「葉隠。……最高に熱い、別れのシーンをやり遂げよう」
 思い立ったように假谷は立ち上がると、再び壁に飾られた拳銃のうちの一挺を取り外した。彼女がグリップを握って向けた銃口の先には、葉隠の頭部。
「さ、立って構えろ。」
「は……? な、なっ、何で俺に向けてんだべ!?」
「そりゃあ、撃つ気だから。」
「はあぁぁぁぁッ!?」
 1メートルあまりの至近距離で狙われた葉隠は、思わず反対側の壁まで後ずさる。
 それでも假谷は表情一つ変えず、持つ拳銃は葉隠を射程範囲に捉えて離さなかった。

「交渉決裂だぞ? さっさと帰るんだよ」
「しばらく会えねーんだからそこは、ゆっくりしていってね! ってならんか!?」
「でもなあ。学園からここまで、何時間かけて来た?」
「はあ? ……都心の3駅分なんて大した距離じゃねーぞ」
「交通機関なんて死んでるでしょ。二輪か四輪パクって来てないなら、早く出な。日が暮れたら、もっと危ない」
 このところ学園から出るのを避けていた葉隠より、立ち回っていた假谷のほうがよっぽどこの辺りの事情に詳しい。葉隠はぐうの音も出なかった。
 慣れていたはずの場所も、移動の足がなければ勝手は違う。事実、葉隠は暴徒を避け、道に迷いながら、かなりの時間を費やして数キロの距離を歩いていた。


「それに。最低限もできなかったら、せっかくの本物がただのお飾りだ。今ここで私に撃ちな。でないと私が先に、葉隠に向けて撃つ。」
「も、もう一挺は……さすがに、おもちゃだよな? BB弾とか、音だけーみたいな」
「実銃まだあるって言ったでしょ。そういう冗談好きじゃないな」
「オメーの方が冗談キツいべ!!」
「ほら、早く。とにかく構え方からだ。」

 銃口を葉隠に向けたまま、假谷はもう片方の手で机上の拳銃を放り投げた。
 下手投げされた拳銃・M360Jは弧を描いて彼の胸元に届いたが、慌てて手を出したので弾いてしまい、危うく落としそうになりながら何とか捕まえていた。
「うおっ、とっ! ……き、急に投げんなって!」
「鮮魚じゃないんだから、もっと格好良く受け取ってくれ」
「……さっきから無茶ぶりにも程があんぞ……」

 假谷は聞き流して、利き手でグリップを握るよう葉隠に促す。抗弁しても敵わないと折れた葉隠は、渋々といった表情で従った。
「利き足を少し引いて。ちょっと前のめり気味に。持ってる方の手は伸ばして、空いてる方の手を添える。グリップを覆うように……そうだ」
 片手で狙い続けていた假谷が両手で構えると、同じように葉隠も拳銃を両手で構えて正面を向いた。
 互いに互いを狙うように構え合う。假谷は薄く笑みを作った。一方の葉隠は眉間にしわを寄せ、強張っていた。


「装弾数は5発。しっかり入ってる。今ここで使っても、あと4回撃てる。連射には向かないが、正確性の高いシングルアクションでいこう。親指で撃鉄を起こせ。……人差し指で、引き金を引け」
「……本当に、撃つんか」
 假谷は答えず、真っ直ぐ葉隠を見つめる。
 撃ちたくない。だが発砲しなければ、この状況から逃れられない。逡巡が窺えてもなお、彼の行動を待った。

 銃口はカタカタと震えていた。葉隠が両手で支えていても、一向におさまらない。怖い、怖いと、目が訴えていた。
「撃て、葉隠」
 假谷はもう一度促した。
 わざと声を低くして、葉隠の抱く恐怖の念を静かに圧する。変わらない態度を続けられるのは彼への信頼でもあり、ただの自信でもあった。

 ――長かった二人の瞳のやり取りにも、終わりが近付いていた。
 葉隠は深く深く息を吐いて、親指を撃鉄に掛けた。チャキリ、軽い金属音が鳴る。腹を括れと、彼へ最後の宣告をするようだった。
 ぎゅっと目を瞑り、口を引き結んで、葉隠は引き金を引いた。
 大きな発砲音が耳をつんざく。刹那、弾丸は假谷から離れた上方の壁に当たり、窪みを作った。
 恐る恐る目を開けた葉隠に、假谷は構えを下ろして「初めてにしちゃ上出来」と口の端を上げた。

「当ててくれなかったな」
「……できるわけねーべ」
 葉隠は深呼吸で息を整えつつ、拳銃を構えて伸ばし続けていた右腕をだらりと垂らした。撃ち終わってようやく正常な感覚が戻り、痺れてきたのだ。
 緊張から嫌な汗もかいただろうと、假谷は自身の経験から彼を思う。
「でも、最後まで相手を見なきゃ、当たるものも当たらんよ」
「次があれば参考にするって事で、勘弁してくれ……」
 気を回す余裕などないとこぼした葉隠にも、假谷はお構いなし。取り扱いの補足も付け加えられ、彼の気は更に滅入るのだった。



「ほんの基本だけ教えたけど、質問がなければこれで解散しよう。頑張って戻れな」
「……いや、まだ行かないべ」
 やや気疲れした顔をしながらも、葉隠は部屋を離れようとはしなかった。先ほどとは逆に、彼のほうがじいっと假谷を見る。
「オメーが撃たない限りは、動かん。それが本物の拳銃だって、この目で見るまでは」
「撃ったら、即行で帰る?」
「おもちゃだったら、オメーを引っ張って学園に帰るけどいいか?」
「いいとも」

「……わかったべ」
 快諾している時点で、葉隠の抱いた淡い期待は既に潰えたも同然だった。
 無表情に答えた假谷は、先に発砲した拳銃よりも、のっぺりとしたグレーの銃身をあらためて彼のほうへと向ける。葉隠は覚悟を決めたように目を閉じた。
 彼女もまた、対峙する葉隠を本気で撃とうとは思っていない。よくサバイバルゲームでしてきたように肩の力を抜いて構えると、彼の斜め上を狙って躊躇いなく発砲した。
 本日二回目の発砲音。弾丸は想定より下の壁に痕を作り、假谷はその音と結果、そして臭いに顔をしかめた。

「あー……」
「……えっ、えええ!? こ、殺す気だったんか、玉紀っち!?」
「ちょっと髪が焦げただけだ。命まで取る気じゃなかったし、許せ」
 取り乱すのも仕方がなかった。銃弾は、葉隠のまとまることを知らないかさばった髪の上部を掠めていた。たんぱく質の燃えた証である硫黄のような臭いが微かに流れ、鼻をつく。
 しかし假谷は謝りこそすれ、あまり悪びれる様子はなかった。
「やっぱその髪、でかいし目立つしで良い的だな。道中気をつけた方がいい」
「いや……ハイそうですかーとは素直に思えんべ……」
 そう言いつつも、念のためか葉隠は髪の毛をまとめて括る。後ろに一つに結んだだけだったが、全方向への主張はおさまった。


「さて……そろそろ終いだ。」
 話は付けた、ブツは渡した、扱いも教えた。假谷が葉隠にすべきことは、もうなかった。葉隠のほうに未練がないかといえば否だろうが、彼にはもう返す言葉がなかった。
「ほら、ヨーイドン。とっくにピストル撃ってんだ、走れ走れ」
 葉隠は胸元に収めた拳銃に触れた。人を殺せる上等な代物は服越しでもゴツゴツと硬く、帰り道の現状を思い出すには充分だった。
 假谷の茶化しは受け流し、真顔で部屋を突っ切って玄関へ歩みを進める。

「……達者でな、玉紀っち」
「ああ。そっちも、ちゃんと生きといてな」
 ドアから出かけたところで振り返った葉隠は、彼にしては短い言葉で假谷に別れを告げた。
 彼が名残惜しさを飲み込んでいようと、假谷は端的に返す。
 互いに眉尻を下げて、複雑な笑みを見せた。
 最後に葉隠がドアを閉じる音が響いて、束の間の賑やかなひと時は終わりを告げた。





 程なく銃声を聞きつけた連中がやって来るだろうと、假谷は実銃から威嚇用のエアガンに持ち替えた。
 あの音は悪目立ちして好奇の的になる。壁の薄い木造アパートから二発も響かせれば確定的だ。リボルバー式では消音の類はほぼ無意味なので、端から諦めるしかなかった。
 街の平和を守る警官が、ごく当たり前に地に伏すような――むしろまだ職務を果たそうと制服に身を包んでいたことに驚くような世情で、まともな人間が来ることは望めない。銃器を人殺しの道具としてしか見ない使いたがりが、この国でも多数派になってしまった。
 相手がこちらの生死お構いなしに襲って来ようとも、こちらは相手の命まで取る気になれないでいる。そこで彼女が安全に立ち回るには、サバイバルゲームで使い馴染んだおもちゃの短機関銃のほうが役立っていた。

 この部屋は假谷が僅かに空けているうちに、何度か荒らされていたこともあった。窓を割って侵入した連中は、毎度の如く壁一面に飾られていたモデルガンを床に散らばし、彼女が傷一つ作らないよう管理していた自慢のコレクションを土足で踏んでいった。
 しかし幸いなことに、長らく所持していた実銃は、ことごとく侵入者に見抜かれなかった。……あるいは、持ち出す価値なしと判断されたのかもしれない。
 鉄板を溶接で接合させただけの銃身は、まさに粗悪品といった仕上がりで、おもちゃと揶揄されるモデルガンやエアガンのほうがよほど立派に見える。
 実際假谷が使ってみても、あの近距離でも射撃の正確性に乏しくては、サブにも置けないと苦笑いするしかない。有効な使い方が限定的すぎる代物だった。

 結果的に葉隠は見誤ったが、假谷のハッタリはほとんど見抜かれていた。数十ものコレクションの中で、本物は葉隠に渡したものと、今しがた撃ったものだけだった。
 葉隠は自分に渡された拳銃だけが本物だと、断定的に見ていたのだろう。そうでなければ彼の性格上、銃口を向けられている状況で「撃つまで動かない」などと簡単に口にできるはずがない。
 それでも、最も悟られてはならない部分を隠し通せたことに假谷は胸を撫で下ろしていた。拳銃に聡くない葉隠は、假谷が構えていた実銃についても知らなかったのだ。


 向い合って撃ちあうなんて手段で拳銃の扱いを教えるのは手荒も手荒だが、こうでもしなければ拳銃を持つことも、ましてや発砲などできないと思ったがゆえ。自分のために外に出てきた葉隠を少しでも安全に帰すため……假谷はその一心だった。
 本来ならば、假谷が学園まで付き添ってやるべきだったが、最後の最後でも葉隠が無理に自分を引き入れようとされては困る。……それ以上に、自分の気持ちが揺らいで彼と共に在る道を選ぶようなことがあってはならない。だからここで拒んだのだった。

 ただ……いくら希望ヶ峰学園から徒歩移動圏内だったとはいえ、葉隠とつるむようになってせいぜい一年程度だった自分が、命がけで会いに行くような相手であったか。假谷はいささか腑に落ちずにいた。
 假谷と葉隠は、いわゆる特別な関係ではなかった。少なくとも假谷は、葉隠に対して気を抱くことなど露ほどもなかった。
 とはいえ、肩肘張らずに付き合える間柄が彼女にとって心地良かったのは確かだった。
 ……今は彼がとにかく無事で学園に戻れるようにと、願うばかりだった。


 知人のほとんどが死んだか豹変してしまった中で、あとは葉隠に一度でも会えたら未練もなくなると、假谷は思っていた。
 假谷が発砲したほうの弾は、そう遠くないうちにこの世から出ていく時に使おうと密かに目論んでいたものだったが、結局葉隠に使わされてしまった。……簡単に命を捨てさせてはくれないらしい。
「……仕方がないから、生きててあげよう。君が出てくるまでさ」
 唯一となった実銃をテーブルに置くと、假谷は誰に言うでもなく呟いた。
 代わりにしばらく逃げまわる分の装備を持ち、ドアに鍵を掛けて小走りに去った。

 假谷が置いていった実銃は、かつての戦時中に作られ、性能度外視で低コスト大量生産された、ばら撒き目的の代物だった。
 そんな拳銃の使用者となり、葉隠を突き放した假谷。発砲により、假谷を連れ出すことを諦めた葉隠。
 なけなしの銃弾で二人の決別を決定付ける役目を全うし、拳銃・FP-45は正真正銘のお飾りとなった。
 ――FP-45:通称・リベレーター(解放者)は、装弾数1発の簡易型拳銃である。

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・GM FP-45/Liberator,Woolworth Gun:1942年製作。1発しか装弾できないうえ再装填に手間が掛かりすぎる非実用的拳銃
・S&W M360J/SAKURA:2006年から日本警察に配備、2011年時点で全体の一割程度の普及。装弾数5発の最新式リボルバー拳銃(シングル/ダブルアクション)

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