EPILOGUE
昨日は昨日で、今日は今日……と切り替えるも、やや寝付けなかったのは否めなかった。
早めに起きた私は支度を整えて、一人で生物室に足を運んだ。
……この学園との別れは、亡くなったみんなと離れることと同義だった。
殺した・殺された、絶望かどうか……それらはもう終わったことだ。
今の自分では彼らに何も出来ないけれど……せめて手を合わせて、この数週間に思いを馳せた。
部屋には昨日のうちからか、すでに誰かが訪れていたようで、植物庭園にあった花々や“桜の花束”が手向けられていた。
*
みんなとの待ち合わせは“8時に玄関ホールに集合”。
思えば、かつて記憶を奪われた私たちが最初に顔を合わせた時に、モノクマが書いたメモと同じ時間と集合場所だった。
朝日奈さんと霧切さんがいたところに私も合流し、続いて苗木くん、十神くん、葉隠くん、そしてあれからそのままだったらしいジェノサイダーが揃って、重厚な扉の前に一列に並んだ。
どのくらいの間だったか……何も言わずに扉を見つめていると、こうしているわけにもいかないと、霧切さんが苗木くんに“脱出スイッチ”の準備を促した。
江ノ島盾子が事切れたあの場所に落ちていた装置が、本当に脱出するための鍵かどうかは、今となってはわからない。
葉隠くんが心配するように、自爆スイッチかもしれないけど……ここに居続けられない以上は、押して出て行くしかなかった。
憂慮もお構いなしでノリノリだったジェノサイダーは、ポジティブなことを言いながら……盛大にクシャミをして腐川さんに戻ってしまった。
腐川さんは全ての決着が着いて外に出られると知った途端、十神くんとのバラ色の未来を真っ先に描き始めた。彼女なら……どんな世界だろうと関係ないのかもしれない。その想いに対して十神くんがどうなのかは……まあ、うん。
外が滅亡しているのかも、実は平和なままなのかも、開けないことにはわからない。
「……でもさ、どうなってたとしても、そこが“ボク達の世界”なんだよ。だから、ボク達は……そこで生きてかなくちゃいけないんだ。」
苗木くんの言葉に、霧切さんは「希望さえあれば、苦境に陥っていても前に進むことが出来る」と付け加えた。
十神くんは、外にいる“まだ希望を捨てきれない人たち”と十神家を、世界を復興させると自信満々だ。
腐川さんは、そんな彼にどこまでも付いて行くと幸せそうだった。
朝日奈さんはドーナツ命だから、もしドーナツ屋さんも無かったら小麦レベルから作ることを考えているらしい。
「そっか……。朝日奈さんが農業してくれるなら、私は料理のための道具や機械を探して拠点を構えたいな。でもそれすら無かったら設計からか……勉強からやるしかない」
長い道のりになりそうだけど、決心は揺るがない。前に進むと、自分で決めたのだから。
朝日奈さんの言葉に触発された葉隠くんは、……なんか天地創造するらしい。
「でも“道がなければ作ればいい”って……いい言葉だね」
「だろっ? 俺が進んだ後こそが道になるんだべ!」
そんな、みんなのやり取りを見ていた霧切さんは、「どうなっていようと、苗木くんみたいな人と一緒だったら楽しみだ」と静かに笑った。
笑いながらお別れしないと、と朝日奈さんは前を向いていた。
いつでも無料で占ってやると、葉隠くんが彼らしからぬ大盤振る舞いをしたかと思えば、十神くんまで何か困ったら言うだけ言えと、らしからぬことを言う。
「じゃあ……美味しいご飯が食べたくなったら、私のところに来てね。どんな食材だって大変身させるから、期待していいよ」
私も、私ができることを宣言した。料理こそが私の才能であり、私の道だ。
腐川さんは十神くん(と私たち)について創作意欲が湧いたようなので、この日々がいつか書籍化される……なんてことも起こるかもしれない。
……もうすぐ終わる。これは、別れの挨拶だ。
今の気持ちはまさに……霧切さんの言った「名残惜しくはないけど、なんだか不思議な気分」だった。
そしてこの状態には、苗木くんがぴったりの言葉を持ってきてくれた。
「これって……なんて言っていいのかわからないけど……やっぱ、卒業なのかな?」
*
「あっ、じゃあ……これは、さしずめ卒業記念になるか?」
いよいよ外に出ようとしていたところだったのに、葉隠くんはズボンの右ポケットに手を入れて……何かをみんなに見せた。
「これって……“希望ヶ峰学園の指輪”……」
「あ、しかも7個ある!」
覗きこんだ苗木くんと朝日奈さんが声を上げると、葉隠くんは鼻を擦って経緯を話し始めた。
「昨日、部屋に積まれたモノクマメダルを見ててよ……このまま使わんで出て行くのも勿体ねーと思って、モノモノマシーン回したんだべ。そしたらまずコレが出てきたんで、なら人数分揃うまでメダル突っ込んでみるかーって、な」
「で、でもあの中身って100種類くらいあったよね。葉隠クン、よく7個も同じの出せたね」
「前にオセロで灯滝っちや苗木っちから稼いだ分もあったし、呑まれる前に欲しいモンは全部出たべ」
「へえ……引きがいいのね」
リストのコンプリートを目指していた苗木くんが驚くのも、無理はない。さらに、感心する霧切さんという珍しい姿を見た。
「それよりも、あの機械は無尽蔵か……?」
「十神くんもモノモノマシーン知ってたんだ……っていうか葉隠くん、そんなことしてたって昨日言ってなかったよね!?」
「まあまあ。せっかく出たんだし貰っといてくれって」
葉隠くんは私の追及をいなしつつ、みんなに希望ヶ峰学園の指輪を配り歩いた。十神くん、腐川さん、霧切さん、苗木くん、朝日奈さん、……そして最後に、私へ。
「あー、灯滝っちには……これもな」
私の前に立った葉隠くんは小声で言うと、ズボンの左ポケットに手を入れて、何かを取り出した。
中央に光り輝く石の入った、華奢なハートモチーフの指輪が、ペンダント状になっていた。
「美術室で工作して紐通しといたべ。実は夜なべだべ」
「え……!?」
「嘘だべ。ほんの数十分だべ。でも、これなら料理したってバッチリだべ」
「あ……ありがとう……」
続いたひそひそ声に頷くと、葉隠くんはちょっと照れくさそうな顔をして私の首に掛けた。
指輪の名前は知っていた。それは恥ずかしくもなる。私も照れる。
右手につければ恋、左手につければ愛という、“色恋沙汰リング”。それを……首から下げたら、どうなるんだろう……?
「葉隠ー? どうかしたの? 長くない?」
朝日奈さんの声にドッキリするも、何も突っ込みは来なかった。どうやら葉隠くんの背丈や髪型や羽織った上着のおかげで右端にいた私はすっかり隠れていて、他の人から見えない状態らしい。なんだか……はかったように都合がよかった。
「やーそれがな、灯滝っちが“料理するから指輪は付けられん”っつーから、記念品は実用しなくてもいいんだって説明してたんだべ。……だからコレは、どっかに仕舞っといてくれよな!」
話す間に葉隠くんの指は、私に付けたばかりのペンダントモチーフを摘んで、第一ボタンの開いた私のワイシャツの内側へ落とした。そのモチーフ――リングは自分の重さで下がって、制服で丁度よく隠れてしまった。
そして何事もなかったかのように、葉隠くんから改めて希望ヶ峰学園の指輪を差し出された私は、……一連の流れにドギマギしたおかげで危うく落としかけた。
「……ご、ごめんね、こんなの貰ったことなかったから、動揺しちゃった」
すんでのところで捕まえて、そのまま葉隠くんの陰から顔を出してみんなに詫びると……霧切さんがクスリと笑みをこぼしたのが見えた。
「――記念品も手にしたことだし、そろそろ……行きましょうか」
頃合いという霧切さんの呼びかけで、みんなの注目は“脱出スイッチ”を手にしている苗木くんへと向いた。
……苗木くんはみんなを見渡して、手元の赤いスイッチに指を置き、頷いた。
「じゃあ、押すよ……!」
*
スイッチは押し込まれた。
入力を受け付けた機械音とともに、正面の鋼鉄の扉は低い地響きのような音を立てながら、ゆっくりと開いていった。
まばゆい光が、視界を真白に変える。
卒業。すなわち、新たな世界への旅立ち。
体感25日の学園生活で、私たちを取り巻く環境は一変してしまった。
……けれど。
この先に絶望が待っていようと、必ず希望はある。
希望の種を持っている私たちなら、進んで行ける。
私たちは自らの足で、白んだ未知の外へと踏み出す。
私にとっては、料理人としての独り立ちと……灯滝実ノ梨という人間の、更なる成長の始まりだ。
――独り立ちも自立も、なにも一人きりで成すものではない。
私は、灯滝実ノ梨は……繋いだ手の先にいる――葉隠康比呂という人間と、手を引いて、引っ張られて……これからの世界を生きていきたい。
>>>EPILOGUE_END
< コロシアイ学園生活 in 私立希望ヶ峰学園 >
【 MEMBER:78th class 】
・苗木誠 a.k.a“超高校級の幸運”
・十神白夜 a.k.a“超高校級の御曹司”
・葉隠康比呂 a.k.a“超高校級の占い師”
・霧切響子 a.k.a“超高校級の探偵”
・朝日奈葵 a.k.a“超高校級のスイマー”
・腐川冬子 a.k.a“超高校級の文学少女”/ジェノサイダー翔 a.k.a“超高校級の殺人鬼”
and...
・灯滝実ノ梨 a.k.a“超高校級の料理人”
>>>生き残りメンバー 7人
>>>The End.
>>>Congratulations on your graduation!!