EPILOGUE
学級裁判を終えて私たちが引きあげると、日付けはすでに変わり明け方となっていた。
黒幕――江ノ島盾子が死んでも、学園内に大きな変化はなかった。
ラスボス戦の後のお約束のように建物が崩れたりすることもなく、電気や他のライフラインも今までどおり。
……ただ、物理室へ行ってみると、彼女が言っていた通りに空気清浄機の稼働は止まっていた。
学級裁判で見た“外の映像”が本当なら、外でも人間が活動(暴動)していたので、直ちに影響が出るレベルの汚染度ではないのだろう。実際呼吸をしていても、以前との変化はよくわからなかった。
監視カメラも動いたままだというのは、情報処理室にあったテレビを通じて確認した。
黒幕に封鎖されていたその部屋の鍵は、霧切さんが手に入れていた“モノクマのひみつ道具”こと万能キーで開けることが出来た。
室内のモニター群と設備の電源を落としはしたものの、バッテリーなどで監視カメラが生きていれば学園外に発信される可能性はなくもない……らしい。私は詳しくないので、みんなの話を総合すると、そんな内容のことを言っていた。
とはいえ全ての監視カメラを破壊して回るのも骨なので、この件は各自が必要に応じて壊すなり目隠しを掛けるなりして対処することに決めた。
そんな確認をしつつ、私たちは、このまますぐに学園から出て行くかどうかを話し合った。
気持ちは前に……外に出るほうに向いていたけれど、体調もろもろを整えてからにすべきだろうと冷静に判断され、最終的には明日の朝に出ることを決めた。
今は非日常な展開からアドレナリンが出まくっていて、疲労など微塵も感じないけれど、この状態を有り体に言えば“徹夜”なわけで、……私は人一倍弱いわけで……。
それに苗木くんは、あれからお風呂に入る時間もなかったのではないだろうか……と思う。
ということで今日一日は、明日に備えて各々なりに過ごすこととなった。
*
私はまず仮眠を取り、身支度を整えてから食堂に向かった。
昼夜の食事の準備に加えて、明日以降持っていけるような食べ物も用意しておこうと考えていた。倉庫にあるような携帯食のほうがコンパクトで長持ちだろうけど、私の個人的な気持ちとして、少しばかりは手製のものを持ち出したいと思ったのだ。
しかし厨房に入って見ると、食料は補充されていなかった。
元々食べきれない程の量が置かれていたので、今日明日くらいの余裕は充分ある。それでも……江ノ島盾子が「必ず外に出なければならない」と言っていた理由の一つは、ここにあったと言えるだろう。
食料補充を始めとする学園生活の整備は、必然的に裏方を担っていた黒幕の仕事だったのだ。そう考えると、江ノ島盾子は裏で多忙を極めていたに違いなかった。何せ、監視とモノクマ操作と学園内整備を一手に引き受けていたのだ。
それでいて最後の最後まで抜かりのない状態を維持し続けていた彼女は、自分でも言っていたように……超人的だ。彼女は、限りなく完璧に近い能力を持った人間だったのかもしれない。
……“絶望”でありさえしなければ、“希望”を持てる人間であれば……なんて、思っても仕方がないのだけれど――。
……話を食料に戻す。
先日話題になった、生鮮食品の旨味のなさや倉庫の保存食の賞味期限の長さについては、学級裁判の説明で合点がいった。
空気汚染や暴動の影響で、自然の中で食料を育める環境ではなかったり、そもそも“2年後”であったせいだった。
それに……違和感というか、妙な感じは食材に限ったことではなかった。
厨房内の“初めから使いやすい配置”や“手入れされた包丁”は、全てを知ってから考えると……シェルター生活中にも私が使っていたからだった。どうりでしっくり馴染むわけだ。
気付かなかった私は鈍いのかもしれないけれど……“記憶喪失してて2年後”だなんて、普通は思い浮かばないはずだ……。
*
結局私は、この一日の大部分を料理に費やした。外に出る準備も食料関係ばかりで、個人的な用意という用意は特にしていなかった。というか想像がつかないので、出来なかったというほうが正解に近かった。
「――灯滝っち、準備終わったんか?」
「あ、うん」
厨房の片付けを終えたところで、葉隠くんがカウンター越しに声を掛けてきた。
この厨房とも明日にはお別れだ。この数週間……そしてシェルター生活中も使っていたであろう設備を磨き終えると、感慨深いものがあった。
私が厨房の照明を落として食堂側に出ると、葉隠くんは時計を見上げていた。
「夜時間、だよな」
「あ……そっか、チャイム鳴らないんだ」
時刻は夜の10時を回ったところだった。黒幕が死んで、情報処理室の装置の電源も落とした今は、モノクマ声の校内放送も止まっていた。
「食堂のロックも掛かってなかったべ。閉じ込められんでよかったな」
「……本当だ。よかった……」
隙間が空いたままの食堂の扉を奥に捉えて、安堵した。
外に出る前夜まで食堂に閉じ込められる事態なんて笑えない。しかも、二回も引っ掛かるなんてことになったら不注意の極みだった。
「んじゃ……安心したところで、一緒に休憩でもいかが?」
放られたペットボトルの水を胸元で掴まえた私を、葉隠くんはテーブルへと促した。