苗木の表情に安心したところで、時機とみた灯滝が切り出した。
「……それじゃ、私は支部に戻るよ。みんな、いってらっしゃい」
「ありがとう、灯滝さん。行ってくる」
実ノ梨ちゃんの気持ちも合わせて頑張ってくるから!」
 最後に霧切が今後の連絡について伝える。査問会議の経過や結果は、公表以前に苗木たちから十神へ逐一報告する予定のため、別支部の灯滝へは彼伝いでの連絡になるという。

 それを聞いた葉隠は、暫しの別れに挨拶を交わす彼女らをよそに……そっと占いを始めた。
 ――灯滝が最初に会議の知らせを聞いた時、どんな反応をするだろうか。
 自分が居合わせられない状況での彼女知りたさも手伝っての、軽い気持ちだった。
 葉隠の才能であるインスピレーション占いは、トレードマークの水晶玉を手に持たずとも、その身一つで行える。
 特殊な意識集中を行った頭の奥に、ぽっと映像が浮かんだ。ノイズ掛かったそれは、少しずつ明らかになり――――灯滝は目を見開いて、みるみる青ざめた。小さく首を横に振り、何事か返していたが……やがて唇を引き結んだ彼女は…………


「……葉隠くん?」
 途中で意識が引き戻される。本来であればもう少し先まで視られたはずだ。しかしそれを遮ったのは、現実の灯滝
 きょとん、という擬音語がまさに当てはまる瞳をして、占い対象であった彼女は葉隠を見つめていた。ほかの三人は視界から外れて、遠のく足音が微かに耳へ届いた。
 ……葉隠は湧き上がる感情を押し殺していた。形容するならば、恐れ、後悔。自分で占っておきながら、愚かなことだと思いながら。
 “少なくとも初報は良いものではない、灯滝は衝撃を受ける”……この結果は三割当たる。
 あまり当たってほしくない未来だった。

「――実ノ梨
 うん? と返される間に、灯滝を胸元に引き寄せた。
 顔を誤魔化せそうになかったので、胸にうずませた彼女を見るような角度をして、うつむく。
 両腕で強く抱きしめると、ワイシャツとジャケットの衣擦れが硬く呻くようだった。
 ――灯滝があんな表情をする未来があること。そしてその場に自分は居ないこと。……何気なく行った占いで、ひどく動揺していること。
 灯滝に起こるかもしれない未来の場に自分が居ない代わりに、今、抱きしめる。……そんなものは建前で、葉隠はただ、今、彼女を抱きしめたかった。


 彼女と一緒にいられると思ったら離れ離れとわかり、寂しさのあまりに抱きついた――そんな絵面に見えるだろうかと、頭の端でちらりと思う。
「ど、どうしたの」
「戻ってきたら、みんなで食事会するべ。苗木っち無罪放免記念でな。……とびっきり美味いやつ作ってくれ」
 葉隠は、つとめて普通に喋った。願掛け半分の言葉だった。
 先の占いは彼女に伝える必要がないし、伝えたところで未来が変わるというものでもない。

「……うん。任せて」
 灯滝が短く応えた。先にほんのわずか、間があっただろうか。
 柔らかな中に芯のある声は、葉隠の欲しかった音を過不足なく発していた。
 灯滝の腕が背中にまわって――数秒、わずかに静まる。強張っていた体は少しずつ解れ……そこで初めて葉隠は深く息を吐いた。


 葉隠から抱擁を解くと、二人はゆっくりと離れた。
「……よーし充電したっ! ひと仕事してやるべ!」
「あっ、待って。ちょっとだけ」
 元通りと言わんばかりで、じゃあ、と手を振ろうとした葉隠を、灯滝が止める。
 何事と思う間に、彼が常に緩めているネクタイの位置だけをサッと直すと、終わった合図に指先で生地を小さく叩いて、彼女は葉隠を見上げた。

「うん、格好いいよ。いってらっしゃい」
 さらりと見せた微笑みと相まって、不意打ちで刺さる。
「…………ちょっと……もっかい抱きつかせてくれ」
「直した意味なくなるよ。もう戻るからねっ」
 いろいろと込み上げる葉隠をよそに、灯滝は時間を気に掛けていることもあって、第十三支部の隊員と共にそそくさと去っていった。少しばかり照れ混じり、だった。
 結局……葉隠は彼女たちが小さくなるまで姿を見つめ続けて、ようやく翻したのだった。





 一括りにした髪をやわやわと揺らして、葉隠はようやく三人の待っていたテーブルに着いた。
「やーお待たせお待たせ」
「……先にこっちに座っていようって言って、よかったとボクは思う」
「さすが苗木大先生だべ。ありがたやー」
 拝みながら隣に座った葉隠を、苗木は大きなため息一つで受け入れる。
「いきなり実ノ梨ちゃんをハグしちゃって、びっくりしたよ」
「まるで葉隠君が査問会議に掛けられるかのような光景だったわ」
「おやっ、そう見えた? しかしそこは揺るぎなく苗木っちなんだべ……如何ともしがたい……」
「そうね」

 やんやと話の尽きない彼らだったが、さっそく渡された弁当の包みを開き始めた。
 搭乗前の腹ごしらえを予定して、早めに集まっていたのだ。
灯滝っちも一緒に食うものと思ってたんだが、きっちり四人分だな」
「監視の中で真面目に仕事をすることが、彼女に課せられた任務ってことよ」
実ノ梨ちゃんはもう戦ってるんだね……私も気合い入れなきゃ。まずは食べようっ!」
 テーブルに並べ終え、いただきますの声がフロアに響く。
 灯滝の作った料理は、当然のように何もかもが美味だった。舌に乗った瞬間から咀嚼、嚥下に至るまで、多幸感に包まれる。もちろん、そのように仕上げるためのあらゆる手順を踏んでいるからこそなのだが、出てきた品だけを目にしていると、実に魔法的だった。


「……久しぶりに灯滝さんのご飯食べたけど……言葉にできない美味しさだね……」
「弁当っつーのは冷めても美味いように作ってあるモンだが、こういう時に灯滝っちは……」
 苗木の感嘆を耳に入れつつ、葉隠は飲み物と別に用意されていたカップの蓋を開けた。
「ん、やっぱな。ほら、今なら灯滝っち特製スープがほっかほかだべ」
 促されて、苗木たちがスープに口をつける。温かさを保った飲み頃だった。一口、二口と飲んで、ほっと息を吐けば、じんわりお腹があたたまるのを感じる。
 葉隠も、ふう、と少し冷ましてスープを飲んだ。一瞬、小さなレンズの眼鏡がくもったが、彼は構わなかった。

 料理の“美味しい”を構成するものは、味だけではない。例えばこのような……状況に合わせた最適の品を提供することも、食による快を引き出す要素の一つだ。
「……これは経験談だが……ああもうダメだって思ってるときでも、温かいものを腹に入れると不思議と落ち着いて、気持ちもなぜか元気になるんだよな。これってインド人もビックリな今世紀最大級のミステリーだべ」
「内側から温めるというのは、理にかなっているわ」
「それって、実ノ梨ちゃんの料理での経験?」
 葉隠は彼女たちに答えず、続ける。


灯滝っちは料理を――食の力を信じてんだ。俺はそういう灯滝っちを信じてるから、そこんとこ伝染させとくべ」
「……つまりボクやみんなが緊張しているんじゃないかと、灯滝さんは気にかけてたってことだよね」
「皆っていうか、主に苗木だよ。……でも一緒にお仕事してると、実ノ梨ちゃんの想いはよくわかるよ。支部の人が“食が彼らの希望に繋がると信じて、我々は日々任務にあたる”って言ってたけど、ずっとそういう気持ちだったんだね」
 第十三支部は、復興の遅れている地域への食料支援を主に活動している。灯滝とともに被災地に赴いていた朝日奈は、感じ入るところがあるようだった。

「しかし灯滝っちがいくら美味い飯作っても、食ってもらわんことには意味がねーんだべ。緊張しすぎてオエエエって状態なら止めとくべきだが。……ま、皆が食えて、灯滝っちも作った甲斐があったな。よかったよかった」
 眺めれば、周りの料理は着実に減っていた。葉隠は心底嬉しそうに、また一口と頬張った。
「いい関係ね。あなたと実ノ梨さん」
「……ふっふっふ、そうなんだべ」
 霧切の言葉で、満足げにニヤリとしてみせる。惚気は聞かないわよ、と厳しく返されても、充分語ったべ、と調子を崩さなかった。


「まあ……逆にその実ノ梨さんが居たら、この手の話は絶対ってレベルで言わねーし、俺も言わんべ。……“超高校級の希望”な苗木っちにはおせっかいかもしれんが、今回だけってことで」
「おせっかいなんかじゃないよ。だって、ボク一人の力でそう呼ばれるようになったわけじゃないんだ。いろんなことがあって……ここには居ない人も含めて、みんながいたから……だから、ボクはボクを信じられるんだ」
 葉隠に返した苗木の言葉は、一つ一つが力強く響く。今の自分を成すもの、自分の意思を支えるものを自覚しているがゆえに、彼は芯の通った強さを持っている。

 霧切が、ふっと彼に微笑んだ。
「……そういうあなただから、サポートしたいと思うのよ」
「だそうだべ」
「……み、皆が」
「うんうん、そうだね!」
 葉隠が意地悪く苗木に返答を促すので、霧切が慌てて付け足した。だが、にっこりと同意する朝日奈が彼女を救う。
 そんなやり取りも、苗木の「ありがとう」が丸く収めた。


 賑やかで和やかな食事は、もうしばらく続く。彼らが査問会議開催地に到着するのは……この数時間後だった。

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リコ様よりリクエスト:未来編直前の話(葉隠と料理人夢主)
たいへん遅くなりました……ありがとうございました!

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