向かい合わせに座った葉隠くんは本当に休憩したくて来たのか、喋り出しはいつものように勢い付いたりはしなかった。
 私は終日、厨房と倉庫くらいしか行き来しなかったので、葉隠くんが今日何をしていたのかといった話を投げかけつつ時間を緩やかに流した。
 私のことは話すまでもなく、「ずーっと料理絡みだろ?」と言われて頷くだけだった。わかりやすく面白味もないので私も補足はせず、貰った水を呷って周りへ視線を移した。
 ……この食堂を使う機会も、間もなくなくなる。
 誰が掛けたのか、監視カメラにはいつの間にか布が掛かっていた。


「……あー、でも……まさか世界が終わってるなんてな」
「見ないことには、実感湧かないよね……」
 葉隠くんはテーブルに付いた腕に顔を寄せて、大きく溜め息を付いた。
 学級裁判ではああ言っていたけれど、やっぱり信じられないというのは葉隠くんだけでなく、私もだ。漠然とした不安は拭えなかった。
「はあ……俺のコレクション……オーパーツ……ううっ……」
 ……しかし次いで出たその言葉を聞いて、考えにズレがあったことを把握した。
 彼の心配する内容は……とても彼らしかった。

「はッ! だけど……そんな世の中って事は、金銭価値とか社会も崩壊してるってことだよな……? だったら俺の借金とか控訴中の裁判とか、怖いお兄さんたちの組織とか諸々……チャラになってたりして!? そうか……絶望してもそこから希望が生まれるって、こういうことなんだなっ!」
「…………うん、前向きだね。」
「じゃあ、あれだな……灯滝っちの相談料5万円と、保留中の5万円と、内臓国籍戸籍関係も……現状では意味を成さねーのか……」
「たぶん、今のところは」

 がばっと身を起こした葉隠くんの一喜一憂姿に、私は在りし日の“身代わりになってくれ発言”の流れを思い出していた。
 これからの葉隠くんは、掴まされた贋作オーパーツ(推定)を犠牲に、実質的徳政令やあらゆるお咎め無しを手にする……という状態になるようで、なんというか……私から見ると、背負っていた重い物たちから開放されていくらしい。
 私との金銭的契約も凍結された要求も、この状態だと引き続き保留となりそうだ。
 お金はともかく……後半はシャレにならないのでそのままであってほしかった。心から。



「それによ……俺らは、2年も前から知り合ってたんだな」
「うん、覚えてないけど……。クラスの思い出とか、大切なことも……きっとあったはずだよね。もう、思い出せないのかな」
 昨日の捜査でメモを見つけるまで、私は記憶を失っていたことさえ全くわからないでいた。
 それでも未だ、あの玄関ホールでの出会いがみんなとの初対面で、この数週間が関わりの全てとしか思えないでいる。
 ……思い出せるのなら、思い出したかった。霧切さんが、自分の素性や目的を強い想いで引き出したように。


 葉隠くんは、ペットボトルの窪んだ線を親指の腹でなぞりながら、私を窺うように話を切り出した。
「なあ……。けっこう前に、オメーと倉庫で居合わせて、俺がハシゴから落ちた事あったろ? あん時、俺は……実はしたたかに頭を打ったんだべ。そんで……少しの間、俺はおかしかったんだ……」
「えっと……葉隠くんがおかしいのは、いつものことじゃ……」
「……灯滝っち。さり気なくヒデー事言ってるっつー自覚はあるか?」
「ごめん。」
「……うん。……とにかく、俺がおかしいと思うくらい、おかしかったんだべ。」

 つい口を挟んでしまったことを反省して、葉隠くんの話を待つことにする。
 気を取り直した葉隠くんは顎に手をやって、言葉を考えつつ続けた。
「今思えば……奪われた記憶の一部と、今の状態とが混線してたんだな。……一瞬鮮烈に戻って、その違和感を少しの間引きずったっつーか。えーと、こういうの何つったっけか……クラッシュガッツ? スラッシュタップ?」
「……フラッシュバック?」
「そう、そんな感じのやつだ。」

「でも……そんな風には見えなかったよ? あ、いや、あの時葉隠くんの上着被ってたからとかじゃなくて、妙な感じはしなかったっていう意味で」
「そうか……。灯滝っちも俺と同じ事になってるかもと思って、頭打たんかったか? ってあの時に聞いたんだが、まあオメーには何も起きんかったんだよな……」
 たとえ記憶が混線してたとしても、私には葉隠くんがおかしな言動をしたようには聞こえなかった。
 しかし……頭を打ったら記憶が戻る、なんて……そんなベタなと思いつつ、一瞬でも欠片でも、葉隠くんが思い出していたなんて……。少し、いや、かなり羨ましい。


「きっと俺は……本気でそう思ってたから、一瞬とはいえ簡単に出てきたんだべ。スゲー想った経験があったんだろうな」
「この前言ってた、強い気持ちが記憶を呼び覚ます、的な? ……何を思ってたの?」
 やはりあの時……トラッシュルームに霧切さんを投下した後に、葉隠くんは薄っすらと感付いていたのだ。“あるはずのない記憶”の存在に。
 だけど、常識的に考えてあり得ないことだと、頭の片隅に追いやっていたのだろう。
 私が次の言葉を促すと、葉隠くんは、うん、と一言区切ってから……次第に躊躇いをなくしつつ、言い放った。

「たぶんそれは、奪われる直前くらいの記憶というか、意識なんじゃねーかと思うが…………俺はオメーを好きだったらしい」
「…………え」
「そういうヤツの上に乗っかってたら、このままでいたいとか、痛くさせて悪かったとか……思うよな? だから、きっとそうだべ」
「えっ…………」
灯滝っちとぶつかって更に頭打ったおかげで、俺のほうがマジでケミカルってたわけだ! アッハッハ!」
「……ええええええ!!」


 笑い飛ばす葉隠くんを、信じられないという目で見ることしか出来なかった。
 ――2年間、……その間に、何があったのか……ッ!!
 何度試行しても脳内検索は「見つかりませんでした」しか吐かない。……使えない。黒幕のせいで!
 そういう大切なことを、私も忘れてしまっているかもしれないのに。
 ……それとも、私はそれほどの大切な想いを、抱いてはいなかった?
 だったら……ロッカーで見つけたメモは、“葉隠くんに急がないでいいと言われたペアリなんとかの件”とは、一体……?

「……あの、ええと……ごめん、私は、覚えていなくて……」
「や、それは別にいいべ。俺だって思い出せんからな!」
 申し訳なく思った私の返事を遮るように、葉隠くんはサッパリと言った。
 ひとしきり笑った後でも、葉隠くんの声は楽しそうに聞こえる。
「だってよ、そん時と今は同じじゃないんだぞ。今の俺は、希望ヶ峰学園で普通の学園生活やシェルター生活はしてねーんだ。……コロシアイ学園生活と学級裁判を通ってきたのが、今の俺だべ。」
 確かに、そうだった。同様に私も……以前とは違う自分でいるはずだ。

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