ちてくる寸前の葉隠くんは学ランを羽織っていなかったし、そんな気はしていた。でも、落ち着いてくると……なんていうか、吸うたび男子の匂いがする。幸い汗くさくはなかった。
「取りたいんだけど……」
「あれだ、こういう感じの付喪神いたべ」
「葉隠くん悪いけど上着取ってもらうか、そろそろどいてもらっていいかな」
 そこまで言って、やっと葉隠くんは私の上から離れた。闇雲に上着を取ろうとすれば手に葉隠くんが当たるだろうし、視界を元に戻すにはそうしてもらうほかなかった。
 それに床は冷たいし背中は固い棚に当たっているしで、さすがに同じ体勢が続くとしんどかった。


 おそらく数分ぶりに視界を取り戻した。さほど明るくない倉庫の明かりでもチカチカする。開放感で思い切り息を吸ったら、悲しくなるほど埃っぽかった。元より倉庫というのは長く居るような場所じゃない。
 葉隠くんは私と反対側の棚にもたれて座っていた。言っていたとおり、大きな傷もなさそうでホッとする。自分もあらためて確認したが同じで、打ち身程度のようだった。
「さっきは何も言わんかったけど、本当はあちこち痛かったべ?」
「それは……お互い様だと」
 五分まで捲ってむき出しな葉隠くんの腕も無事みたいだ。と見ていたら、右手が顎にいって思案顔をする。

「物理的に上に乗っかるだけってのも中々なもんだったべ。べっぴんさんを椅子にしたがるお偉いさんの気持ちが少し理解できた気がするべ」
「……なにそれ」
「男っつーのはいろんなロマンを持ってるんだべ。」
「ちょっと言ってることがわからないですね……?」
 今度は私が思案顔で唸る。葉隠くんは嘆息した。

「寄宿舎エリアはモノクマのお咎めもねーって話だし、ここの監視カメラはさっきので物に埋もれてるし、そんなところで男女二人きりで触れ合ったら、ケミカル起こってしまうべ?」
「……えっ、なにを……まさか」
「なんてな。まあ俺は年長者だから、相談なら特別価格で乗ってやるべ!」
 これは、なんだ。からかわれている……いや、試されている?
「…………さっきのだったら、すぐにどいてって言うのが正解だった?」
「今回の俺は当事者だから答えられないべ。だから金も取れん!」
 胸を張る葉隠くんの姿に、こっちはため息が出そうだ。……結局無駄な質問だったのかと、やり場のない思いが湧き上がる。
 言いたい事はわかっても、葉隠くんという存在がさっぱりわからなかった。


「さて、ぼちぼち片付けて戻るべ。上のモンは俺が上げるから、灯滝っちは半分から下の方な」
 人を煙に撒いた葉隠くんは、立ち上がって服の埃を払った。追うように私も立とうとして、学ランを持ったままだった事に気付く。
「ごめ、上着返してなかった」
「いいって。勝手に灯滝っちのとこに落ちたんだしな。全体的に重力の責任だべ」
 羽織ると落ち着く、と言いながらそれを肩に掛け、中腰になった葉隠くんは私に右手を差し出した。
 一瞬躊躇ったけれど引き上げてもらって、しわが寄った服を整えた。

 その後は無事トラブルなく、二人で落ちたものをひたすら元に戻して倉庫を出た。
 ……出てすぐにモノクマが現れて驚いたことは、誰にも知られたくない話として仕舞っておく。

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