苗木誠の査問会議、出立の日。ヘリコプターの準備を待つ78期生は予定時刻より早くに集まり、ロビーにいた。
 葉隠がやって来た時には、召集者の苗木と霧切のほか、朝日奈と灯滝がすでに立ち話をしていた。朝日奈から遅いと声が飛んできたが、葉隠はさほど悪びれる様子なく頭を掻いて誤魔化す。
 誤魔化しついでに話の流れを聞いたところ、その朝日奈が第十三支部長の代理として査問会議に出席することになったという。
「ほうほう、そうなんか。よかったな苗木っち。移動中は両手に花ってやつだべ。アッハッハ!」
 葉隠は遠慮なしに苗木の肩をたたいて笑った。だが苗木は困り顔をして頬を掻く。

「あー、それは違うよ……葉隠クン」
「葉隠君。あなたは私達と一緒に来るのよ」
「へっ?」
 苗木の隣から霧切が補足する。第十四支部長として、所属の葉隠へ。
「今日のあなたの仕事は、私達に同行すること。」
「えっ……えぇ?」
「見送りにだけ来て業務終了だと思った? こんな日にあなたを非番にしないわよ」
 苗木らを見送った後の葉隠の予定は、今日まで何も入れられていなかった。連絡待機でもするのか、あるいは自由時間かと思っていたのだが……同行せよ、と今になってさらりと通達されるとは予想外であった。


「……つっても、俺は会議に呼ばれてねーぞ?」
「今回の件……査問会議と銘打っているけれど、糾問されたり裁判じみたものになってもおかしくない。……味方は一人でも多いほうがいいわ」
「ほら、猫の手も借りたいってやつだよ!」
 霧切の横で、朝日奈がうんうんと頷く。
「俺は猫ってか!? じゃなくて、……んん? だったら十神っちも行くほうがいいよな? 何でここにいねーんだべ? 腐川っちみたいに塔和シティにいるわけでもなし……まったく、十神っちの薄情者め!」
「葉隠だって少し遅れて来たじゃん」

「十神君には私に代わって第十四支部の統括を任せているわ。彼と仕事を交換する?」
「あっ……それは勘弁してください」
 不在の十神を引き合いに出す葉隠の態度は、霧切の一言で一変する。どちらがその仕事に向いているかは瞭然だった。
 霧切は十神を会議の同行にあてなかった。
 査問会議は当然重要だが、それにより支部長が抜ける事態は支部運営に大きな影響を及ぼす。不在を補う人材を立てる必要があり、彼女が指名したのは十神だった。
 何かと尊大な振る舞いの目立つ十神だが、実力や統率力は誰もが認めるところだ。会議に送り込めば心強いが、彼ほどに支部を託すことのできる――信頼のおける者も居なかった。



 苗木の潔白証明のために、78期生が会議に多く参加できれば――。霧切や葉隠だけでなく、彼らの誰もがそう考えた。しかし……組織に属すると自由に動くことは、ままならない。
「あー、話を戻すが……すると灯滝っちも同行ってことか?」
「そうしたい気持ちは山々なんだけど、その……」
 葉隠は隣の灯滝に身を向ける。それまで会話を眺めていた彼女の口がようやっと開いた。が、ほどなく言葉を濁す。同僚の朝日奈が助け舟を出し、二人で事情を説明した。
 査問会議が決定した際、朝日奈と灯滝は第十三支部長に、自分たちも同席させてほしいと無謀にも直談判したのだという。そして彼女たちの必死の訴えに、支部長は条件付きの決定を下した。

 ――朝日奈を支部長代理として査問会議に出席させる。その代わり、灯滝は会議の結果報告まで常に隊員の監視下に置き、本支部での任務にあたらせる。
 希望再生プログラム施行の一件から、支部長間に苗木ら78期生への警戒風潮が強まる中で、第十三支部長の判断は異例かつ破格だった。
「相当な無理を通したものね。正直……この程度の措置で済んだのは、そちらの支部長の厚意だと思うわ」
 霧切の言葉に、朝日奈は「やってみるもんだね」と照れ笑いを見せ、灯滝は頷いて「支部長も思うところがあるのかも……」と返す。
 葉隠はようやく、仲間が知らないところで苦労していたらしいと、流れに合点がいったのだった。


 そんなやり取りを見る渦中の苗木は、複雑な思いを拭えないでいた。件において間違ったことをしたつもりはなくとも、想像以上に周りの仲間を巻き込んでしまっている現状には、申し訳無さが先に立つ。
「……みんな、ゴメンね」
「なんで苗木が謝るの?」
「苗木っち。悪いことしてねーのに謝ったら、負けたっつってるのと同じだぞ」
「あの時、苗木くんの提案に乗ったんだから、一緒だよ。協力させてよ」
 しかし心苦しげにこぼすと、朝日奈、葉隠、灯滝とリレーのように切り返された。勢いにたじろぐその姿に、霧切は静かに笑みを作る。
「ここであなたが言うべき言葉、あらためて聞かせてくれないかしら」
「…………ありがとう、みんな……」
 最後の一人の視線を受けては、苗木も眉を下げてそう紡ぐほかなかった。



 そんな苗木の様子を気にしながらも、灯滝がちらりと後ろを振り返る。
 一瞬向けたその先には、スーツ姿の男女。未来機関の制服に身を包んだ彼らは、第十三支部所属隊員だ。
 監視はすでに始まっていた。灯滝の怪しい動きを見逃さないように。支部長との約束を反故にして、反逆の容疑者らと共にヘリコプターに乗り込む……なんてことの無いように。
 支部のため、自分の役割を果たすため、ひいては苗木たちのために、ここを離れるべき時が迫っていた。
「まだ居たいけど、私はそろそろ戻らないと……。ってわけで、これはみんなで食べてね」

「きたきたっ! 実ノ梨ちゃんの特製お弁当!」
「俺らのために早起きしてお弁当作ったんか!」
「ありがとう。後でいただくわ」
 灯滝が肩に掛けていたバッグを下ろすと、歓声が上がる。彼女は苗木をぐっと見つめて、包みを渡した。
「私は直接、力になれないけど……気持ちは一緒に戦ってるよ」
灯滝さん……」
 苗木が受け取ったところで、灯滝はにっこりと笑ってみせた。それに合わせるように、彼もゆるく微笑む。


「支部長を安心させるのだって重要だし、実ノ梨ちゃんの料理を待ってる人たちがいるんだから、これは適材適所ってことだよ。お互い頑張ろ!」
「ま、オメーの分も俺が苗木っちの力になってやるべ。爽やかに鮮やかに大活躍するから、土産話を楽しみにしててくれって」
 二人は別行動となる灯滝を励ます。しかし葉隠があまりに揚々と胸を叩くので、朝日奈は大げさに目を丸くした。
「えっ葉隠、期待していいの?」
「葉隠君が頼りになってよかったわ。あなたのおかげね」
 霧切が言葉を向けると、灯滝は大真面目な顔をする。

「違うよ響子ちゃん。葉隠くんて意外と頼りになるとこあるよ。至極たまに」
「たまにじゃねーって! しかも至極!? 灯滝っち!!」
「うん。でも葉隠くんて元々頼れるとこあるって話だよ。施設のある島に行っても頑張ってね」
「まあ……そうだな。俺は期待に応える男だべ」
 そして必死の突っ込みをしていたはずの葉隠を、灯滝は軽やかにいなして、一言で満更でもないという顔つきにさせてしまう。
 したり、と女子たちは目配せをして、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……っ、ふっ、あはは」
 たまらず、苗木は声を上げて笑っていた。
 葉隠だけ様子の変化に付いていけていなかったが、苗木が気落ちから抜け出したのならと、あまり気にしなかった。……そうやって葉隠は流すだろうと踏んで、彼女たちは会話を繋げたのだ。
「ありがとう、葉隠くん」
 灯滝にお礼を言われると、葉隠はいよいよ些細なことがどうでもよくなる。
 そんな彼のご機嫌な構造に救われるのは、本人に限らないのだった。

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続きます……

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